（場面は一部と同じ。ときは二十年後。ボーディ・ヴェンツェルのランプも過ぎ去った年月を示す、ついに全部で二六個。幕が上がると、ボーディはランプをともしている。一部はクリスマス・ツリーの上、残りはテーブル、壁、床の上できらめいている）
ボーディ あなたがマーリアとわかっていたら・・・黄金で、銀で、お宿をこしらえたものを・・・おいで、お前、二六番目。お前たち、大勢だなあ、増えたものだ・・・お前たちのせいでこの家にはもう、わしの居場所がないよ。待っていると、人間は自分の家でもう居場所をなくしてしまうんだなあ。お前はどこだい、二五番目？ちょっとうまく出来たな。お前の炎は・・・わしの見るところ・・・ますます大きくなるな。ちゃんと燃えるんだよ、わしと争うなよ。もう今となっては、わしには自分が間違っていたとは感じられない。十年というものは、マーリア、お前をぶってお前の船乗りを家から締め出したことを後悔したよ。その後に続いた十六年が、お前の良心にのり移りますように。海がお前をとりまいて、海水の一滴一滴全てが、朝から晩までお前の耳にハルギタと叫ぶように。神様がお前に、わしのように、待つこと以外の罰をお与えにはならんように。もしあなたがマーリアとわかっていたら・・・お前も輝くところを見せておくれ、二六番目や！お前が最後だ。なんでつけてやろうか？何を使ってお前をともしてやろうか？
（氷柱が鳴り響く。ボーディの手で持ち上げられたランプがひとりでにともる）
天から私めに御しるしをお送りになった神様！何？何だって？ああ、われらの魂も頭ももう、なんとおそまつなんだ！理解しなくてはならぬこと全てに、われらはもはやただ混乱するのみで、われらが魂はあたふたかけずり回ることだけに占領されている！何だって？（想像上のノックに対して）お前かい、マーリア！（窓に駆け寄る）まるでどこにでもお前がいて、どこにもいないかのようだ、このランプのゆらゆら揺れる光の中にだけいるのか。なぜこんなに遅くなって言伝をよこすんだ？わしはもう生きてはいない。わしにはもう、待つこと以外何も残っていない。黄金で、銀で、お宿をこしらえたものを・・・私の方は冷たい地べたに寝たものを・・・二筋の炎！お前、わしに孫まで示すのか。だが、生きて揺らめいている、ということだけだ。それ以外は何も読み取れない。マーリア、お前だけが、ハルギタのボーディ一族がどこで最後を迎えるのか、わかるんだ。その痕跡は、あの氷の鳥の足跡のように途切れた。お前たちはみな氷の鳥になるんだ。
ダーニエル （ノックなしに入って来る。互いに長い間見つめ合っている）
ボーディ また、わしを殺そうとやって来たのか、ダーニエル？
ダーニエル 二十年間、クリスマスの晩はいつもそうしたいと思った。この日にあんたたちは、わしのたった一人のせがれを死へと送った。
ボーディ 百年だって、お前さんに説明してやれるよ、レーカが彼の上の「大崩れ」の雪の塔に叫んでしまった。だがわしは両方は、言葉に火を吹かせるな、と注意しておいたんだ。おい、ひとりでにともったぞ。
ダーニエル 何がひとりでにともったんだ？
ボーディ わしのランプだ。二六番目のランプだ。
ダーニエル あんたの想像だよ。
ボーディ こうやってわしが手でつかむと、一度だけともった。二つの炎で。
ダーニエル 慰めのしるしを、神はもうお送りにはならんよ。
ボーディ お前さんの犬の声をお返しになった。
ダーニエル あれだって神がなさったんじゃない。犬の声のために、わしはゼテヴァールアヤまで出かけて行ったんだ。
ボーディ ランプがひとりでにともった。これ以上、わしが娘と孫からしるしを受け取ることはもうないのかもしれんな。ダーニエル、心置きなくわしを殺していいぞ。
ダーニエル これから先、あんたが待ち死にしてしまいますように。
ボーディ いつまでもわしのせいにするようでは、お前さんの魂はとうとうひからびてしまったな。
ダーニエル わしはちゃんと頼んだはずだ、あの嘘つきの氷の鳥には戸を開けないでくれ、と。ほれ、あいつは叫んでせがれを死に追いやったじゃないか。あんたはあいつに宿を与えた。罪に二度まで組みしたんだ。
ボーディ あの子は、わしの娘のクリスマスの声で来たんだ。何度言わせる？
ダーニエル あいつは聖処女マリアのお姿ですら現れかねんやつだ、とわしは注意したはずだ！あの面の皮の厚い、私生児を作りおった、ろくでなしのねこ被りめが！
ボーディ ののしるんじゃない！人と人は、罪なくして出会うわけじゃない。もしあの晩彼らがここへ来なかったら、そのときは森の奥で、木々の上で、地面の下でだって会ったろう！水を、上から下へ流れないようにと止めてみろ！渡り鳥に、旅路から向きをそらさせてみろ！
ダーニエル 壊す手なしには崩壊は起きない。
ボーディ それなら償いは？あの女の償いは取るにも足らんことか？お前さんはチークの国の次には、死の国にも足を踏み入れたじゃないか。かの地下で償っている者たちの間で、アールヴァイ・レーカのそれより苦いものを目にしたか？お前さんの爪だって、さんざん捜したあげくに血だらけだ、だがレーカは「大崩れ」の下で二十年間、お前さんよりもっとたくさんの雪を動かしたぞ！春も、あの運の悪い女が二本の腕でやり遂げたほどの氷を割りはしなかった。あれはまるで枯れた泉のようだ、もうそんな風になってしまって、その中身がまだどこから湧き出ているのか、誰にもわかりはしない。
ダーニエル 罪ある者は、償いをするのさ。
ボーディ いつまで？
ダーニエル 土に還るまでだ！雪の中、氷の中に入るまでさ。あいつの長靴の端が擦り切れたか？十の爪が擦り切れたか？わしの一人息子を捜すのに、あいつの心が擦り切れればいいのだ！あいつは母親の身代を捜索に使い果たしたが、これから先も氷をピッケルで割るのに営林官を雇ったらいい！雪に地下道をうがって、春が来る度、雪解けと共に千の方角に走りまわればいい！将来も、夜も昼も安らぐことはならん、裂け目からあいつのために掘り起こされた全てのかけらに泣きながらよりかかれ、これから先も血だらけの爪で、全ての氷のかけらの中にせがれの凍った顔を堀り探って、あがけ！
ボーディ お前さんはむごいよ、ダーニエル、愛の祭日に。
ダーニエル 愛の祭日がガーボルまで連れ去ったんだ。神があのときわれらを見降ろしていてくださらなかったからさ。気まぐれな氷の鳥自身が同時に神なんだ！
ボーディ もし神がお前さんの冒涜をお聞きにならずとも、すぐ雪の塔が聞きつけるぞ。
ダーニエル 雪の塔だって聞きつければいいさ！崩れろ！神のおあとを、我らは愛と教会の旗もて、ひたすら追う―何もかもムダだ！神は我らにかかわって下さる時間がないのだ。
ボーディ お前さんを死から連れもどされた。
ダーニエル あれより大きなやつをわしの上に置けるようにさ。死者たちなら苦しめるのはもう不可能だ！だから自分の死の証人となれるよう、われらを生にとどめておかれるのだ！わしらの子供たちはみな出て行くんだ、ヴェンツェル。
ボーディ わしのランプはともったぞ。いつか帰ってくるよ。
ボーディ いつかは帰ってくる。
ダーニエル わしら残ったものは、空っぽのカタツムリの殻になってしまったのさ。
ボーディ 誰かが待たれているところに空虚はないんだ。天がわしらから顔をそむけられた、とは言うな！わしらが待つことを学べば、全てに答えがやってくる。わしらは千の術の達人だ、千一番めを最終的な仕事として学ぼう。ランプがともる間は、待って待つんだ。
ダーニエル ともっても、照らし出してもらう物は誰にもないさ。まだどんな奇蹟がわしらに届くものやら、今となってはもう同じことだ。雨の降った後の外套だ。
ボーディ わしが死んだら、それともいつかやはりお前さんがわしを殺したら、
ダーニエル、家の鍵はお前さんのところに置いてくれ。クリスマスの晩にはいつもここに来て、わしのランプをともしてくれ。
ダーニエル 生ける死人たちのためか？
ボーディ いつかは家に帰ってくるものたちのためにさ。
ダーニエル 銃から発射された弾は決して帰ってこん。
（戸口で一人っきりの女の歌・・・「もしあなたがマーリアとわかっていたら」）
ボーディ お前さんに代わってわしが奇蹟を見た者となる。
ダーニエル 呪われた氷の鳥！あいつには宿を与えるな！あんたが宿を与える者は、われらに破滅しか招かんぞ！（一人ぼっちの詠唱者に）今日生まれた救世主と一緒によそへ行け！せがれは死んだ！誰も生まれなかったんだ！
リアのことを、私生児を生んだ女が歌うんじゃない。白いクリスマスだって、
黒い魂をきれいに洗い流すことは出来ないぞ！（歌声「私の方は冷たい地べたに寝たものを・・・」）冷たい地べたに寝ろ！どこで誰と寝ようと、お前らには同じことだ！
ボーディ ベツレヘムの飼葉桶を蹴とばすんじゃない。
ダーニエル 三人の博士の星だって蹴散らしてやる！
ボーディ （胸ぐらを取って）わしには喜びの報せをもたらすんだ！それにお前さんは泥を塗る！わしの家に瀆神者の場所はない。
ダーニエル あんたはもう熊を殺している。わしも殺せ！喜びの報せと瀆神か。この世にまだ喜びの報せがあるのか？不実な女どもが粉々にしてしまわないような、神聖さがまだあるか？ほんのわずかな神聖さでも、ヴェンツェル、まだ残っているか？あらゆる瞬間にこともなげに破り捨てられることのない命令が、まだあるか？この地上で長生きしてくれるように、父と母を敬え。お前さんの一人娘はこいつを、一人の船乗りのために投げ捨てなかったか？二六年かかってあんたの魂を、待ち焦がれるハリネズミに縮めてしまいはせんかったか？あのもう一人の方は、せがれを嘘でくびきに、そして最後には氷の下に追いやりはしなかったか？これでもまだ、何かにちょっとでも神聖さがあるのかね？
ダーニエル ろくでなしの子供をな！
ボーディ あれだって子供だ！人間の若芽だ！
ダーニエル 人間の若芽か悪魔のだか、これからはっきりするさ。いや、神は神聖さを女どもには考えだされなかった。全能の神がそれほど考えなしなどとはあり得ない。
ボーディ いつだって罪には二人必要なんだ。
ダーニエル 雌が一匹と罪のない崇拝者か、せがれもそんなだった。
ボーディ 夢中になってたことでは、似たりよったりだった。
ダーニエル あんたのドアの前に立たせた―吠えさせるためにだ！あいつは十の爪でとびかかったんだ、ひな鳥に向かう鷹のように！
ボーディ そしてひな鳥はあらゆる門の楓の木にその姿を刻んだ、お前さんのせがれの恋の告白を悼むために、あの女を門から門へ巡礼させておけ。彼は一体なぜレーカの魂に縄をかけたのだ？こうした彫刻の恋の告白だって、相手の上に投げられた網じゃないのか？
ダーニエル そして、網を編むうちに氷の下へ陥ったのはどちらだ？
ボーディ 愛してるわ、ガーボル！あの娘はそう叫んだんだ。
ダーニエル むしろ、そう言って呪ったんだろうよ！神は罪なき者の呪いだけをお聞き届けになる・・・もしつんぼで、女どもの味方でなければ、お聞き届けになるはずだ。そうでなければ、とっくにやつらを絶滅させておられただろうよ。
ボーディ お前さんのお袋さんをそしるんじゃない！お前さんをこの世に生み出したのは女じゃないか？お前さんについていてくれたのは、女じゃなかったのか？家に帰れ！お前は酔った大天使か？反逆のうじ虫がお前だ！
ダーニエル 神は今夜、あんたには奇蹟をお示しになった。再びほんの少しの希望を、あんたの心にしのばされた。神は再び、あんたに支払われたのだ。わしに対しては、神はそれがお出来にならん。新たに一人の死者を蘇らせることもなさらん。今や、あの方の手の内の切り札はお見通しさ。
ボーディ （鋭く言う）主はかるた師ではないぞ！酒場の芸人じゃないんだ！（遠くで雪崩の音）じゃあ、挑発すればいいさ！お前さんが黙って「大崩れ」の下に出て行っても、雪崩がお前さんを葬ってくれるだろうよ。
ダーニエル それでもかまわんよ、せがれを表面に放り出してくれさえすれば。
ボーディ なんせお前さんの考えることは何もかも、吠え立てる狼の群れだからな。今度はどこを通れば家に帰り着けるんだ？どの方角に行っても、神の怒りがお前さんを待ち受けているんだぞ。
（退場）
小レーカ （ドアの前で陽気に）神様が、たくさんのクリスマスの日々を、ワインを、小麦をどっさり、充分飲めるようにグラスに底を、たくさんお与えくださいますように！
ボーディ お入り、娘や！
（レーカに生き写しで、二十歳の小レーカが入って来る。その声も、あらゆる動作も、母親そのもの）
小レーカ （入ってくる）ワインを、小麦をどっさり、充分飲めるようにグラスに底を、お与えくださいますように！ヴェンツェルおじさん！こんなとげとげしい雰囲気の中で詠唱者を迎えなくちゃいけないの？幸福な聖夜を！幸福な祝日を！私もやって来たわよ、ヴェンツェルおじさん！クリスマスの夜に一人ぼっちでなくなるように！まるで今まで会ったこともないみたいに、見て、見つめてばっかり。私は、正真正銘の、そして新しい私、小さいレーカよ！ベツレヘムから、心からの喜びの報せを持って来たの。神よ、彼の額をぬぐわせたまえ。たとえ「大崩れ」でも。待って、待ち焦がれて苔むすのね。
ボーディ 人間は待って、待って、苔むすのさ。
小レーカ 娘さんの代わりに私が娘になるわ、ヴェンツェルおじさん！それに一人二役でお孫さんにもね、お孫さんて男の子、女の子？
ボーディ 孫だとしか、わからないよ。
小レーカ 女の子ということにしましょうよ。優しいし、言うことをよくきくし、甘えんぼでどんな糸だまとでも遊ぶわよ。寂しがらないでね、おじいちゃん！（首にしがみつく）回転木馬と慰め手になってあげる。喜びの報せを持って来たのよ、おじいちゃん！（グラスに注ぐ）このお家には、女の人も娘もいない・・・私が注がなくてはならないわ。神様が力づけてくださいますように、おじいちゃん！星のもとで子供たちが生まれました。きっと新しいお孫さんもね。
ボーディ 海に、砂漠に。われらが散らばってしまっては、セーケイの胡麻の目がどこに落ちたか。誰にわかろう。
小レーカ 嘆きはおいといて！人が待っているところには、神様がしるしをお送りになるわ。慰め手を。
ボーディ わしがしるしを受け取ったのを、どうして知った？
小レーカ 私も、受け取ったから・・・
ボーディ お前まで待つはめになったんじゃないだろうね！
小レーカ あら、もうずっとよ。どこかで誰か、いつも私のところに来ようとしている人が出発したことは、わかっているの。来る、やって来るわ、山超え谷超え来るわ、私のために鉄を打った長靴を鳴らして、でもまだ私を見つけていないし、私も彼を見つけていないの。
ボーディ で、どんなやつだ？
小レーカ ええとこんなよ・・・私好みの、私の五体につりあった人なの。どんな風かわかる？まるで私に合わせて裁断されたみたいに。私の体、私の魂にぴったりで、もう私はくちばしの黄色いひよっこじゃなくなるまであまり待たなくていいの。ふふん。私、鱒を丸のみしてやるわ！
ボーディ ああ、そうだ。小さいレーカや、お前、今日の午後、裂け目の近くに行ったかね？
小レーカ どうして訊くの？ヴェンツェルおじさん。
ボーディ あの当たりで氷の鳥の足跡を見つけたんだ。お母さんのだったか？
小レーカ お母さん、この二十年間氷の鳥の姿になったことないわよ。
ボーディ じゃあ、お前だったんだね？
小レーカ うふん。
ボーディ じゃあお前も始めたか。
小レーカ でも何も悪いことをたくらんだんじゃないのよ、ヴェンツェルおじさん！私、悪さは知らないわ。本当に知らないのよ。わかっているのは、私が誰かを待っているってことだけで、それ以外は何も。時折私、夢の中ではとても罪深くて、罪で地べたに引き降ろされて、お母さんの目の前で翼を落としてしまうけれど、目がさめるとまた身軽に飛ぶの。そうなるとまた私は望みのままなの、そして私の足の下で枝の先がたわむこともないわ。どうしてこうなのかしら、ヴェンツェルおじさん。
ボーディ まだ何もかもが、お前の遠くにあるからさ。お前が待っているもの全てが、まだお前から遠いんだ。
小レーカ もっと近づきますように！私の腕にとんできますように！そう願います。
ボーディ お前が望まなくても、なるようになるさ。
小レーカ もう近いって感じるのよ。だからあちこちで詠唱しなくちゃならないの。私はどの窓の下にも喜びの報せをもたらして、交換に私が待ってるあのたった一つを、いつかは取りもどせることがわかってるの。もう行くわね、おじいちゃん！「大崩れ」のことは心配しないで！あの下は通らないわ、あの上を飛んで行くから。お母さんもきっと来るわ。苦しませないでね！外の氷の上で夜あかしなんかさせないでね！去年も「崩れ」の下で、私たち出会ったのよ。ほとんど氷の像みたいに凍り付いてしまってたわ。お母さんに奇跡のことなんか持ち出さないでね。お母さんの若い時代はもう過ぎてしまったの。安らぎが来てもいいはずよ。その必要があるわ。もう行くわ。長い間、私と会えなくなるわ。お母さん、私のこと遠くにやるの。何かの理由でお母さん、私がここにくるのをいやがるの。（急いで退場）
ボーディ 安らぎが来ますように、か。それはあきらめか？（奇跡のしるしを示したランプに向かって）お前もそう言っているのか？マーリア。われらの安らぎとはそんなものになるのか？あきらめだと？おそらくは「大崩れ」に感謝の念をささやくのか。われらの上にあるときの残酷な手は、われらの種木にすら伐採を思いとどまってはくれないから、わしらは耐えて言うだけだ、安らぎと！だが、これはもう死ではないか、マーリア。お前たちに会えないうちは、わしは死にたくはない。幸福な時代よ！互いに属する者たちが、互いの目を見つめながら死ぬことが出来たころよ。もうわしらを結び合わせるのは訃報だけだ。訃報。喜びの報せの日にこれを口にするのか？そのときはわしも伝言しなくてはならぬのか？ともれ、マーリア、お前がどこにいようとも・・・生家の盲いたランプよ、燃え上がれ！それを見てお前の心と魂がうずくように！ほんの一瞬だけ、わしがお前のためにしているのだ、と感じるように。お前たちのために・・・
（氷柱が鳴る。氷のかけらを手にしたレーカが来る。初老の、疲弊した、まるで芝居の中のボルバーラがそうだった母親のよう）
レーカ 今晩は。
ボーディ お前さんもな、レーカ。お座り、娘や。お前さんの魂も霜に被われているな。
レーカ 霜。彼がまだ氷の下にいるなら、少なくとも私も霜を被っているわ。
ボーディ また一人で「大崩れ」を切り出していたのか。
レーカ 聖霊降誕祭だったわ。そして終わりになった。誰もが誰かを待っていて、ベツレヘムの子供たちが到着した。誰の聖霊降誕祭も終わりだった。ただ私のそれだけが続いた。
ボーディ わしら二人のだ。
レーカ 私たち二人の聖霊降誕祭、決して終わらない。
ボーディ その氷の塊をお置き。お前の手に凍り付いてしまう。
レーカ 息を吹きかけるわ。温めてやるの。「大崩れ」から一つ一つのかけらを掘り出すのよ。そうするといつも小さくなるの。全部溶けるくらい、生きてやるわ。そんなには生きられない？
ボーディ 待てる間はわしらは生きているんだ、レーカ。もう、その氷を置きなさい！ともかく今は、ストーブで溶かしておくんだ。このブリキの皿に入れなさい。お前はわしの隣にお座り。
レーカ そこに座るわ、ヴェンツェルおじさん。
レーカ じゃあ、こうね。そして次はどうするの？
ボーディ 待とう。
レーカ みんなむだよ。
ボーディ わしらがその到着を待っているものを、助けなくてはな。
レーカ 待つことで？
ボーディ じゃあ、それ以外何かあるか？
レーカ 今まではあったわ。
ボーディ 山を超えた向こうは別の山さ。
レーカ 私の髪には青いリボンが結んであった。二十年前、私はそのテーブルの上で、青いランプの姿でともっていたわ。若さが失われてしまったという恐れが、すんでのところで私を消してしまうところだった。ガーボルに歌ってやったわ、三日めのバラはきれい、娘もまだ二十歳の頃がきれい。でも二十一を超えれば、青いリボンは髪に似合いはせぬって。だって私は、二十二才になっていたんですもの。それじゃ今だったら、何を彼に歌ってやればいいのかしら？ヴェンツェルおじさん。その気があれば、私は氷の鳥になったわ。でもこれはもう、娘の小さいレーカだけがやれるのかもしれないわ。だけど、あの子に私、言っておいたわ、もしやってみたりしたら、目をくり抜いてやるからって。
レーカ お母さんのたくさんの尊い言葉。私は誰の言葉を聞いて、誰のを聞こうとしなかったのかしら。私ひどく年をとった？ヴェンツェルおじさん。
ボーディ ときは人間の間をのんびり歩いて行くんだ。
レーカ 私の青い髪には、青いリボンが結ばれていた、それなのにやぱり恐れが私をもて遊んだわ。私も罪のない子熊みたいにそれと戯れたわ。でも今は完全にその手の内よ。ガーボルを捜して、捜す、私は恐くてしょうがないの。もう何が恐いのか、それすらわからないのよ。私の心は恐れでいっぱい。もし何かが起きるとしたら、私はどうなるのかわからないのよ。
ボーディ 子熊だって大きくなるさ。血に飢えた熊になるんだ。わしらのところで荒しまわる、だがわしらが生きているのは、生活ではないことに慣れなくてはな。そうではなくて、荒廃なんだ。
レーカ ブリキのお皿の水が煮立ったわよ！（ストーブにかけつけ、皿を引き上げ湯の中をのぞき込む、やがて驚きと喜びと共に）神様、マリア様！ヴェンツェルおじさん！ヴェンツェルおじさん！
ボーディ 一体どうした？
レーカ お湯の中に指輪が！お皿の中に指輪が！私の指輪！ガーボルの指輪よ！（指輪を持ってランプからランプへと走り回って見つめる）レーカ！レーカって彫り付けてあるわ！ガーボルの指にはまっていたのよ。氷の塊の中にあったわ！ヴェンツェルおじさん！この氷の塊はここで拾ったのよ！「大崩れ」の下の家のはしで。彼は外して投げたの！じゃあ彼もあそこにいるんだわ！ヴェンツェルおじさん！おおい、みんな！ヴェンツェルおじさん、来て！行きましょう、おじさん！ガーボルはここの氷の下にいるんだわ！二十年間捜したのよ。そしてすぐこの近くにいるんだわ！神よ、彼と会ったときに私の心が裂けてしまわないように、力を与えたまえ！（乱暴に戸を開ける）行きましょう、ヴェンツェルおじさん！村中を起こすのよ、おじさん！
ボーディ もっとそっとだ、頼むから！
（氷柱が鳴り響く、ボーディとレーカ、家の前へ出る。たいまつを持った詠唱者たちがくる）
レーカ みんな！誰か来て！今は喜びの報せは置いてちょうだい！ベツレヘムの御子はお生まれになった！そしてすぐしるしをお送りになったわ！「大崩れ」の縁に行くのよ！あのどこかにいるはずだわ！氷を動かすの！山を動かすのよ！私の指はもう血だらけなのよ！
ボーディ みんな、「大崩れ」の縁を捜すんだ！レーカ、お前はどこにも行くんじゃない。
レーカ 私は強いわ。心が張り裂けたりしないわ。
ボーディ お前は強いし、露のように脆くもあるんだ。助けを求めよう。
レーカ みなが助けてくれるわ。
ボーディ 主におすがりするんだ。
レーカ たとえおいでになるのが彼のお通夜になるとしても。
（続く情景で、氷の鳥のメロディーに乗って、村人たちが家の前に現れる。果てしない行列。ベツレヘム劇の行列の人々も参加。カトリックの僧侶もいるかもしれない。若干の人々の手にはろうそく。ボーディが待ちのランプを順番に貸し与える）
レーカ 天の高みにいらっしゃる主よ、あなたにお仕えする娘を慈悲深く見おろしたまえ！厳しく私をお試しになりました。擦り切れたわが心に新たな重荷をお置きにならないで下さい。もし奇跡をおおこしになるなら、主よ、私たちが待つうちに力を失ってしまったことをお知りにならなくてはなりません。私たちをあなたの恩恵から遠ざけられてしまい、これまでずっと苦さと嘆きでわれらを養われました、私たちは幸せへの準備は出来ていません。再び私たちの心を、喜びを持ちこたえることが出来るよう、なさしめたまえ。
ボーディ すべての生ける者たちを、主よ、あなたは順に連れ去られ、強いお怒りのうちに罰を重ねられておいでです。われらは今や死者たちと一緒になることは出来ません。とはいえ、われらに死者をお返しください。われらはあなたに代わって執着することで彼らを蘇らせます。あなたは生者を遠方の地にお連れになり、死者を見知らぬ人々の間にお置きになり、そうすることでもわれらの孤独をつのらせておいでです。あなたは森の木々を互いの隣に置かれ、互いが見えなくなるよう星々をばらばらに撒き散らすことなどなさらない。なぜ、よりによってわれらの子供たちを風に散るあざみの運命に導かれたのです？これこそがわれらへのなさりようだというなら、なぜわれらに少なくとも叫ぶ権利を残してはくださらなかったのです？われらは、叫び声で失われた者たちに呼びかけなくてはならないのです、あなたは沈黙の命令でわれらを打ち倒されます。ささやき声すらわれらの心に恐れをかきたてるようにと、あなたは「大崩れ」の雪の塔を高められました。あなたはこうおっしゃる、「ごらん、私も一人だ、それでも私はそっと沈黙している」と。沈黙とは、主よ、あなたの権力です。なぜ、われらが強いられていることとそれとを混同されるのです？あなたの雪の塔をなだめてください！われらに主よ、声を張り上げてわれらの子どもたちの呼びかけられるよう、叫ぶ権利をお返しください！われらから、沈黙の務めを取り去ってください。われらの山々では、沈黙そのものすら声高で陽気なのです。
レーカ （氷の棺を肩にかついで運んでくる男たちを目にして）彼が見つかったわ、神様！ガーボル！ガーボル！みんな厳しい冬から、彼を連れ出すのよ！
（氷の棺は家に運び込まれる。人々、棺のまわりを取り囲み、膝まづく。氷柱のみが鳴り響く。待ちのランプは元の場所にもどされる）
（棺の頭側で）眠っているわ。眠っているだけなのよ。目覚めさせなくては。私の息で。ただ、一人ではあまりに弱すぎてだめなんだわ。みんな、助けて！私たちの魂を一緒にするの。ほんのちょっとの心のぬくもりをあなた達、貸してちょうだい。最初の幸福の瞬間でお返しをするから。温める息づかい一つにも、誰にも借りは残さないわ。助けてちょうだい！ガーボル！みんなここにいるのよ。まだ私を憎んでいるなら、彼らには寛大になって！りんぼくの棘一本のために、森に腹を立てる必要はないわ。みんなここにいるのよ。ガーボル！あんたは私たちの門の作り手だったわ、――楓の小鳥があんたを待っている。目を覚まして、ガーボル！私にはもう懺悔することはないわ。私はそれをあんたの手にゆだね、あんたはそれに耐え切れなかった。あんたは私に二十年の悔い改めを言い渡し、私はそれを受け入れたわ。たとえ「大崩れ」の粉雪嵐が小道を埋めても、捜し求める者は相手を見出すことを信じたいからよ。
群集 目覚めよ、目覚めよ、ゼテラキ・ガーボル！
レーカ どうやってあんたの心を和らげたらいいの？ガーボル！
ダーニエル おお、せがれ、せがれ！またしても、氷の鳥が誘惑するか？
群集 目覚めよ、目覚めよ、ゼテラキ・ガーボル！
レーカ どうやってあんたの心を和らげたらいいの？ガーボル！
群集 氷の床から起きよ、ゼテラキ・ガーボル！
レーカ 私は何もかもあんたに懺悔したわ、ガーボル！
ダーニエル 懺悔で命を買い戻すことは出来ないぞ。
群集 目覚めよ、目覚めよ、ゼテラキ・ガーボル！
レーカ （ダーニエルに）息子さんに少しは甦る望みを残しておいてあげられたかもしれないのに。奇跡を見た者たちが背教者になるなんて。でもそれなら何のためにここにいらしたの？
ダーニエル せがれを再び、氷の鳥から助け出すためだ・
群集 氷の床から起きよ、ゼテラキ・ガーボル！
ダーニエル よおく考えるんだ、何のためにこの世にもどるのか。
レーカ ガーボル、あんたの心を和らげてちょうだい！私は千度でも自分に訊くのよ、氷の鳥よ、翼があるのなら、なぜ歩くものに加わったのだ、と。
群集 目覚めよ、目覚めよ、ゼテラキ・ガーボル！
（レーカ歌う、氷の鳥よ、氷の鳥よ・・・）
氷の床から起きよ、ゼテラキ・ガーボル！
（舞台は少しずつ暗くなる。光が再びともると、群集は踊る。粗野な旋回、陽気にはやしたてる。「必要なら、百度でも蘇ってやる、私はゼテラキ・ガーボルだ」）ダーニエルすらある老婦人と踊る。「私は、奇跡を見た者ダニだ、死を愚弄してやる」ときはすでに春である。雪の壁のあちこちに花。隅でうずくまるレーカを見て､踊りの相手を放り出して、酔った気分で話しかける）
ダーニエル お前はまだここにいたのか？ここから家に帰れ！
レーカ 許して、ダーニエルおじさん。それでも見つけたのは私なのよ。
ダーニエル お前があれの死の原因だったんだ。これ以上、あれの人生を苦くするんじゃない。
レーカ 一目だけでも見させて・・・
ダーニエル 嘘つきの氷の鳥が何羽いようと、みんな家へ帰れ！（窓を乱暴に開け、突然の当惑、死のような沈黙）窓からだって飛び出せたはずだ。
ボーディ わしらを殺したいのか？（窓を閉じると、音楽とはやしてたてる声が強まる）
ダーニエル （戸を開ける、再び沈黙）名誉と共に翼までなくしてしまったのなら、歩いてでも遠ざかれるはずだ。
レーカ 出て行くわ、ダーニエルおじさん。でも覚えておいて、一度恋をした子どもたちは、もう父親のものでも母親のものでもないし、もうその子の兄弟の兄弟ですらなくなるの。恋してる者のことは、神様だってお手上げよ。私をドアから放り出したらいい、窓から、煙突の穴から、鍵穴から飛んで帰ってくるわ。息子さんをハルギタの胃袋に、海の底に隠したらいい、私はそこでだって見つけてみせる。私が叫び彼を死へと追いやったんですもの。でも私だって十の爪と捜した二十年の年月とで彼を見つけ出したのよ。わかった？老いぼれの蘇った者！この世に残っていた仕事が、私たち二人を引き離すことだけだったというなら、神様はムダ骨を折られたのよ。
ダーニエル （窓を開ける）いっそ、わしらの上に「大崩れ」が裂けて落ちてくればいい。お前だってわしらにとってはもう、大したことのない災難にしかなれん位叫んでやるぞ、このあま！
ボーディ この気違いめ、わしらの命をもて遊ぶんじゃない！（他の人々もとび上がって、彼の口をスカーフでふさぐ）自分の命でやれ、お前さんには二つあるんだから。わしらには一つしかないし、それすらわが物ではない。わしらが、見知らぬ土地から家へと帰って来るのを待っていてやる者たちのために、とってあるんだ。やつの口をスカーフでよくしばれよ。彼の犬の声が彼の前にでてくるさ。神がお取上げになったその代わりにな。さあダーニエル、おとなしく横になれ。みんな、家に帰れ！二日二晩で充分だった。それでも死にたいのなら、歌うだけでいい！
一人の声 わしらだって生きたいんだ！神がわしらの首に咽を与えられた、その権利をもって。
ボーディ 馬とお前さんらの口を押さえておけ！（ダーニエルを後方の部屋へ引きずり込む）
(人々は無言で歌い、家の前から去って行く、下方に通じる小道に消えて行く。レーカは家に残る。緊張して身づくろいする)
（入ってきて）多分長い夢のせいだろう、もっと若々しい位だ。
レーカ （ほとんど目につかない程度に動揺して）若々しい？それから何か言った？
ボーディ 吠えなくちゃならない、と言っていたよ。だが彼はもう吠えたくないんだ。神にすら決して吠えないと。
レーカ 聖母さま！私の愚かな行いを憐れんでくださった！
ボーディ 改めて言わしてもらうが、言葉に気をつけるんだぞ。かきたてるんじゃない！全てを彼に委ねるんだ。わしはそれまであたりを歩き回っていよう。
レーカ 私ではないわ。神かけて。
ボーディ どこからどこへ続いているか、今にわかるさ。(銃を取り、出て行く)
（氷柱が鳴り響く、ガーボルがやって来る、レーカその前に走り寄り、抱擁しようとするが、ガーボルはそれに応えない。互いに見つめ会う）
ガーボル 今晩は、いい祝日を。
レーカ そんなこと言ったって、祝日はもう過ぎてしまったのよ。ベツレヘムの御子は大きくなったし、愛の言葉のために間もなく磔にされたわ・・・そして見て・・・雪の壁に・・・雪の花が・・・
ガーボル もうここらへんに来てしまったんだから、お元気かどうかきこうと思って。
レーカ 誰が元気かって？ああ、そうね！ボルバーラおばさんと娘のレーカね。それじゃ・・・人生は矢のごとしよ、ガーボル。じきに、後を見送る位しか出来ないほどせわしないんだから。そのときは後のまつりというわけ。（指輪を差し出して）ほら、まずこれを見つけたわ。あんた、ひどく怒って投げ捨てたわね。手を出して。（指輪をその手にはめる）これはここになくちゃね。
ガーボル （テーブルの上で青くともるランプに）彼女がはめてるんでないの？レーカじゃないの？
レーカ 彼女よ、他の誰でもないわ！あんたを見つけ出した者だけよ。二十年の間捜したわ。そして魂をほとんどすり減らしてしまった彼女よ。
ガーボル （青いランプを手にとって）魂をこの中に吹き込んであげるよ、ボルバーラおばさん。明るくともれ、明るくともれ、白いろうそくの芯、歌ってあげるから、輝け。おお神様、以前はなんて楽しかったでしょう。僕の人形が僕の門の前を通ったあの頃は。でも、あの子があそこに来なくなってからは、あの子に会えなくなってからは・・・
レーカ だって会っているじゃない！あんたの目の前にいるじゃない！つまり・・・苦しまないで、ガーボル。もし、私のことで・・・レーカのことで・・・ほんのちょっとでも疑いを抱いていたというのなら、娘は百倍も苦しんだのよ。あんたは、苦しみはしなかったわ、ガーボル坊や！少なくともあんたの顔は、そうは見えない。まるで、たった今創造主の御手から出てきたばかりのようよ・・・
ガーボル そのランプを使いに出さなくちゃあ・・・
レーカ 一体どうして？
ガーボル 代わりにレーカが入って来るようにさ。
レーカ レーカ？レーカが入って来るように？ガーボル、あなたって辛抱が足りないわね！まだ結婚の申し込みだってしてないじゃない。
レーカ あなただけを待っていたわ。あんただけをね、ガーボル。それも、何もせずにというわけじゃないわ。二十年間あんたの跡を求めて、昼も夜もあんたを捜してたわ。ほんのわずか残っていた若さだったものは、あんたがあそこから戻ってくるようにと、後から裂け目の中のはしごに投げ捨てたわ。もしあんたがあの娘に会いたいのなら、中を覗いてごらん、そしてあんたと一緒にしないことね。あの娘は子どものときにも、その後あんたが氷の下に行ってしまったときですら、あんたを見つけ出した。いつだって、見つけ出される側には楽だけど、捜す方は大変なんだよ、坊や。あの娘にとっての人生は捜すこと一つだけになってしまった。
ガーボル レーカにあやまることにするよ、ボルバーラおばさん。彼女を苦しめたかったわけじゃない。
レーカ （半ば自身に）神様。それじゃ、中断したところから始めなくてはならないの？指輪は今はもうあんたの指にあるのよ、ガーボル！
ガーボル 指輪は僕の指にある。これはレーカがはめるはずだったのに。（ランプに向かって）お前はここで青くキラキラしているだけなんだね。喜びもしないし、悲しみもしない。僕がお前の気に入るように、早起きしたのを知らないみたいだ。
レーカ あんたは早起きしたわ、ガーボル。朝露のころよ。
ガーボル それでも間に合わなかった。他のやつらに先を越されたもの。
レーカ （ぎょっとして母親の役に逃げもどる）うちの娘を非難するのに、又それを持ち出すことはないでしょう。ガーボル坊や、レーカも自分の十字架を担ったことで満足しておくれ。
ガーボル その後、僕ら二人の最初の気持ちを氷の鳥した。
レーカ その後娘は我に帰ったよ、ガーボル、それ以上は決して氷の鳥にはならなかった。一瞬だって。翼の一ゆすりだって、喜びをもたらしはしなかった。
ガーボル 始めは、ふらふらしていたのに。
レーカ 始めはね！始めは！神様ご自身だって、全ての始まりのことはお忘れになったのに。人をエデンの園に向けて作られた、それでも私たちはそこから堕ちてしまった。
ガーボル その原因だって女だった。
レーカ （忍耐をなくして）そしてアダムはその間何をしてたの？（ランプに向かって）彼にお前の意見を言っておやり、レーカ！ガーボル、最初の気持ちのことは忘れておくれ、そしてこの続きはすっきりと率直になりますように。彼が今何を考えているか、知ってるわ。子ども時代のおとぎ話の木の上の結婚式ごっこのことよ。ゆりかごの中の子どもを婚約させるのは、王様たちだけなんだ、と彼にわかったらねえ。
ガーボル 僕らはそれだったんだ。王子と王女さ。
レーカ だけど私たちは貧乏人だったのよ。私たちの脆さが貧しさより強かっただけじゃない。
レーカ 必要だったわ。鳥たちでは生きてはいけなかったわ。
ガーボル いろいろな兆候によれば、誠実さでも、だね。
レーカ 私にそう言うのはかまわないわ。娘には持ち出さないでね！口を開けた傷に塩を振り込むのはやめてね、あんたの目玉をくり抜くからね、ガーボル。
ガーボル 彼女をかばってあげるのはいいね、ボルバーラおばさん。僕も自分の中で彼女をかばっているんだよ――自分からね。
レーカ あんたもかばってやろうとしてくれてるなら、世間は人であふれていることを、誰もが自分の連れ合いを捜しに出発するかもしれないことを、覚えておいておくれ。それもみな朝露の頃に。坊や、王様のゆりかごから降りてきておくれ。世間に人は多いことを、理解するようにやってみて。
ガーボル でも人の心は一人だけのものだ。レーカにだけは、場所が幾つもあったんだ・・・
レーカ あんたにだって、えび足一人分の場所があったわ。でもそのことも忘れましょう。娘が、ゆりかごから一直線に、あんたの腕の中に飛び込んだんじゃなかったことは、大目に見てやっておくれ。
ガーボル 許すよ。決して忘れないだけだ。
レーカ （怒りを押さえて）なんてこと、ガーボル。人生に試されるのを避けられなかったある娘のために、あんたは二度まで死と出会った。今、忘れる務めを抱えて生を担うことは、二度の死より多くを成し遂げることになるのに。困難だからこそ、あんたはずっと多くを成し遂げるのよ。
ガーボル だからこそ許したんだよ、ボルバーラおばさん。
レーカ （鋭い声で）忘れないというなら、娘はやらないからね！何一つ、着替えのシャツ一枚だって、あなたのものにはならないよ！忘れることでだけ、あなたは豊かになれるんだよ。娘の名にかけても、この持参金はゆずれないからね！娘の子どもには父親代わりになっておくれ。
ガーボル どんな子どもに。
レーカ 小さなレーカにさ。二重の許しのしるしとして。あの子の存在だって許してくれなくては。
ガーボル というのも世間は複数の人間から出来ているから。世間は人でいっぱいだ。シュティーグ・アンタルたちでさ。責任はあなたにある。あなたがレーカを困ったはめに追い込んだんだ。
レーカ 私を侮辱したっていいわ！あの子は二度と責めないでちょうだい！あんたが忘れないというのなら、せっかくあんたを捜したのに残念だったわ。あんたはいつも世界をエデンの園だと思っているのね？自分自身は、その中でったった一人の男としてふんぞりかえっているアダムだと。世界をエデンの園と思ってる顔だね？（ランプに向かって）レーカや、今、口をだすんじゃないよ！泣くんじゃないよ！娘は涙を流しているけど、言わせてもらうよ、あんたの目をまっすぐ見て言うからね、ガーボル！
ガーボル おきき、レーカ。彼女も傷ついているんだ。
レーカ 私が傷ついている！ひげを生やした預言者みたいに、うちにやって来ておいて！人間、そのきれいな若い顔を眺めておいて、こんなこと言わなくちゃならないとはね！それはエレミアとミケアの一人二役だよ。愚痴を言って、鞭打つだけよ。旧約聖書の中からまっすぐここへやって来たのさ！人間、十個の血まみれの爪で氷の下から掘り出し、それを続け、それで二十年が過ぎたのよ。百年！千年だよ！これだけたった後でも、氷に凍りついた蚤しか残っていなかったなんて！
ガーボル あなたとこんな風に話し合うべきことはないな！それから先は、僕がレーカとやることだ。僕ら二人の苦しみに口をはさまないでほしいな！
レーカ 安心して家へお帰りよ、坊や！エレミアのところに、ミケアのところに、ミケアのところに、マラキアのところに、娘はやらないからね。（ぎょっとして）そうしたいのなら、お帰り！祝福は出来ないよ！
ガーボル 一度は与えたし、それも間違ったところへ与えた！娘さんが堕ちたところから、もっと静かに話したらどうだい？
レーカ 何ですって？厚かましく何てこと言うの？（頬を打つ）おお、神さま！ごめんよ、ガーボル！お願いだからガーボル、許してね！私ではなかったわ！レーカでもなかった！あんたのレーカでもなかった！いいや、私がぶったんじゃないよ。私を見て、目を開けて！私を見て、許して！私のお母さんを許して！あんたが傷つけたのは私じゃなくて、あの人よ。私を傷つけることはもう出来ないのよ。あんたの手から受けるものは、ムチだって私には苦痛じゃないの。許して、ガーボル。私を打ったらいいわ。私は、ほんの一瞬、頭がどうかしていたのよ。自己欺瞞だったわ。言い争いにも意味があると思ったの。事実から幾分かは取りもどしたんだと思ったの。どんな罪でもいつかは時効になるでしょう。父殺しだって牢屋から釈放されるわ。ほら、ガーボル。もし私を人殺し呼ばわりしても平気よ。私は子供時代の夢を消してしまったけれど、私はそこへ戻って行ったのよ・・・あんたのところへ。私にはこれ以上、小道はないわ。私の道はどこにも通じていないの。あなたなしにはもう私は、この世を渡ってはいけないわ。許せないの？
ガーボル これ以上、芝居はよそう。レーカ。もう僕らは芝居するべきじゃないんだ。
レーカ するべきじゃないわね。
ガーボル その面をとるんだ、レーカ！お母さんのことはほっておこう。言いたいことを言ってもらおう、ぶってもらおう、へっちゃらさ。だけど僕ら二人は、もう芝居はしないんだ！そのスカーフをとって、おいで。そのしわを君の顔から洗い落としてあげるからさ。君の青い髪から粉を払い落とそう。その白髪は何になる？二十年前、お母さんに白髪はなかったよ。
レーカ お母さんにはなかったわ。
ガーボル 変装するのに、君はお母さんよりやり過ぎてしまったよ。僕がここに入って来たときなら、彼女本人に会ってるんだって宣誓だってしたかもしれない。でも君の声が全てを裏切っていた。それでだましおおせることが出来なかったんだよ。
レーカ もう何をしてもあんたをだますことは出来ないのね。
ガーボル 芝居をしている顔でだけならだませるさ。それがしわを、恐いボルバラおばさんのしわを演じている。
レーカ この顔はもう芝居をしてないのよ。
ガーボル 君は、鏡で自分を見ていないだろう。顔が年寄りを演じているぞ。
レーカ 今となっては、永久に演じていくでしょうね。
ガーボル その苦い芝居はやめるんだ、レーカ！
レーカ やめられたらねえ。どんなにやめたいか！でももう、芝居の方で私を放してくれないのよ。
ガーボル 頼むよ、今すぐそのしわを洗い落とすんだ！
レーカ しわを？（泣きながら）これを洗い落とすのはもう無理なのよ。忘れるしかないわ。それなのにあんたは、忘れられないのね。
ガーボル 何もかも、何もかも忘れるよ！この芝居だけはやめるんだ！君の青々とした髪はどこだい、赤と黒のスカートは、花模様のベストは？僕がここに置いていった人は、どこにいるんだい？ここで何が起きたんだ？
レーカ あんたを捜したわ。せんじつめれば、起きたことはそれだけよ。ときは・・・あんたには・・・あそこで止まったわ。でも私には容赦しなかった。この地上では、私たちはときの手の内で生きているのよ。
ガーボル そんなばかな。
レーカ よそ者を見るみたいに、見つめてるのね！私に今何が出来るというの？ガーボル。おお、私の顔をどうしようがあるかしら？私の顔を、半信半疑でぽかんとして見るのはよして！本当のことを言っているのよ！私の白髪は芝居じゃないし、顔のしわもメイクじゃないわ。この芝居は、神の烙印として私の顔に焼き付いたのよ。わからないの？理解するのが耐えられないの？ときはあんたのところでは止まったけれど、私のことは、あんた故に倍追い立てたのよ。今となっては、私に何が出来るっていうの？あんたが過去の私しか覚えていないというのなら、結局を分かれてしまう私たちの道を、結び合わせて同じ方向に変えさせるの？私が身を粉にしてきたことも、完全にムダ骨ね。
ガーボル ちがう！ムダじゃないよ！まず、その黒いスカーフをもっと後ろに結んでごらんよ、もう僕の喪にふくさなくていいんだ。僕が現れたんだから！僕が現れて、君につり合うよう年をとるから。
レーカ （わずかに若返って）喜んであなたのいいようにするわ。あんたと一緒でいるなら、早いところ、あんたが怠ってきた分を取り返しましょうよ。一年のうちにうんとあんたを老け込ませてやるわ。（鏡の前で）それはそうと、あの厳しいしわはどこに行ったんでしょう？私の目を見て、あんたの魂に言ってやって、どこにしわがあるって？
ガーボル まるで本当に・・・でも君の目じりにあるもう一つのしわもふきとらせておくれ。
レーカ これはしわじゃないわ！とびかかろうとしている山猫がじっとうかがっているのよ！フー！びっくりしたでしょう！気をつけなさいよ、恐いんだから！恐いと思うと老けるんだから！
ガーボル 君がいつだって恐かったよ。
レーカ おおげさに言わないでよ！
ガーボル 君の要求が恐かった。覚えてる？君は、彼と並んで隠れることが出来るほど、嘘をついたんだぞ。
レーカ どうせ嘘なら、徹底的にやるわ（高笑い）
ガーボル 君の変化が恐かった、小便臭い小娘かと思うと、年頃の娘さん。火の鳥、氷の鳥、そして君の落ち着きの無さの千変万化の中にまだ何がひそんでいるのか、誰にわかる？
レーカ あんたの後ろ側に投げつけてやりなさいよ！ただ一つの形になるから、ただ鳥のお芝居のことを惜しがらないでよ！
ガーボル それだって恐いよ。
レーカ じゃあ、もっと恐がるのよ。私の動きも見て！（ダンスの身振り）あんたにとって私はボルバーラお母さん？もっと良く、その目を開けてごらんなさい！ちょっとは男らしく、私をじっくり見なさいよ、このぼんやりした空想屋さん！
ガーボル 僕が？すぐに雄鶏が、君のところの柵に飛び上がるぞ！
レーカ （首にかじりついて）雄鶏！とさかのついた、大きなとさかのやつよ！
ガーボル ああ、神様！
レーカ まだ、あんたの氷の鳥を持ちこたえられる？
（氷柱が鳴り響く）
ガーボル 君の指から翼が生えた。
レーカ 現れた！私が握りつぶしてしまったものが現れたわ！おお、神様！私の翼をもっと生やしてください。
ガーボル 氷の鳥、氷の鳥、紅い頭の青い鳥。ちょっと、僕の膝に座っておいでよ。君の心臓がどきどきしている。手が震えている。君の目の下に、深い影があるよ。君の額には雪の吹き寄せが。ずいぶんと夜明かししたんだね。
レーカ これもひとえにあんたのためよ。他の誰のためでもないわ。
ガーボル 水は晩には澄むんだけれど、人間も不眠で老け込むんだ。氷の鳥の小さな足跡はどこに行ったんだろう？白い十字架は君の目じりにあるね。かわいそうに・・・
レーカ 鏡のように、あんたを地べたにたたきつけてやりたい気分だわ。私の鏡になってもらうために、あんたを連れ戻したんじゃないわ。あんたは私を憐れんでいるのね、ガーボル！あんたの中にはもう、憐れみの念しかないんだわ。
ガーボル 雪を誘う氷の鳥。ずいぶんと苦しんだんだね。
レーカ 苦しみはしなかったわ。私を気の毒がらなくてもいいわ。もう心が空っぽになってしまった自分を憐れむのね。あんたの内では、良心だけがしゃべっているのよ。男はそれを女にじゃなくて、神の御前に出るときのため、とっておくものよ。
ガーボル また、まずいことを言ってしまった！
レーカ 君の額の雪の吹き寄せ！あんたは私を憐れんでいるだけ、それ以外何もないんだわ。
ガーボル ああ、僕は心が空っぽのあほうさ！じゃあ、それでもいいよ！君は苦しまなかったし、僕は気の毒とは思わない、良心の声は何も聞こえなかった。君がいつかそうだったみたいに、僕もなったのさ。幸福にペラペラ喋る、良心の無いものにね。
レーカ またもや「君がそうだった」ですって！かつて！いつか！またもや過去、過去！「大崩れ」の中の大いなる無ね！でも、無の中ででも私には良心があったわ。
ガーボル 何にでも耐えられるものは、強いし堂々としているのさ。でも、君を責めたんじゃない。これについては、もうやめよう！
レーカ 明日にのばした、そうでしょう？そして私達の残りの人生全体に！ああ、なんて素晴らしい日々が私達を待っているんでしょうね。
ガーボル 僕の心が空っぽだって非難しているけれど、どんな理由でだい？
レーカ 天が私にささやくのよ。
ガーボル 神ご自身だって、君を知り尽くすのはたまらない、とはささやかなかったのかい？僕が本当のことを言えば、「気の毒に思っているだけだ」。あえて嘘を言おうか？君の鷹のかぎ爪が開く！逆でも似たようなものだ。君に対しては何も持ち出すことも出来ない！君はもう、過ぎた三十分すら恐がっている。
ガーボル 僕はこんな風に君と行くことは出来ないよ。その力はない！
レーカ あんたにとって苦痛だったものは、内緒の喜びとなったことが、私には良くわかっているからよ。あらゆる瞬間に塩の像に変わるのは、気分いいでしょうね！そういうときは、私は堕ちた女だって言いなさいよ！
ガーボル でもそれはお母さんに・・・
レーカ あんたの両目の中に塩の像が見えたわ。二十年たって、あんたが入ってきたあの瞬間にもね！
ガーボル じゃあ、僕はどうしたらいいんだ？
レーカ （何事もなかったかのように、以前の親愛の情を示して）待って！待って！鳥よ、待って！レーカは今、家に飛んで行って、赤と黒のスカート、それがないって、あんたがずいぶん寂しがっていた花模様のベストを着てくるわ。それから、まだそうする力があれば、目じりからも氷の鳥の足跡を消してみせる。これじゃ、あんたと通りに出られないもの。お互いにつり合うようになりましょう。待って、鳥よ、待って！すぐに来るわ。もし出会っても、塩の像にだけはならないでね！私が来るまでに、あんたも少しは老けてね！安心して過去のことを考えていらっしゃい、そうすれば老けるから。私は未来のことだけ考えるけれど、ほら、私は家に若さを置いてきてしまったの。憐れな、気の毒な女、もう物忘れがひどくなってしまったの。もう、物忘れまでするのよ・・・（退場）
ダーニエル （入って来る）せがれ！逃げろ、ここから逃げよう！
ガーボル 僕は行けないよ、お父さん。
ダーニエル 神の奇跡をたたえ、氷の鳥の女たちのそばから逃げるんだ！やつらを遠くに去らせるんだ！
ガーボル 彼女らがいなくては、神のどんな奇跡だって成就しないよ。行くわけにはいかないんだ、お父さん。
ダーニエル お前達、何のために二人で行こうというんだ？朝と夕暮れじゃないか。あいつの人生の半分は過ぎ去ってしまったんだぞ。
ガーボル 過去にはどんなだったかだって、僕には見えるよ。僕は枝の先で彼女と子どもの結婚式をあげたんだ。
ダーニエル 今のうちはまだ見えているだろう。思い出がもうその光を失って
しまったら、お前はどうするんだ？お前にはまだ人生の半分が残っている、そして勢いを増す暗闇だ。その中ではもうお前の思い出は見えまい。全てのうち、捕われていない目で見えるものだけが残るんだ。いいかげんに目をさますんだ、せがれ！
ダーニエル お前は夢から夢へと落ち込んだ。お前は二度起こされなくちゃならないんだ。目が覚めるように方向転換させなくては！氷水でお前の目を洗ってやらなくては。目を開けて、別の連れ合いを選べ。ハルギタの中でもハルギタの外でも、神の園は広いんだ。
ガーボル 人間の心は一人だけのものだ、お父さん。
ダーニエル 誰がそんなことを吹き込んだ？どこでそれを習ったんだ？
ガーボル お父さん自身からじゃないか。
ダーニエル かわいそうなお前のお母さんのような、あんな魂は二つとなかった。今だってわしの人生を捧げるだろう。彼女だけがそれに値する。
ガーボル 僕もそう言うよ。レーカ以外に神が創りたもうたものは、余分なものだったのさ。
ダーニエル お前には、一度見たものから自由になれないという神の呪いがかかっているんだ。それでもまだ、お前はその奴隷の身を讃えるのか。わなにかかった鳥は、捕われの身を歌い、誉め讃える！罠にとびこみ、知らぬが仏の狼は自由の吠え声をあげおる！
ガーボル 人間は人間の罠だ、僕が決めたんじゃない！
ダーニエル それを避ける位の頭があってほしいな！あの女はお前の、絞首台の綱で、引き網、垣網、はね網、張り網、きつねとり、狼の鉄罠なんだ、わからんのか？気がつかないのか？
ガーボル 生の中でも、死の中でも彼女は僕を見つけ出したんだ！絞首台の縄でも百種類の網でももってこい！彼女が僕を見つけたんだ！
ダーニエル あいつは見つけたさ。魚をひっかけるつり針のようにな。お前は子どもだった、婚礼ごっこは卒業したんだ。何もかも忘れなくてはならん。
ガーボル 何一つ忘れことなんて出来ないよ！
ダーニエル わしらのものといえるのは思い出だけなのか？未来にお前は過去しか見えないのか？思い出の形で？せがれ、それはわしら年寄りのやることなんだ。わしらのためにはかまわんが、せがれ、思い出の弾の降り注ぐ中には、お前の場所はない。少し離れた方向に向かうんだ！未来に向かうんだ！
ガーボル セーケイの子どもたちには、十二才の頃から弾の降り注ぐ中、父親の隣に場所があったよ。忘れろと教えるのはやめてよ、お父さん。
ダーニエル それじゃあ、森や野原の方がわしらより幸せだ。
ガーボル 大木だって、かつては自分が若木だったことを忘れたりしないよ。年輪を見てごらん！一番内側の、一番小さいのを。始まりのフィレル貨位の光の輪を・・・
ダーニエル お前は幻想にしがみついていたんだ。五歳の子どもの頃にはもう、お前の手に小刀をもたせたんだからな。よかろう、世間はむごいし、やがてはお前の幻想を笑うだろう。若い側では老いを許せないんだ。レーカはそのためにひどく苦しむだろう。
ガーボル 僕の言葉の跡があの顔に見えるよ。僕は彼女に借りを作ったんだ。借りを返さずに逃げ出したやつにどんな名誉があるんだい？これ以上お説教はごめんだ。僕らは奇跡を汲み尽してしまった、なんて言わないで！レーカは若返りに行ったんだ。レーカはどんなことでも出来るんだ・・・
ダーニエル なんせ、あんな・・・
ガーボル 彼女はどんな風でもないったら！ここで一度大声でわめいたことのある口を、又すべらせないで！何も言わないで！
ダーニエル あいつを撃ち殺せ！死という値を払うことになっても、わしは解放の言葉をお前の方に投げるぞ！お前は失った後で得ようとする、後でわしの言った通りと気がつくさ。だがそのときはもう遅い。わしの中には憎しみもない、わしらはもう神の奇跡を汲み尽してしまい、わしら自身以外、もう誰からも何一つ期待出来ない、という暗示だけだ。神は、もうわしらのうち幾たりかを地に押し倒されたし、一時的にわしらを支えておいでだ、だが全ての兆候は、わしらへの試しは終わったということを示しておる。わしらの絶えざる見張り手が「大崩れ」なんだ。やりたいことをやれ！好きなようにしろ！
ガーボル 二人とも、借りがあるんだ。お父さんは神様に―僕は地上の人間に。
あの女に。アールヴァイ・レーカに。そうとも、アールヴァイ・レーカに。
ダーニエル （出て行きながら）呪われた氷の鳥め・・・呪われた氷の鳥め・・・（退場）
（氷柱が鳴り響く。ときの年輪の光の輪の中から小レーカがやって来る）
ガーボル レーカ！おお、レーカ！
小レーカ どうして、わたしがもうレーカだってわかるの？今までは私、小さいレーカだったのに。
ガーボル お父さん！もどってきて！アールヴァイ・レーカが又､奇跡を起こしたよ！
小レーカ 奇跡を起こした！自分を若返らせた―私を。あんたは誰？なぜ私はあなたを知っているのかしら？どうして知ったのかしら？
ガーボル 芝居をしてる、芝居をしてる、僕の氷の鳥！どうして君は知ったんだろうねえ！僕はゼテラキ・ガーボルだ！
小レーカ あの人みたいに？あの氷漬けになった？
ガーボル 本人だよ。君が見つけた。そしてその後、君は若返りに出て行った。
小レーカ 私にはそんな必要なかったわ。
ガーボル ここやそこ何箇所かに必要があったんだよ。青い黒髪に中に幾すじかの白髪・・・目じりに氷の鳥の跡・・・
小レーカ あんたって冗談の好きな人ね、聞こえてる？どうして私があんたをもう知っているか、私わかってるわ。
ガーボル 子どものとき桑の木から。
小レーカ あんたを待っていたからよ！あんたが私の罪だったのね！夢の中の私はね、二、三度、ひどく罪深かったことがあってね、目が覚めてお母さんの顔を見る勇気がなかった位なの。あんたとね、見苦しい振舞いをしたからなの。
ガーボル いつも僕とだけ？
小レーカ 他の人となんて決して！
ガーボル またおおげさに言う、でもかまうもんか。それでいいさ。他の人となんて決して！いつも僕とだけ。
小レーカ いつもあなたとだけ。今はもうこうして生身のあなたとも出会ったんだって、わかってるわ。あなたとだけ。
ガーボル 天上で女の言葉をお聞きになっている神様！氷の鳥としてやって来た、そうだね？
小レーカ ふふん。「大崩れ」の上からね。
ガーボル 赤と黒のスカート、花模様のベストを着たんだ。
小レーカ じゃあ、それも着てない私を待っていたの？神様お護りを、裸だけはおことわりよ！
ガーボル それでも僕は受け入れたよ。
小レーカ きっとその方がいいんでしょう！
ガーボル 昔と同じ気分で来たんだね！
小レーカ きっと、昔私がどんな気分だったかも知ってるのね？じゃあ、私も前にうろついたのね。あんたの夢の中で？
ガーボル ああ、ただそれだけだったら！うろついただけ。それ以上のこともあったんだよ。
小レーカ あんたも同じだったの？どうしましょう！同じだったの？
ガーボル その疑いは濃厚なんだ！
小レーカ じゃあ、私たち懺悔に行かなくちゃ。
ガーボル 君はもう、一度懺悔したよ。そして、僕らの上に天が落ちてきたんだ。
小レーカ 私たちの上に天が落ちてきた。気がつかなかったわ。あんたの中ではそんなに簡単に天が落ちるの？ちょっとした告解で？
ガーボル もう、落ちやしないよ。これからは僕が肩で支えるから。でもそれ以上はないね。
小レーカ これだよ。あんたの罪は？
ガーボル 繁殖しようね・・・氷の鳥、氷の鳥、紅い頭の青い鳥。氷の鳥よ、翼があったのなら、どうして歩くものに加わったのだ？でも、これ以上訊かないよ。決して、決して、これ以上訊かないよ。（口づけ）
小レーカ もしあんたが歩くものなら、安心して訊いていいのよ。（口づけ）
レーカ （正面から声、ただし彼女自身の姿は見えない）呪われよ、ゼテラキ・ガーボル！あんたを生に連れ戻した、私自身も呪われよ！
ガーボル レーカ！レーカ！（走り出る）
小レーカ お母さん！お母さん！（走り出る）
レーカ （声）私たち二人、呪われてあれ、ゼテラキ・ガーボル！
（銃声、続けて二発。雪の塔が崩れる）
小レーカ （悲鳴）お母さん、大事なお母さん！
ボーディ （外からの声）待つんだ、お前！後生だから！
(長い沈黙。雪が崩れてくる)
小レーカ （ボーディと来る）お母さん、大事なお母さん！私、お母さん無しで取り残されてしまったわ、私を一人ぼっちにしたのね！一体ここで何が起こったの？ヴェンツェルおじさん？何があったの？言って！
ボーディ 彼女は私の手から、武器をひったくったんだ。
小レーカ でも何が起こったの？どんな風に？
ボーディ お前も人生に足を踏み入れたんだ、そういう次第だったんだよ。生と死はここでは手を結んで闊歩しているんだ。そういう次第だったんだよ。
小レーカ 行きましょう、あの人たちを捜しましょうよ。
ボーディ これ以上、奇跡の望みは持てないよ。たとえ起きたとしても、わしらはそれにふさわしくないんだということが、ついにはっきりしてしまった。わしらの周りから奇跡は去って行く。可愛い娘や、もう人間の言葉では和らげられない翼ある雷鳥と共にそれは去って行くんだ。そして「小崩れ」と「大崩れ」が片端にしたわしらからは、叫びの思い出と地を這うささやきが。とりわけわしらのためになったかもしれないものは、何もかも遠くへ逃げて行ってしまうんだ。お泣き、娘や、わしらの嘆きを自由にさせておこう。少なくとも、声もなく嗚咽する姿で。神よ、アールヴァイ・レーカとゼテラキ・ガーボルを安らがせたまえ。
小レーカ 私たちはこれからどうなるの？ヴェンツェルおじさん。
ボーディ 命ある限り、生者たちの間で互いを捜すんだ。やがて、わしらの死者たちがわしらを捜してくれるだろう。ただ、待つためのランプが充分に足りればいいがな・・・
（氷柱が鳴り響く。氷の鳥のメロディー。人々が、捜索隊の影のように、ランプを持ってやって来る）「チークから出てきたとき、ああ、私にはあばら家一つなかった、私は悲しんだ、ああ・・・」で始まる歌を歌う。最高潮のとき、大雪崩がボーディの家まで押し流す。やがて、残骸の上でピアニッシモのうちにメロディーが続く。「私はまだ食べることも出来なかった、小さな若駒をこうして弔った、ああ」 以降、動きは凍り付く。人の姿と目覚めの照明とが舞台と、客席とを埋めて行く）
幕
シカソー、一九八四年十月四日