大層長い沈黙
マーリア デザートの後は一切れのソーセージまで頼んだわ。それかすじ肉をパプリカ味で。口に甘味が残らないように。
大層長い沈黙
マーリア この物語には関係ないことだけが頭に浮かぶわ。もちろん何もかもがこの物語の一部なのよ。《C 私がこの物語だわ》
間
まるで私たちここに閉じ込められたみたいに感じるわ。《C》
間
今度は頭の中をひっきりなしにすじ肉のことが行ったり来たりしてるわ。私たちが閉じ込められていることが邪魔してるのよ。《C》人間はなんて愚かに云いたいことをわからせようとするのかしら。《C》私の頭の中を行ったり来たりしている、一塊のすじ肉を想像してごらんなさい。》行く〜来る、上に下に。
間
《C》ドアの向こうで誰かが立ち聞きしているわ。
私たち二人はまるでここに閉じ込められているみたいだと感じているので、順序だてて語ることが出来ないのよ。まるで誰かが私たちを閉じ込めてしまったみたい。私たちここまではこぎつけたんだとわかっていてもムダなのよ。
間
私たちにはまだ時間があるわ。《C》あとどの位あるかしら？
間
退屈だわ。そもそも、退屈してるとも言えるんでしょうね。
間
お願い、ドアを開けて。
間
私だって開けることは出来るでしょうけど、そうする勇気はないわ。誰かがドアの向こうで立っているのはわかっているのよ。そうする勇気はないわ。《C さっきはまるでこのことを冗談の種にしてるみたいにしか言わなかったけれど、でも本気なの。誰もそこに立っていないのかもしれない、でも私はそう感じるしだからあける勇気がないの。まるで誰かがひっきりなしに監視しているみたい。》まるでここに監禁されているみたい。
間
開けて！どうぞお願いよ、開けてちょうだい！
若者は動かない
大層長い沈黙
《C ほんの一瞬でいいの！》ドアの向こうに誰がいるか見えるように！
間
あるいは誰もいないのか。
間
それでもいいわ。
間
それも私なんだって、思いついてはいたわ。
間
でもこんなのもう我慢出来ない。
間
《C それじゃうんと急いで話すことにするわ。》
間
あなたはとってもかけひき上手に何もかも私に押し付けてきたわ。やっぱり私が話すようにって。でもそれは前からわかっていたのよ。ただ私の方が上手だと思っていただけなの。あなたが出て行かなかったことはひどく残酷なことだって、わかってる？
間
《C でもそれなら少なくとも、ついに終わりが来るんだって望みたいわ。》
間
あなた私のベッドを占領したのね。
大層長い沈黙
マーリア 面白いわ、あのすじ肉は途中で私の頭から出て行ってしまったわ。私は出て行きたかったんだというところで、止めたんだったわね。でもだからいつも別な物のことが頭に浮かんでくる、まるで邪魔するためだけに思いつくみたいよ。
間
《C 面白いわ》
間
この広場で私はお父様と初めて出会ったのよ。
間
《C 最後もそうだったの》
間
最後に、とはやはり言えないわ、《C だっていつも思いつく、頭に浮かぶ》、よく云うように、《C あんなにも鮮明に、いいえ鮮明にではなくて、まるで私もあの古い光景に出かけて行くか立っているみたいに、すなわちあの光景にではなくあの広場で、あの広場の木々の間で、そしてあの臭いで、プラタナスの息のつまる臭いで、あるいは何かのせいでめまいがし、そしてこのめまいのせいであの光景が見えるのかそれともおそらく逆なのかは決められない、多分私はまるでここにはいなくて、よく云うように、思い出からあそこにいるかのように》感じるので、めまいがするのね。
間
私がもう死ぬんだったら、そのときこそやっと本当の最後になるでしょうね。
間
わからなくっちゃね、私はこんなにおセンチなのよ。
間
でもその話をしたかったんじゃないわ。《C そうじゃなくて最初は３年半をくらったことだわ。》このうち３年間は服役したわ、そして《C 私が青リンゴ色の絹の服で広場を横切ったとき、３年たっていて自分のサンダルが見分けられなかったことは》、さっきもう言ったわね、そしてそのとき向こう側にお父様がやって来たのよ。これが始めての出会いだったわ。何故だかはわからない、でも私には三年後に始めての人間にあったかのようだったわ。男性に。このことにも重要性があったわ。
間
男に。
間
あそこではとてもすてきなちょっとした集まりが開かれていたの、そして人間、いつも女たちだけの間にいることにもなんとか慣れてたの。
間
そして私たちがそんな風に並び合って進み、お互いから離れ、行ってそして行って、私の背中は痛みだした、私は振り返って見たくなった、でも彼も振り向いて、そして私たちは一瞬立ち止まった、《C それからそのまま進んでいったの。》
間
でもそもそも私は、ここから出て行きたかったんだというところから始めたかった。
間
私には小さな一部屋が残されていた、こんな風な裏側の部屋で、私はそこに何もかも詰め込んだわ、持っているのを許された物は全部、でも本当はそのためじゃないの、とにかく興味がなかったからよ。まるで何一つ私には関係ないみたい。言われたわ、これもあれも取り上げられたわ、それならお取りなさい。とにかくどうでもよかったわ。
間
《C そのときは怖くなかったわ》
間
いつも書類が持ってこられたわ、没収されるのに署名しろって。むしろ、それもまだ私にあったことにびっくりしたわ。そして彼らがどの位それを喜んだか、そして私は、それも私の物だったことが彼らにとってどれほど腹の立つことだったか、むしろ楽しんだわ。《C》
間
それじゃこれは私の物なんだってね。
間
《C こうしたことはそんな子供っぽいことだったのよ》
間
ただそのとき一通の手紙が来て、それによると九月二日デブリング訳注２の裁判所で審判がある、そして私が出廷出来ないなら、私は負けるかもしれないって、私の弁護士は書いてきたわ。だって親戚は、もう私は生きてないだろうって、私の相続物のうちだった温泉もせしめようとしたのよ。
つまり主人の親戚の話になるの。
間
ある温泉を。《C》
間
彼は私に語ったわ、《C この温泉で少年に初めて恋をしたって》
間
全てがこの物語の一部なんだと、だからたった今言ったのよ。
間
だから私、とにかくこれには関心があったのよ。
間
《C》他の物にはなかったわ。
間
このばかげた温泉は私、ほしかったの。他の物は何も、でもこのばかげた温泉だけはイエス。黄色いタイルで作られているって彼は話してくれたわ。黄色い陶製のタイルで。とにかく私の前に全てがあったの。あるいは私の中に。彼の父親が建てさせた。《C この黄色いタイルよ》
間
これは私の物だったの、だって彼はもう死んでいたから。《C》
間
さ、今度は人間どんなお役所に足を向けたらいいのかしら、ここではもうどんなまともなコネもないとしたら。
間
もちろん、この件がだれの仕業かはわかっていたわ。
間
こんなばかげたことって！もし私が生きているというなら、生きているって辛抱強く主張してみせなくてはならないように、ということよ。《C》どうやって証明出来るっていうの？
間
ザザよ。またもやザザ。
間
あなたには又たくさんのことを説明しなくてはね。
間
つまりこの件にはザザが手をまわしていたの。
間
このことも言わなくてはならないかどうかわからない。
間
責任回避。これは責任回避ということになるでしょうね。
間
まだ始めてもいない、最後まで行き着くことも出来やしない。
間
こんな風じゃ最後まで行き着くことは出来ないわ。
長い沈黙
マーリア、椅子の方に歩き出したいというかのように、それから手の平からガラスのかけらを撒き散らしてしまいたいというかのような曖昧な動きをする、それから開いた手の平を見つめ、ゆっくり不器用に壁によりかかったままでいる。
マーリア あのザザは完全な気狂いだったわ。ズジとも言ったわ。彼女だってもう死んでるわ。本当の気狂いじゃなかったけれど、そうだともいえたわ。それほどみっともなかったわ。おそらく彼女には誰もいなかった、でも私はそうは思わないけれどね。家族をまとまらせておくのが彼女のこだわりだったわ。彼女は主人の姉だったの。一度、怒り狂って私に言ったの、「フランス語話せる？」
間
それを今度は私の方が訊いたの。
間
だって彼女フランス語でしか話さなかったの。どこかスイスの学園で教育を受けたの。あの羽毛のことは忘れるようにって。でも台所の女中を教えるようなものだったわ。つまり怒り狂って私に言うのよ、私がもう文化人だったとき、あなたはまだ木に登った猿だったのよってね、ハニー。
間
こんな調子だったのよ、ハニー。
間
《C》私たちはひっきりなしに笑ってたわ。十年間笑ったのよ。そう思うわ。
間
ものすごくどっさり笑ったわよ。ひっきりなしに笑ったわ。笑いすぎて涙が出たわ。
間
この気狂いのザザは私の後ろでこうも言ってたことでしょうね、なんて似つかわしくないことだって。伯爵夫人をまっとうなユダヤ人の家庭に！ハンガリー人を？
間
どれ位笑ったかしら。何のことでそんなに笑ったのかわからないわ。どんな下らないことでも笑ったわ。
間
それから警察である人が私に言ったわ、おききなさい、奥方様、われわれをこんなばかばかしいことで悩まさないで、もっと快適な長いすがあるならそこに大人しく坐って最後を待ちなさいって。でもそれじゃあ一体何の終わりをなの、あなた？まさにそれ、ご自身の最後をね、奥さん！
間
さ、それじゃ私に尻尾を振ってみせたらどう、ここであなた方と議論してる時間はないわ。私は波止場に行ったわ。
間
ザザに仕返ししてやりたいという気持ちが私を駆り立てたのよ。
間
《C そんな子供っぽいことだったわ。》
間
そのときはまだウイペシュトの船着場に貨物船の陸揚げ場があったわ。有刺鉄線が新たに張り巡らされていて、門には武装した見張りも立っていた。そして私はそこにある一台のベンチに優雅に腰をかけたわ。私はとっても世知にたけているんだ、と思っていたの。まるで日向ぼっこしてるだけみたいにね。その間に品定めもしていたわ。ある年配の船乗りがやって来たとき、彼に会釈したの。白髪に青い目、背中はずい分曲がっていたわ。《C 何かお役に立てますか、奥さん？》彼はこんな風に礼儀正しく話したわ。そっとね。私はどこへ行くのか尋ねたわ、だって信頼して言葉を交わしたかったから。彼は言った、ただバーへ行くだけです、こちらのビールを一杯飲むので。お供するのを許していただけますか？《C そうすることで全く逆に、彼は敬意を表したの。》娼婦だなんて思わなかったのね。とってもハンサムな人だった。きっと士官ね、だからあんなにお上品だったのよ。その間も彼が何て答えるかって待ってたわ、だって長い間黙っていたから。もしいっそのこと娼婦だと思われても、それほどひどいことにはならないだろうって思ったの。でもやっぱり恥ずかしかったわ、それまでは私決して不品行だったことはなかったからよ。知り合いでもないのにそんなことを頼むなんて、それほど不品行なことだったのよ。私は完全にばかだったわ。おまけに私ときたら、自分は賢いと思っていたのよ。つまり彼は「申し訳ありません、自分にはよくわかりましたし、あなたの状況はお察ししますが、私どもは黒海を行き来しています、私の思うに、その方面はあなたには全然お気に召さないでしょう」と言ったの。《C》それで私たちは大笑いしたわ。ですが明日おいで下さい、何もお約束は出来ませんが、努力してみましょうって。
間
私の宝石は手付かずで残ったわ。
間
一週間の間そのバーへ通ったわ。
間
《C 手から手へ渡された》 誰もがひそひそと話していたわ。とっても礼儀正しく、だってあのフェリの女だって思われていたからよ。あの年配の船乗りのね。彼はその間も航海してたわ。《C》
間
そしてお決まりになったビールを頼むときに、ボーイがそこへ行くようにと、倉庫の方へ手で合図したわ。中はほとんど完全に真っ暗だった、そしてアーヴォシュ訳注３が一人いたわ。さ、私は落ち着いて思ったわ、《C それじゃこれでおしまいだわ。》
でもそうじゃなかった。《C だって彼は「喜んでお力になります」ってささやいたからよ》
間
その夏は地獄みたいに暑かったわ。アスファルトが溶けていた。
間
小さいトランクに荷造りしたわ。
間
道路ではみんな気分が悪くなったわ。
間
私は青りんご色の絹の服を着て、トカゲ革のサンダルをはいて八月二十三日朝八時ころ汽車に乗ったわ。
間
これは何かの間違いじゃないかって思ったほど、空いていたわ。
間
その役人はクチェラ・ラヨシュっていったの。
間
でも汽車は八時二十分、時間表通りに出発したわ。
間
ハンドバックには可能な限り申し分のない旅券があったわ、私の写真もその中にあった。
間
さあ、これで「アデュー」よ。《C ざまあみろ》行きましょう。
間
こうして汽車が出発すると、ちょうど安心して当たりを見回し始めたわ、私たち駅を出たわ、想像出来るでしょ、でも車掌が「こいつだ」ってドアを破ったときは私たちまだ、ガッタンガッタン揺られている最中だったわ。三人が飛び込んできたわ、「動くな！」。こう「動くな」って。
間
語るのはいいわ。《C》
間
で私は身動きもしなかったわ。
間
《C そもそもまだ一度もこのことを語ったことはなかったわ》
間
というわけでこのせいで、その後私は広場をあの青リンゴ色の絹の服で横切ることになったのよ。
間
《C この話の中ではいつも何かを醜くせざるを得なかった》
間
そして今度こんな風に物語ることは、完全になぐさみに思えるわ。
《C》間
だってちょうど、後でデメル訳注４のレストランでおやつを食べようって考えていたところだったことを、まだ思い出せるからよ。そのとき私のドアが蹴破られたのよ。
間
デメルをご存じ？
間
人間、彼のところでなら最高においしいサラダを食べられたのよ。一番有名だったわ。《C そして何て素晴らしいポーク・パイ。例えば少なくともザッヒャー並に有名だったわ》
長い沈黙
若者は突然ベッドのもたれ板から足を下ろし、やがてゆっくりとすわりなおす
マーリア 少なくとも《C 一種か二種のサラダと、ポーク・パイのことを最後まで考える位の》時間を残しておいてくれてもよかったのに。
間
もちろん、すぐになぐり始めたのも事実よ。
間
人はこのことを喜んで話したりはしないものよ。
間
一人がカーテンを引いたわ、もう一人が手の平を私の口に押し付けた。三人目が殴ったわ。
間
このことについてもあの中では喜んで話したりはしなかったわ。お互いの間でも決して。
間
《C まるでおとぎ話のように》、一番小さい男が殴ったわ。
間
私たちはむしろそのやり方についてだけ情報を与えあったわ。人間ドライに、若干のユーモアをもって、やり口を話したものよ。
間
でもそのときは私はまだ、これが何だかわからなかったわ。《C》
若者は、まるで何か言いたいかのように、素早く立ち上がる、苦闘する。それから同じような素早く坐る、マーリアはそれに気づいたようには見えない
マーリア そのことについてはそんな調子で話したものよ。でも喜んでじゃない。
間
恥のせいでその話が出来なかったんじゃないわ、違うの。人間多少は恥辱にだって慣れることが出来るのよ。でもこれにはまるで正しい順番はないみたい。順番はないのよ。だから話すのが難しいのよ。順番はない。でも順番はあるのよ、でも何かのせいでその話をするのがものすごく難しくみえるのよ。
間
《C》それならもしかしてやっぱり恥なのかしら。
若者はそれ以上忙しい落ち着かなさをコントロールできず、横になり、飛び起き、坐り直し、手でもがき、まるで痛むかのように自身の体を押し付け、掴む
、顔を手の平にうずめる、見上げ、まるで何か言いたいか叫びたいかのように口を開ける、それでも何も言わないのだが。かくて続くモノローグ部分をますます性急で、そして対照的にますます抑え難い動作で追う。
マーリア 《C とにかく私は地べたに這いつくばったの、そしたら一人が殴った、そいつの手にはピストルがあったわ、もう一人が蹴って、私の顔を踏みつけたわ》、三人目はただ立っているだけだった。でも例えば、どんな風に地べたに這いつくばったのかしら？《C ピストルの台じりで私の頭を殴ったわ》頭に喰らうと、お腹を蹴られたわ。
間
一度で何もかもかたづけることは出来ないのよ。
間
まさに押さえつけておくことも出来たでしょう。でも私にもがかせておいたわ。彼らにはそれでよかったのよ。《C 例えばこれがそのやり口の一つだった》
若者は再び飛び上がる、歩き出し、まるで求めるかのように、抗議するかのように、手をマーリアのほうへ差し伸べる、それから突然立ち止まる。
マーリアこれに気がついたようには見えない
若者おぼつかなげに後退する、やがてベッドによろめきつつ身を投げる、そして今度続くモノローグの間動かないまま
マーリア そして一言もなし、想像してみて、一言もないのを。《C》
間
私のハンドバックから床にたくさんのがらくたが散らばったわ、そして私がもがいて、踏みつけられていたとき、何もかもが砕けて、ばりばり鳴ったわ、奴らの足の下で壊れたの。
間
それ以外は何も。《C》それだけ。
間
そしてそれはパウダーでも、ルージュでも、鏡でもなくて、私の頭であるかのようだった。
間
でも二度目はもっとすさまじかった。最初にやられるときは、人間まだわかってないの。一度目が何日間続いたかわからない、多分三日間、最初のときは人間これが何だかまだわかってないからこそ、私にははっきりしないのよ、でも二度目が始まるときはもう、最初に何が起きたのかのかも突然はっきるする。二度目は春に連れていかれたわ、そのときはだめだ、あれを二度目まで、もう一度あれをなんてあり得ないって思ったわ。
間
《C 何か別の時間の数え方もあるの》
間
ザーザは私に小包を送ってくれたわ。とっても上等な着替えよ。《C あのスプリング・コートは彼女からだったの》こんな砂色の、バーバリーのコートよ、ラグラン袖で、最新流行のだったわ。そして我に返ったとき、そしてもう少しは力がもどてきたとき、そしてこれはもう耐えられないって感じたとき、このコートの袖を首に結んで二つの袖を引っ張ったわ。ついに死んでしまうようにとね。自分の喉を絞めたかったのよ。当然そんな力はなかったわ。どこかの地下室に放り込まれてたの。どこだかは知らないわ。そしてお笑い種だわ、だってそれじゃうまく出来っこないんですもの。全然光が入ってこなかった。首を吊ることが出来なかったの。
間
《C 二度目にはもう最初のやつも含まれているよの》
間
最初は人間はまだわかってないの。
生きているだけ。まだずっと生きてはいるの。
間
二度目のときにはもうお父様のことも含まれていたわ。
間
多分そのせいで私は自殺したかったのよ。彼のせいで、さもなければ彼の代わりに。
間
《C 違うわ。》
間
そのことは気がつきもしなかった。
間
そしてそれでもやっぱり
大層長い沈黙
若者は不意に動き、飛び上がり、坐り直す、やがて足で探ってベッドの下の靴を捜し始め、見つけ出し、足を押し込み、それで安心したかのように、ゆっくり立ち上がる
マーリア
でも私たちそこで止めたんだったわね、汽車の中で。そして私は床に這いつくばっていた。
長い沈黙
若者は苦悶する、何かを言いたいらしい。ほとんどいやいやマーリアの方へ歩み出す、マーリアも壁から踏み出す。
マーリア きっといささか時間を混乱させているわね、でもお話しすることはいいわ。二度目から最初のやつを理解出来る。最初は私も、自分に何が起きているのか全然わからなかった。
長い沈黙
彼らは再びためらいがちに互いに向かって踏み出す
マーリア 《C 飽きない？》
間
この時間はいささかまぜこぜになっているのよ
間
でもお話しすることはいいわ。
間
お話出来ることでは、あなたにお礼を言うわ。
間
私には楽になるわ。
間
お話しすることは私にはとってもいいわ。
間
今となってはもうやめることは出来ないでしょう。そしてこの後がものすごく難しくなるのよ。でも今はいいわ。
間
お話しすることはものすごくいいわ。
間
お話しすることがどれほどいいか、あなたには想像もつかないわ。
間
お話しすることは単純にいいのよ。
間
私は解き放たれるわ。
間
いいわ、いいわ。《C 単純に、ものすごくいいのよ。》
音楽は、あたかも不意にこの全てとは関係なくなったかのように流れる、不器用に小さなメロディーが形作られ始める、その間若者は彼女に向かってもう一歩踏み出し、マーリアの方はこれと同時に床に大きな輪を描いて手からガラスの破片をまく、若者はびっくりして立ち止まる
音楽は突然途切れる
マーリア 私がどんな風にして自分の首をしめようとしたかやってみせましょうか？
間
その後で先を話すわ。
間
こうよ。引っ張ったの。あのコートの袖を。
間
私は気狂いよ。笑っちゃうわ。何であれ回避出来ると思っていたの。
間
でもそこで止めたんだったわね、《C 私たちはまだ汽車の中にいるのね》
間
でもこれは面白くもないかもしれないわね。
大層長い沈黙
彼らは互いを見つめ会う
若者は何かを言いたくて、苦悶する
マーリア 話して
間
ごめんなさいね、あんまりたくさん話しすぎたわ
間
私は不注意ね。
間
話して
それでその娘は、どうなったの？
大層長い沈黙
彼らは互いに向き合って立っている
マーリア 今度はどうしたいの？
大層長い沈黙
彼らは互いに向き合って身動きせずに立っている、双方突進しようと身構える
マーリア わかったわ。
間
近くにこないで。
間
そこにいて。
間
今度は私、自分の感情に耐えられないでしょう。《C そこにいて》
間
でなければ椅子に坐って。
間
今度はなあに？《C》何が起きたの？《C》何も起きなかったわ。《C》いささか長々と話したわね、そしてあなたのことを忘れていたわ。《C 今度は私がその娘がどうなったか想像してみるわ。》
間
彼女は泣いた。
間
《C》それから例えば、元気を出した。
間
今の私には好きになってもらう必要はちっともないわ。
間
《C 誰かが上手く慰めてくれた》
間
そしてあなたにはまた何事も起きなかった。
間
まるで何もなかったみたいに。
間
何も。
大層長い沈黙
マーリア 黙ってるの？
間
だけどこれは起きたことなんだわ。
間
当たった？
間
私は残酷？
間
黙ってるの？
彼らはガラスのかけらを踏みつけながらすっかり互いの近くにくる
間
そっと互いの顔に触れる、そのまま
大層長い沈黙
マーリア 《C ならきいて》
若者 ドアを開けるのを許してもらえますか？
マーリア それより椅子にお坐りなさい。
若者 ちょっとばかり外に出たいんです。
マーリア それより私が寝かせるわ。《C あなたがお望みなら、水浴びさせて、横にならせて、布団を掛けてあげて、寝かしつけてあげる》、でも先を話すわ。
若者 ここにはいられません。
マーリア 《C 今となってはもうやめることは出来ないの》
若者 僕はどうしても、どこにもいることが出来なかったんです。
マーリア その娘は私が思うに、あなたが考えだしただけなのね。《C私に話して聞かせるために、考え出したんだわ。》
若者 僕は、一度だって誰一人愛することが出来なかったんです。
マーリア 私が抗議して、時間稼ぎをしたのよ。《C それを忘れないで。》
若者 僕は父の体を受け継いでいる。これがあなたを間違えさせた。
マーリア 私の方でもそれを望んでいたのよ、もちろんのことだわ。
若者 人は二親の肉体だけを受け継いでいる。それ以外彼には何もない。それでもやっぱりあるのかも。あるかのように思える。
マーリア お望みなら、お行きなさい。《C》
若者 この肉体が僕でないことを恥ずかしく思います。これはただの一個の体です。僕ではない。僕は弱虫だ。自分がかわいそうだし他の人たちもかわいそうなんだと思う、そうしながらもそれが恥ずかしい。ここでは耐えられない。《C》
マーリア ならお行きなさい。
若者 いつだって具合よく感じられるのは出て行くときだけです。まさに何もないとき。そのときは具合がいい。出て行けるのなら、具合がいい。まさに出ていけて何もないのなら、具合が良い。次の瞬間はもう良くない、そのときはむしろ自分自身を哀れむことが出来るしそれは具合いい、でもそれは恥ずかしいんです。《C あの娘をおいて出て来たときは、具合良かった。》僕は嘘は言いませんでした。《C ちょうど僕が出て行くそのとき、》
マーリア お行きなさい
若者 僕はそこに残ると彼女は信じていたんです、でも僕はズボンを引き上げ出て行きました。
マーリア お行きなさい
若者はあやふやにドアの方に進む、立ち止まる、それから急いでドアの方へ踏み出し、コートを洋服掛けから外し、突然振り返って見る
マーリアは身動きしない
若者 もっと何か言って下さい。
若者はドアを開ける、同じ黒い空白
大層長い沈黙
踏み出す、それから外と中の間で身動きせずにそのままでいる
たいそう長い沈黙
若者ゆっくり戻る。ドアは開いたまま
若者 今となってはもうそれしか出来ません。《C あなたには僕を助けるしか出来ないんです。》僕は恥ずかしいとは思いません、お願いです。
たいそう長い沈黙
若者 《C 助けて下さい》
たいそう長い沈黙
若者は椅子の方へ向かう、その間手からコートを落とす。マーリアの後ろに立つ
若者 ありがとう。お礼を云うほどまで僕を恥知らずにして下さって、それにこれも言葉にすることが出来ます。あなたが僕を恥知らずにしたんだ。《C ありがとう》
たいそう長い沈黙
若者 《C 僕は出て行きませんでした》
たいそう長い沈黙
若者はヒステリックにさけぶ