ハルギタの待降節
シュトー・アンドラーシュ
あらすじ
舞台は、ハルギタの高地。(現ルーマニア、トランシルヴァニア地方の山岳地帯、東カルパティア山脈の西南端)「大きな裂け目」「小さな裂け目」と呼ばれる二つの渓谷に挟まれた、ボーデイ・ヴェンツェルの小屋。この地は絶えず雪崩の危険にさらされていて、人々は決して大きな声を出せず、ささやくように話さなくてはならない。
ときはクリスマス・イヴ。村人たちからヴェンツェルおじさんと呼ばれるボーデイは、一人娘のマーリアが六年前に家出してからというもの、毎年クリスマスになると贈り物のランプを作ってひたすらその帰りを待っている。マーリアはかつて、一夜の宿を求めた船乗りと恋に落ち、父の止めるのを振り切って家を出たのだった。そのとき生涯にただ一度、娘を打ったことで親子の間に決定的な溝ができてしまい、ボーディの心には苦い後悔が残っている。
イヴの晩の習わしであるベツレヘムの劇の詠唱に、村の娘アールヴァイ・レーカがたずねて来る。情熱的で気まぐれな気性のレーカは「氷の鳥」と呼ばれている。彼女は、恋人ゼテラキ・ガーボルと落ち合うためにボーディの家にやって来たのだった。レーカとガーボルは幼い日の「童の恋」の恋人たちだったが、その後は二人とも別な恋人と付き合っていた。つい最近元のさやに収まった二人は、今度こそ結婚にこぎつけようとその相談をするためにやってきたのである。
ボーディは二人を家に入れてやり、大声を出さないようにと注意して二人に部屋をあけてやる。しかしこの二人の恋は波乱含みである。ガーボルはレーカの前の恋人にまだわだかまりがあるし、レーカはガーボルが絶えず、現在でなく子供時代の恋の思い出に執着していることにいらだつ。彼女自身も大きな秘密を抱えている。彼女は、婚約までいっていた前の恋人と深入りしすぎてしまい、妊娠していたのだが、そのことをまだガーボルに打ち明けかねている。(ガーボルの父ダーニエルは、彼女が別れたはずの以前の恋人と逢っているのを目撃しており、息子が性悪女にひっかかったと心配していたのである。)二人がようやく婚約の誓いをたてたとき、レーカは子供のことを打ち明けるが、そのとき窓の外から、子供の父親がレーカの名前を呼ぶのが聞こえる。いきり立ったガーボルは、壁から銃を取って、外へ飛び出していく。レーカはガーボルを止めようと後を追うが、大声で「愛しているわ」とガーボルに叫んだために、雪崩を起こしてしまい、ガーボルと以前の恋人は雪崩に呑まれてしまう。
二十年後のクリスマス。ボーディは今も娘を待ち続けている。二十六個に増えたランプのひとつが、ひとりでにともり、ボーディはそれが娘マーリアからの伝言だ、とさとる。しかしその意味するところはわからない。おそらく、これが娘から受け取る最初で最後のメッセージであり、生きて娘に会うことはもうないであろう、とボーディは覚悟する。ガーボルの父ダーニエルがたずねてくる。彼は、息子を死に導いたレーカを呪い、二人を家に入れたボーディをも責めて、クリスマスがくるたびにやってくるのである。息子を失った彼は、今では神をも呪い、全てに毒づくような老人に変わり果てている。ボーディがランプの奇跡の話をしても、神はもはや奇跡を示してはくれない、白分たちはすっかり神から見捨てられてしまったのだ、とボーディに言って、彼は出ていく。
レーカはガーボルが雪崩に埋まってしまってから、私生児の娘を生み、独力で育てた。娘は母親と同じ名前で、小レーカと呼ばれている。母の方のレーカは、二十年間ガーボルを「大きな裂け目」で捜し続け、今ではすっかり老けこんだ初老の女性のようになってしまっている。小レーカは、二十年前の母親と同様、クリスマス・イヴの詠唱者としてキリスト誕生の報らせをもつて来る。彼女は母親そっくりで、年頃の娘らしく、自分を捜しにくるであろう若者を夢見て待ちこがれている。
娘が去った後、母親のレーカが現れる。彼女が恋人を捜すために切り出した氷のかけらからガーボルの指輸が現れ、レーカとボーディは村人たちを呼び集め、ガーボルを捜しに行く。ついに発見されたガーボルを、レーカは村人たちの力を借りて甦らせる。しかし、ガーボルには老け込んだレーカがわからない。レーカはこれまでのことを説明するが、ガーボルには彼女の労苦への負い目はあっても、二十年前同様に彼女を愛することはできないとさとって、「若返ってくる」と言い残してその場を去る。
ガーボルの父ダーニエルがやって来て、息子をつれ去ろうとするが、ガーボルは「逃げ出す債務者には名誉はない」と拒絶する。ガーボルを決定的にレーカに奮われたことを知ったダーニエルは、レーカを「呪われた氷の鳥め」と呪詛しながら出ていく。小レーカがやって来る、はっきりとそう書かれてはいないが、明らかに母親のレーカがさしむけたのである。ガーボルはてっきり、恋人が若返ってきたのだと思って狂喜する、小レーカの方ではガーボルがかつて夢の中で会ったことのある恋人だと思い込む。そのとき「大きな裂け目」から、母親レーカの呪う声が聞こえ、ガーボルは飛び出していく。再び雪崩が起きて、レーカとガーボルを呑み込んでしまう。生き残ったボーディと小レーカは、奇跡は起きても、もはや人間を救ってはくれないと、静かに鳴咽する。雪崩はボーディの小屋まで押し流してしまう。