―歌 氷の鳥、氷の鳥・・・
（場面は一部と同じ。ときは二十年後。ボーディ・ヴェンツェルのランプも過ぎ去った年月を示す、ついに全部で二六個。幕が上がると、ボーディはランプをともしている。一部はクリスマス・ツリー上で、残りはテーブル、壁、床の上できらめいている）
ボーディ あなたがマーリアとわかっていたら・・・黄金で、銀で、お宿をこしらえたものを・・・おいで、お前、二六番目。お前たち、大勢だなあ、増えたものだ・・・お前たちのせいでこの家にはもう、わしの居場所がないよ。待っていると、人間は自分の家でもう居場所をなくしてしまうんだなあ。お前はどこだい、二五番目？ちょっとうまく出来たな。お前の炎は・・・見たところ・・・ますます大きくなるな。ちゃんと燃えるんだよ、わしに口ごたえするなよ。もう今となっては、わしには自分が間違っていたとは感じられない。十年というものは、マーリア、お前をぶってお前の船乗りを家から締め出したことを後悔したよ。その後に続いた十六年が、お前の良心にのり移りますように。海がお前をとりまいて、海水の一滴一滴全てが、朝から晩までお前の耳にハルギタと叫ぶように。神様がお前に、わしのように、待つこと以外の罰をお与えにはならんように。もしあなたがマーリアとわかっていたら・・・お前も輝くところを見せておくれ、二六番目や！お前が最後だ。なんでつけてやろうか？何を使ってお前をともしてやろうか？
（氷柱が鳴り響く。ボーディの手で持ち上げられたランプがひとりでにともる）
天から私めに御しるしをお送りになった神様！何？何だって？ああ、われらの魂も頭ももう、なんとお粗末なんだ！理解しなくてはならぬこと全てに、われらはもはやただ混乱するのみで、われらの心はあたふたかけずり回ることだけに占領されている！何だって？（想像上のノックに対して）お前かい、マーリア！（窓に駆け寄る）まるでどこにでもお前がいて、このランプのゆらゆら揺れる光の中以外にはどこにもいないかのようだ。なぜこんなに遅くなって言伝をよこすんだ？わしはもう生きてはいない。わしにはもう、待つこと以外何も残っていない。黄金で、銀で、お宿をこしらえたものを・・・私は冷たい地べたに寝たものを・・・二筋の炎！お前、わしに孫まで示すのか。だが、生きて揺らめいている、ということだけだ。それ以外は何も読み取れない。マーリア、お前だけに、ハルギタのボーディ一族がどこで最後を迎えるのかわかるのだ。その消息は、あの氷の鳥の足跡のように途切れた。お前たちはみな氷の鳥になるんだ。
ダーニエル （ノックなしに入って来る。互いに長い間見つめ合っている）
ボーディ またわしを殺そうと、やって来たのか、ダーニエル？
ダーニエル 二十年間、クリスマスの晩はいつもそうしたいと思った。
ボーディ 喜びの報せを持って詠唱しに出るものもいれば、ナイフを持って出るものもいる。
ダーニエル どうしてわかる？
ボーディ お前さんの長靴にさしてあるからさ。お前さんの分別と一緒にな。
ダーニエル （自分の長靴の上部を見つめる。そこにナイフ。自分でもいささか驚く）長い間わしは自分自身に言ったものさ、これから先あんたが待ち死にしてしまいますようにと。それだってあんたは持ちこたえたな。
ボーディ ガーボルの死をいつまでもわしのせいにするようでは、お前さんの魂はとうとうひからびてしまったな。
ダーニエル わしはちゃんと頼んだはずだ、あの嘘つきの氷の鳥には戸を開けないでくれ、と。見たろう、あいつは叫んで、息子を死に追いやったじゃないか。あんたがあいつに宿を与えたからだ。罪に二度まで組みしたんだ。
ボーディ あの子は、わしの娘のクリスマスの声をして来たんだ。何度言わせる？
ダーニエル あいつは聖処女マリアのお姿ですら現れかねんやつだ、とわしは注意したはずだ！あの面の皮の厚い、私生児を作りおった、ろくでなしのねこ被りめが！
ボーディ お前さん、よりによってわしが雄ジカの枝角を削って作った柄のナイフを持ってここに来たんだな。
ダーニエル あの面の皮の厚い、私生児を作りおった・・・
ボーディ 人と人は、罪なくして会えるわけじゃない。もしあの晩彼らがここへ来なくても、そのときは森の奥で、雷鳥のように木々の上で会うだろう。地面の下でだって会ったかもしれない！水を、上から下へ流れないようにと止めてみろ！渡り鳥を、旅路から向きをそらさせてみろ！
ダーニエル 壊す手なしには崩壊は起きない。
ボーディ それなら償いは？あの女の償いはお前さんにとって取るにも足らんことか？お前さんはチーク10の国の次には、死の国にも足を踏み入れたじゃないか。かの地下で償っている者たちの間で、アールヴァイ・レーカのそれより苦いものを目にしたか？お前さんの爪だって、さんざん捜したあげくに血だらけだ、だがレーカは「大崩れ」の下で二十年間、お前さんよりもっとたくさんの雪を動かしたぞ！春も、あの運の悪い女が二本の腕でやり遂げたほどの氷を割りはしなかった。あれはまるで枯れた泉のようだ、もうそんな風になってしまって、その中身がまだどこから湧き出ているのか、誰にもわかりはしない。
ダーニエル 罪ある者は、償いをするのさ。
ボーディ いつまで？
ダーニエル 土に還るまでだ！雪の中、氷の中に行くまでさ。あいつの長靴の端が擦り切れたか？十の爪が擦り切れたか？わしの一人息子を捜すのに、あいつの心が擦り切れればいいのだ！
ボーディ 彼女はお前さんの一人息子を捜してるんじゃない、ただ一人の恋人を探しているんだ。ナイフをテーブルに置け。
ダーニエル 何を？
ボーディ ちゃんと聞こえたろう！出せ！
ダーニエル そこにいい場所があるさ。
ボーディ （ダーニエルの長靴からナイフを抜き取り、テーブルの上にたたきつける）二人とも手の届くところにあった方がいいだろう。
ダーニエル （振動しているナイフを見つめて）こんな風にあいつの心があらゆる瞬間に痛みに打たれるよう！雪に地下道をうがって、春が来る度、雪解けと共に千の方角に走りまわればいい！将来も、夜も昼も安らぐことはならん、裂け目からあいつのために掘り起こされた全てのかけらに泣きながらよりかかれ、これから先も血だらけの爪で、全ての氷のかけらの中にせがれの凍った顔を堀り探れ！
ボーディ お前さんはむごいよ、ダーニエル、愛の祭日に。
ダーニエル 愛の祭日がガーボルまで連れ去ったんだ。神があのときわれらを見降ろしていてくださらなかったからさ。気まぐれな氷の鳥自身が同時に神なのさ！
ボーディ もし神がお前さんの冒涜をお聞きにならずとも、すぐ雪の塔が聞きつけるぞ。
ダーニエル 雪の塔だってききつければよい！崩れろ！神のおあとを、我らは愛と教会の旗もてひたすら追う―何もかもムダだ！神は我らにかかわって下さる時間がないのだ。
ボーディ お前さんを死から連れもどされた。
ダーニエル あんたによって・・・あんたと共に・・・あんたのキリスト教徒として宿を貸す寛大さでもって、あれよりもっと大きな打撃をわし加えられるようにとさ。（ナイフの柄を握る。ボーディ落ち着いてその手を捕える）死者たちなら苦しめるのはもう不可能だ！だからわしらが自分の死の証人となれるよう、われらを生にとどめておかれるのだ！わしらの子供たちはみな出て行くんだ、ヴェンツェル。手を放せ。
ボーディ 放すさ、だがそのときはお前さんの首をつかんでやる、そうすると何一ついいことはないぞ。
ダーニエル 放せ、わしはこの打ちひしがれた状態で誰にナイフを向けるべきなのかすら、もうわからんのだから。あんたにか、それとも自分自身にか。放せ！
ボーディ いいから、聞け！奇跡の話だ。ひとりでにともったのを知ってるか？
ダーニエル 何がひとりでにともったんだ？
ボーディ わしのランプだ。二六番目のランプだ。父なる神にかけて！
ダーニエル （ナイフを放す）あんたの想像だよ。
ボーディ （ナイフを手に取って）われわれの間にあるこれは、まっとうな個人ではないな。この前はまだただの小刀だった。（窓から放る）斧に成長するのに任せない方がいいだろう。なあ、こうやってわしがランプを手でつかむと、突然ともったんだ。二つの炎で。
ダーニエル 慰めのしるしを、神だってもうお送りにはならんよ。
ボーディ お前さんの犬の声もお返しになった。
ダーニエル あれだって神がなさったんじゃない。犬の声のために、わしはゼテヴァールアヤまで出かけて行ったんだ。
ダーニエル 何の意味もないさ。崩壊と海がわしらの子供たちを順に連れ去るのだ。
ボーディ いつか帰ってくるよ。
ボーディ 誰かが待たれているところに空虚はないんだ。わしらが待つことを
学べば、全てに答えがやってくる。わしらは千の術の達人だ、千一番めを最終
ダーニエル ともっても、照らし出してもらう物は誰にもないさ。まだどんな奇蹟わしらに届くものやら、今となってはもう同じことだ。
ボーディ わしが死んだら、それともいつかやはりお前さんがわしを殺したら、ダーニエル、家の鍵はお前さんのところに置いてくれ。クリスマスの晩にはいつもここに来て、わしのランプをともしてくれ。
ダーニエル 生ける死人たちのためか？
ボーディ いつかは家に帰ってくるものたちのためにさ。
ダーニエル 銃から発射された弾は決してもどってこん。（長いこと、ひどく悲しげなボーディを見つめる）ヴェンツェルよ。あんたはわし以上に苦しんでいる。希望がないのに、やはり希望を抱いている。あんたに対して燃え上がったわしの怒りを堪忍してくれ。あんたはわし以上に眠れず、夜明かしをしているというのに・・・
（戸口で一人っきりの女がレーカの声で歌う・・・「もしあなたがマーリアとわかっていたら」二人の男は穏やかに打ちひしがれてしばらくこのメロディーを聴いている。ダーニエルはこぶしでテーブルをたたく）
ダーニエル 呪われた氷の鳥！あいつには宿を与えるな！（外に向かって）今日生まれた救世主と一緒によそへ行け！せがれは死んだ、そして誰も生まれなかったんだ！
ボーディ ベツレヘムの飼葉桶を蹴るんじゃない。
ダーニエル 喜びの報せは嘘だし、その心は悪賢さでいっぱいだ！（歌声「私の方は冷たい地べたに寝たものを・・・」）冷たい地べたに寝ろ！どこで誰と寝ようと、お前らには同じことだ！
ボーディ ベツレヘムの飼葉桶を蹴とばすんじゃないと、言ったぞ
ダーニエル 三人の博士の星だって蹴散らしてやる！
ボーディ （ダーニエルの胸ぐらを取って）わしには喜びの報せをもたらすんだ！それにお前さんは泥を塗る。
ダーニエル この世にまだ喜びの報せがあるのか？不実な女どもが粉々にしてしまわないような、神聖さがまだあるか？ほんのわずかな神聖さでも、ヴェンツェル、まだ残っているか？あらゆる瞬間にこともなげに破り捨てられることのない命令が、まだあるか？ああ、恥知らずめ！
ボーディ レーカは子供を立派に育て上げたぞ。
ダーニエル ろくでなしの子供をな！
ボーディ あれだって子供だ！人間の若芽だ！人間であり神聖なものだ！
ダーニエル 違う、違う、違う！いや、神は神聖さを女どもには考えだされなかった。全能の神がそれほど考えなしなどとはあり得ない。
ボーディ お前さんのお袋さんをそしるんじゃない！お前さんをこの世に生み出したのは女じゃないか？お前さんについていてくれたのは、女じゃなかったのか？
ダーニエル 神は再び、ちっぽけな奇蹟であんたに支払われたのだ。わしに対しては、神はそれがお出来にならん。新たに一人の死者を蘇らせることもなさらん。今や、あの方の手の内の切り札はお見通しさ。
ボーディ（厳しい声で）主はかるた師ではないぞ！酒場の芸人じゃないんだ！（詠唱者の声が遠くで雪のうなる音で弱まる）じゃあ挑発すればいいさ、お前さんが黙って「大崩れ」の下に出て行っても、神の白い怒りがお前さんを葬ってくれるだろうよ。お前さんの考えることは何もかも、吠え立てる狼の群れだからな。なあ、お前さん！今度はどこを通れば家に帰り着けるんだ？
ダーニエル （怒りからさめて長い間ボーディを見つめている）やがて見分けるさ。ない希望を頼りにしてな・・・
ボーディ むしろここに残れ。
ダーニエル あの雌と顔を会わせるのはわしの目が耐えられんよ。
ボーディ （ドアの方に耳をすませて）もうののしって追い払ってしまったじゃないか。
ダーニエル あいつの目が黒いうちは、追い払ってやる。そしてわしも行くよ。あんたに安らぎを！あきらめを。（退場）安らぎを。あきらめを！
ボーディ 安らぎを。あきらめを。安らぎを！あきらめを！何の？何のですか、神よ！（奇跡のしるしを示したランプに向かって）お前もそう言っているのか？マーリア。われらの安らぎとはそんなものになるのか？あきらめだと？おそらくは「大崩れ」に感謝の念をささやくのか。われらの上にあるときの残酷な手は、われらの種木にすら伐採を思いとどまってはくれないから、わしらは耐えて言うだけだ、安らぎと！だが、これはもう死ではないか、マーリア。お前たちに会えないうちは、わしは死にたくはない。幸福な時代よ！互いに属する者たちが、互いの目を見つめながら死ぬことが出来たころよ。もうわしらを結び合わせるのは訃報だけだ。訃報。喜びの報せの日にこれを口にするのか？そのときはわしも伝言しなくてはならぬのか？ともれ、マーリア、お前がどこにいようとも・・・生家の盲いたランプよ、燃え上がれ！それを見てお前の心と魂がうずくように！ほんの一瞬だけ、わしがお前のためにしているのだ、と感じるように。お前たちのために・・・
（氷柱が鳴る。氷のかけらを手にしたレーカが来る。初老で、疲弊した、まるで芝居の中の母親ボルバーラがそうだったよう）
レーカ 今晩は。
ボーディ お前さんもな、レーカ。お座り、娘や。お前さんの魂も霜に被われているな。
レーカ 霜。彼がまだ氷の下にいるなら、少なくとも私も霜を被っているわ。
ボーディ また一人で「大崩れ」を切り出していたのか。
レーカ 待降節だったわ。そして終わった。誰もが誰かを待っていて、ベツレヘムの子供が到着した。誰の待降節も終わった。ただ私のそれだけが続いた。
ボーディ わしら二人のだ。
レーカ 私たち二人の待降節、決して終わらない。
ボーディ その氷の塊をお置き。お前の手に凍り付いてしまう。
レーカ 息を吹きかけるわ。温めてやるの。「大崩れ」から一つ一つのかけらを掘り出すのよ。そうするといつも小さくなるの。全部溶けるくらい、生きてやるわ。そんなには生きられない？
ボーディ 待てる間はわしらは生きているんだ、レーカ。もう、その氷を置きなさい！ともかく今は、ストーブで溶かしておくんだ。このブリキの皿に入れなさい。お前はわしの隣にお座り。
レーカ そこに座るわ、ヴェンツェルおじさん。
ボーディ こう。
レーカ じゃあ、こうね。そして次はどうするの？
ボーディ 待とう。
レーカ みんなむだよ。
ボーディ わしらがその到着を待っているものを、助けなくてはな。
レーカ 待つことで？
ボーディ じゃあ、それ以外何かあるか？
レーカ 今まではあったわ。
ボーディ 山を超えた向こうは別の山さ。
レーカ 私の髪には青いリボンが結んであった。二十年前、私はそのテーブルの上で、青いランプの姿でともっていたわ。若さが失われてしまったという恐れが、すんでのところで私を消してしまうところだった。ガーボルに歌ってやったわ、三日めのバラはきれい、娘もまだ二十歳の頃がきれい。でも二十一を超えれば、青いリボンは髪には似合いはせぬって。だって私は、二十二才になっていたんですもの。それじゃ今だったら、何を彼に歌ってやればいいのかしら？ヴェンツェルおじさん。その気があれば、私は氷の鳥になったわ。
ボーディ お前さんだって、やってはならんと言われていたじゃないか。
レーカ お母さんのたくさんの尊い言葉。私は誰の言葉を聞いて、誰のを聞こうとしなかったのかしら。私ひどく年をとった？ヴェンツェルおじさん。
ボーディ ときは人間の間をのんびり歩いて行くんだ。
レーカ 私の青い髪には、青いリボンが結ばれていた、それなのにやぱり恐れが私をもて遊んだわ。私も罪のない子熊みたいにそれと戯れたわ。でも今は完全にその手の内よ。ガーボルを捜して、捜す、私は恐くてしょうがないの。もう何が恐いのか、それすらわからないのよ。私の心は恐れでいっぱい。もし何かが起きるとしたら、私はどうなるのかわからないのよ。
ボーディ 子熊だって大きくなるさ。血に飢えた熊になるんだ。わしらのところで荒しまわる、だがわしらが生きているのは、生活じゃないことに慣れなくてはな。そうではなくて、荒廃なんだ。
レーカ ブリキのお皿の水が煮立ったわよ！（ストーブにかけつけ、皿を引き上げ湯の中をのぞき込む、やがて驚きと喜びと共に）なんてこと！ヴェンツェルおじさん！ヴェンツェルおじさん！
ボーディ 一体どうした？
レーカ お湯の中に指輪が！お皿の中に指輪が！私の指輪！ガーボルの指輪よ！（指輪を持ってランプからランプへと走り回って見つめる）レーカ！レーカって彫り付けてあるわ！ガーボルの指にはまっていたのよ。氷の塊の中にあったわ！ヴェンツェルおじさん！この氷の塊はここで拾ったのよ！「大崩れ」の下の家の端で。彼は外して投げたの！じゃあ彼もあそこにいるんだわ！ヴェンツェルおじさん！おおい、みんな！ヴェンツェルおじさん、来て！行きましょう、おじさん！ガーボルはこの氷の下にいるんだわ！二十年間捜したのよ。そしてすぐこの近くにいるんだわ！神よ、彼と会ったときに私の心が裂けてしまわないように、力を与えたまえ！（乱暴に戸を開ける）行きましょう、ヴェンツェルおじさん！村中を起こすのよ、おじさん！
ボーディ もっとそっと、頼むから！
（氷柱が鳴り響く、ボーディとレーカ、家の前へ出る。たいまつを持った詠唱者たちがくる）
レーカ 誰か！みんな来て！今は喜びの報せは置いてちょうだい！「大崩れ」の縁に行くのよ！あのどこかにいるはずだわ！氷を動かさなくては！山を動かすのよ！私の指はもう血だらけなのよ！
（たいまつを持った詠唱者たちの群れは歌いながら「大崩れ」の方に行進する）
ボーディ みんな、「大崩れ」の縁を捜すんだ！家から２０メートル位のところだ。レーカ、お前はどこにも行くんじゃない。
レーカ 私は強いわ。たとえ彼の骨しか見つからなくても、心が張り裂けたりしないわ。
ボーディ お前は強いし、露のように脆くもあるんだ。ここに残るんだ。
レーカ 私の心は張り裂けたりしない。でも力を全て失ってしまっているわ。（ボーディの足元に崩れ落ちる）
ボーディ みんな、あそこへ行くんだ。他の連中がガーボルを捜しているところだ。レーカ、お前を家に連れて行こう。
レーカ 私はお祈りしたいわ。
（詠唱者たちの群れは、レーカの言葉のもとでマーリアの歌を小声で口ずさむ、やがて祈りの最後頃に捜索隊のもとへ出発する）
レーカ 天の高みにいらっしゃる主よ、あなたにお仕えする娘を慈悲深く見おろしたまえ！厳しく私をお試しになりました。擦り切れたわが心に新たな重荷をお置きにならないで下さい。われらに奇蹟を起こしてください、ですが私にそれを持ちこたえる力もお与えください。これまでずっと嘆きでわれらを養われました、主よ、私は弱く幸せへの準備は出来ていません。再び私を、喜びを持ちこたえることが出来るよう、強くなさしめたまえ。そしてたとえ彼のお通夜にいらっしゃることになっても、われらのもとへおこしください。（ボーディに）他に言いたいことはないわ。ボーディおじさん。私の代わりに天に何か言ってちょうだい。
（沈黙）
ボーディ すべての生ける者たちを、主よ、あなたは順に連れ去られ、強いお怒りのうちに罰を重ねられておいでです。われらは今や死者たちと一緒になることは出来ません。とはいえ、われらに死者をお返しください。われらはあなたに代わって執着することで彼らを蘇らせます。われらをどう、どうなさろうとおっしゃるのです？あなたは生者を遠方の地にお連れになり、死者を見知らぬ人々の間にお置きになり、そうすることでもわれらの孤独をつのらせておいでです。あなたは森の木々を互いの隣に配し、互いが見えなくなるよう星々をばらばらに撒き散らすことなどなさらない。なぜ、よりによってわれらを子供たちを風に散るあざみの運命に導かれたのです？なぜ？これこそがわれらへのなさりようだというなら、なぜわれらに少なくとも叫ぶ権利を残してはくださらなかったのです？われらは、叫び声で失われた者たちに呼びかけなくてはならないのです、あなたは沈黙の命令でわれらを打ち倒されます。ささやき声すらわれらの心に恐れをかきたてるようにと、あなたは「大崩れ」の雪の塔を高められました。われらに「ごらん、私も一人だ、それでも私はそっと沈黙している」とは、おっしゃいますな。沈黙とは、主よ、あなたの権力です。なぜ、われらが強いられていることとそれとを混同されるのです？あなたの雪の塔をなだめてください！われらに主よ、声を張り上げてわれらの子どもたちの呼びかけられるよう、叫ぶ権利をお返しください！われらから、沈黙の務めを取り去ってください。われらの山々の間では、沈黙そのものすら声高で陽気なのです、そしてそれを張り上げる相手もなく、ますます心の中の苦しみとなるばかりなのです―アーメン。
（半ば気を失ったレーカを抱きかかえ、家の中に運ぶ。氷の柱の大きな音。遠くから「いたぞ！」「ゼテラキ・ガーボルが見つかったぞ」という叫び声。人々は、ガーボルを肩にかついで運んでくる）
ボーディ 聞こえたか、レーカ？見つかったぞ。彼は見つかって冬から連れ出されたぞ。
レーカ 見つかった。葬ってあげられるように。ボーディおじさん、いずれ私もそこに葬ってね。ガーボルの隣に。今はもう安心して死ねるわ。
ボーディ ここにとどまらなくてはならん、レーカ。墓標を立てるのに。
（人々ガーボルを家に連れてくる。櫃に入れ、周りを取り囲み、膝をついている。氷の柱のオルガンの音）
レーカ （身を投げかけ観察して）眠っているわ。みんな！見てちょうだい！眠っているだけなのよ。目覚めさせなくては。私の息で。たとえ私の魂を売ってでも。みんな、助けて！私たちの魂を一緒にするの。ほんのちょっとの心のぬくもりをあなた達、貸してちょうだい。最初の幸福の瞬間でお返しをするから。温める息づかい一つにも、誰にも借りは残さないわ。助けてちょうだい！（呼吸でガーボルを温める）
群集 目覚めよ、目覚めよ、ゼテラキ・ガーボル！
レーカ どうやったら、あんたの心を和らげられるの、ガーボル？
群集 目覚めよ、目覚めよ、ゼテラキ・ガーボル！
レーカ ガーボル、聞こえる、ガーボル？私はここよ、あなたの枕もとに立っている、そしてここにいるのはみんなあなたの知り合いよ。まだずっと私を憎んでいるなら、彼らには思いやりをもって。
群集 氷の床から目覚めよ、ゼテラキ・ガーボル！
レーカ りんぼくの棘一本のために、森に腹を立てる必要はないわ。もし私の罪のせいで、私に会うのが耐えられないのなら、せめて彼らを見て。彼らはあなたを傷つけはしなかった。私だってそうよ、ただ私の罪は生きていたことだけよ。あなたなしで生きていたことよ。
群集 目覚めよ、目覚めよ、ゼテラキ・ガーボル！
レーカ 目をさましてちょうだい、ガーボル、そして私を恐れないで、私にはもう懺悔することはないわ。
群集 氷の床から目覚めよ、ゼテラキ・ガーボル！
ダーニエル （やって来る）せがれ！せがれ！ガーボル！（とびかかる）なぜわしを生き残らせたのです、神よ！なぜ彼ではなく、一人息子ではなく！
レーカ 私にはもう懺悔することはないわ。私はそれをあんたの手にゆだね、あんたはそれに耐えられなかった。目を覚ましてちょうだい、ガーボル。
ダーニエル おお、せがれ、せがれ！またしても、氷の鳥が誘惑するか？
レーカ あんたは私に二十年の償いを言い渡し、私はあんたの裁きを受け入れたわ。
ダーニエル 償いで命を買い戻すことは出来ないぞ。
群集 目覚めよ、目覚めよ、ゼテラキ・ガーボル！
レーカ ガーボル、あんたの心を和らげてちょうだい！私は千度も自分にたずねたのよ、氷の鳥よ、翼があるのなら、なぜ歩くものに加わったのだ、と。
ダーニエル お前があれの死の原因だったんだ。せめてあれの安らぎを苦くするんじゃない！
ダーニエル 多分、目覚めるかもしれないな。（レーカに）お前がここにいなければな。嘘つきの氷の鳥が何羽いようと、みな家に帰れ！
ボーディ 黙れ、ダーニエル！この女は、お前よりもずっと捜したのだ、ずっと苦しみながら。
ダーニエル もし生きているときわしから奪ったのなら、せめて今はそっとしておいてやれ。ガーボルはわしだけのものだ、わしが悼んでやるのだ。
ボーディ わしらはお互いのものとなろう、ダーニエル！そうでなくとも裂け目はわれら全てを順に葬っているのだ。
ダーニエル ガーボルはみなのものさ！ただ決してこいつのものにはならん！氷の鳥には、せがれの棺のかたわらでやることはない。出て行け、出て行け！もし名誉と一緒に翼もなくしてしまったというのなら、歩いてでも出て行けるはずだ。
ボーディ お前さんの中には、ほんのわずかな憐れみももうないのか！
レーカ 出て行くわ、ダーニエルおじさん。出て行ってもかまわない。でも覚えておいて、一度恋をした子どもたちは、もう父親のものでも母親のものでもないし、その子の兄弟の兄弟ですらなくなるの。恋してるもののことは神様だってお手上げよ・・・
ボーディ (仰天して)レーカ、よりによってそんなことを！わしの娘のような言い草だ。恋は神ではないぞ！兄弟を、親をもう知らないとは―それはわしらへの呪いであって、恋ではない。
ダーニエル 呪いだったし、わしらは呪われたままだ。
群集 お前の夢から目覚めよ、ゼテラキ・ガーボル！
レーカ 私をドアから放り出したらいい、窓から、煙突の穴から、鍵穴から飛んで帰ってくるわ。息子さんをハルギタの胃袋に、海の底に隠したらいい、私はそこでだって見つけてみせる。私が叫び彼を死へと追いやったんですもの。でも私だって十の爪と捜した二十年の年月とで彼を見つけだしたのよ。わかった？老いぼれの蘇った者！この世に残っていた仕事というのが、私たち二人を引き離すことだけだったのなら、神様はムダ骨を折られたのよ。それ位ならいっそ、あなたをお棺の中に放っておけばよかったのよ！
ダーニエル （窓を開ける）飛べ、飛べ、ここから飛び去れ、この魔女め！
レーカ 私を憐れんで、ダーニエルおじさん！
ボーディ この気違いめ、わしらの命をもて遊ぶんじゃない！お前さんはわしらの上に新たに「大崩れ」を引き裂いて落としかねないぞ。（つかみ合い）自分の命でやれ、お前さんには二つあるんだから。わしらには一つしかないし、それすらわが物ではない。わしらが、見知らぬ土地から家へと帰って来るのを待っていてやる者たちのために、とってあるんだ。さ、行って、横になれ。もう酔っ払っているな。
ダーニエル 横になったりせんよ。棺を注文しなくては！カシの木で彼の棺を作らせよう。（退場）
ボーディ みんな、家に帰れ！行くんだ！復活と再会を信じるんだ、ただもっと待たなくてはならん。待たなくては。
(群集は目覚めを促す言葉をつぶやきながら、去って行く。ランプをひっつかむとボーディも彼らと一緒に行く。やがて銃を取りに急いでもどってくる)
ボーディ こっちだ、みんなこっちだ。そしてそっとな。我らの務めである沈黙の中を行くんだぞ。それでもわめく奴は、わしが咽をかっ切ってやる。わしの後について来い。
（レーカはこの場でガーボルのかたわらに残る）
レーカ （長く見つめた後）ああ！ガーボル！ガーボル！私が見える？私はここよ！私よ！レーカよ！
ガーボル （頭を上げて）ボルバーラおばさん。
レーカ （あらゆる力をふりしぼって、彼を立たせる）レーカよ、レーカ、ボルバーラじゃないわ。よく来てくれたわ、ガーボル！
ガーボル レーカはどこなの、ボルバーラおばさん？
レーカ （いくばくかの狼狽の後）レーカ？あの子もここにいるわよ、このどこかに。あの子も来るわ。すぐ来るわよ。とにかく起きて座って、そしてまわりを見て。何もかもが昔のままよ。あったものは全部、全部ここにあるわ。マリア様！もう私の腕によりかからなくても立てるわね。（彼を放し、大きな喜びを表し、水を与える）ちょっと水をお飲みなさい。ベストを、あなたの背中になにか温かい着物を。ボーディおじさん！どこ、ヴェンツェルおじさん？どれ髪をとかさせてちょうだい！(彼の髪をとかす)髪が濡れてくっついてるわ。（バイオリンの音）髪をとかしてあげたとき、引き抜いたりしなかったでしょう？洗ってあげたとき、しかったりしなかったでしょう？いつだって、キスしてあげたわ、ガーボル！ガーボル！何か言って！
ガーボル 今晩は、良い祭日を、ボルバーラおばさん。
レーカ （一瞬ギョットした後、芝居に入る）あなたにも、良い祭日を、ガーボル。あなたなんて呼んでも、怒らないでちょうだいね。でもあなたがあんなに有名な門の彫刻家になってからというもの、他に呼びようがないの・・・うちで座ってってちょうだいな。で、祭日だということ以外に、何の用でうちに見えられたの、ガーボル？
ガーボル もうここらへんに来てしまったんだから、お元気かどうかきこうと思って。
レーカ 誰が元気かって？ああ、そうね！ボルバーラおばさんと娘のレーカね。それじゃ・・・人生は矢のごとしよ、ガーボル。じきに、後を見送る位しか出来ないほどせわしないんだから。そのときは後のまつりというわけ。（指輪を差し出して）ほら、まずこれを見つけたのよ。あんた、ひどく怒って投げ捨てたわね。手を出して。（指輪をその手にはめる）私のはここにあるんだから！
ガーボル （テーブルの上で青くともるランプに）彼女がはめてるんじゃないの？レーカじゃないの？
レーカ 彼女よ、他の誰でもないわ！あなたを見つけ出した者だけよ。二十年の間捜したわ。そして魂をほとんどすり減らしてしまった彼女よ。
ガーボル （青いランプを手にとって）魂をこの中に吹き込んであげるよ、ボルバーラおばさん。明るくともれ、明るくともれ、白いろうそくの芯、歌ってあげるから、輝け。おお神様、以前はなんて楽しかったでしょう。僕の人形が僕の門の前を通ったあの頃は。でも、あの子があそこに来なくなってからは、あの子に会えなくなってからというもの・・・
レーカ だって会っているじゃない！あんたの目の前にいるのよ！つまり・・・苦しまないで、ガーボル。もし、私のことで・・・レーカのことで・・・ほんのちょっとでも疑いを抱いていたというのなら、娘は百倍も苦しんだのよ。あんたは、苦しみはしなかったわ、ガーボル坊や！少なくともあんたの顔は、そうは見えない。まるで、たった今創造主の御手から出てきたばかりのようよ・・・
ガーボル そのランプを使いに出さなくちゃあ・・・
レーカ 一体どうして？
ガーボル 代わりにレーカが入って来るようにさ。
レーカ レーカ？レーカが入って来るように？ガーボル、あなたって辛抱が足りないわね！まだ結婚の申し込みだってしてないじゃない。
ガーボル 僕を待っていてくれたかどうか、わからないんだ。
レーカ あなただけを待っていたわ。あんただけをね、ガーボル。それも何もせずにというわけじゃないわ。二十年間あんたの跡を求めて、昼も夜もあんたを捜してたわ。ほんのわずか残っていた若さだったものは、あんたがあそこから戻ってくるようにと、後から裂け目の中のはしごに投げ捨てたわ。もしあんたがあの娘に会いたいのなら、中を覗いてごらん、そしてあんたと一緒にしないことね。あの娘は子どものときにも、その後あんたが氷の下に行ってしまったときですら、あんたを見つけ出した。いつだって、見つけ出される側には楽だけど、捜す方は大変なんだよ、坊や。あの娘にとっての人生は捜すこと一つだけになってしまった。
ガーボル レーカにあやまることにするよ、ボルバーラおばさん。彼女を苦しめたかったわけじゃない。
レーカ 指輪は今はもうあんたの指にあるのよ、ガーボル！
ガーボル 指輪は僕の指にある。これはレーカがはめるはずだったのに。（ランプに向かって）お前はここで青くキラキラしているだけなんだね。喜びもしないし、悲しみもしない。僕がお前の気に入るように、早起きしたのを知らないみたいだ。
レーカ あんたは早起きしたわ、ガーボル。朝露のころよ。
レーカ （ぎょっとして母親の役に逃げもどる）うちの娘を非難するのに、又それを持ち出すことはないでしょう。ガーボル坊や、レーカも自分の十字架を担ったことで満足しておくれ。
レーカ でもあなたを失ってからは、ガーボル、それ以上は決して氷の鳥にはならなかったわ。一瞬だって。翼の一ゆすりだって、喜びをもたらしはしなかった。
ガーボル 始めは、ふらふらしていたのに。
レーカ 始めはね！始めは！神様ご自身だって、全ての始まりのことはお忘れになったのに。人をエデンの園に向けて作られた、それでも私たちはそこから堕ちてしまった。
ガーボル その原因だって女だった。
レーカ （忍耐をなくして）そしてアダムはその間何をしてたの？のらくらしてたんじゃないかい？（ランプに向かって）彼にお前の意見を言っておやり、レーカ！ガーボル、最初の気持ちのことは忘れておくれ、そしてこの続きはすっきりと率直になりますように。彼が今何を考えているか、知ってるわ。子ども時代のおとぎ話の木の上の結婚式ごっこのことよ。ゆりかごの中の子どもを婚約させるのは、王様たちだけなんだ、と彼にわかったらねえ。
ガーボル 僕らはそれだったんだ。王子と王女さ。
レーカ だけど私たちは貧乏人だったのよ。私たちの脆さが貧しさより強かっただけじゃない。
ガーボル 公務員給与が必要だった。
レーカ 必要だったわ。鳥たちでは生きてはいけなかったわ。
ガーボル いろいろな兆候によれば、誠実さでも、だね。
レーカ 私にそう言うのはかまわないわ。娘には持ち出さないでね！口を開けた傷に塩を振り込むのはやめてね、あんたの目玉をくり抜くからね、ガーボル。
ガーボル 彼女をかばってあげているんだね、ボルバーラおばさん。僕も自分の中で彼女をかばっているんだよ――自分からね。
レーカ あんたもかばってやろうとしてくれてるなら、世間は人であふれていることを、誰もが自分の連れ合いを捜しに出発するかもしれないことを、覚えておいておくれ。それもみな朝露の頃に。坊や、王様のゆりかごから降りてきておくれ。世間に人は多いことを、理解するようにやってみて。
ガーボル でも人の心は一人だけのものだ。レーカにだけは、場所が幾つもあったんだ・・・
レーカ あんたにだって、えび足一人分の場所があったわ。でもそのことも忘れましょう。娘が、ゆりかごから一直線に、あんたの腕の中に飛び込んだんじゃなかったことは、大目に見てやっておくれ。
ガーボル 許すよ。決して忘れないだけだ。
レーカ （怒りを今はまだ押さえていて）なんてこと、ガーボル。人生に試されるのを避けられなかったある娘のために、あなたは二度まで死と出会った。今、忘れる務めを抱えて生を担うことは、二度の死より多くを成し遂げることになるのに。困難だからこそ、あなたはずっと多くを成し遂げるのよ。
ガーボル だからこそ許したんだよ、ボルバーラおばさん。
レーカ （鋭い声で）忘れないというなら、娘はやらないからね！何一つ、着替えのシャツ一枚だって、あなたのものにはならないよ！忘れることでだけ、あなたは豊かになれるんだよ。娘の名にかけても、この持参金はゆずれないからね！
ガーボル というのも世間は複数の人間から出来ているから。世間は人でいっぱいだ。シュティーグ・アンタルたちでさ。責任はあなたにある。あなたがレーカを困ったはめに追い込んだんだ。
レーカ 私を侮辱したっていいわ！あの子は二度と責めないでちょうだい！あんたが忘れないというのなら、せっかくあんたを捜したのに残念だったわ。あんたはいつも世界をエデンの園だと思っているのね？自分自身は、その中でったった一人の男としてふんぞりかえっているアダムだと。世界をエデンの園と思ってる顔だね？（ランプに向かって）レーカや、今、口をだすんじゃないよ！泣くんじゃないよ！娘は涙を流しているけれど、言わせてもらうよ、あんたの目をまっすぐ見て言うからね、ガーボル！
ガーボル おきき、レーカ。彼女も傷ついているんだ。
レーカ 私が傷ついている！ひげを生やした預言者みたいに、うちにやって来ておいて！人間、そのきれいな若い顔を眺めておいて、こんなこと言わなくちゃならないとはね！それはエレミアとミケアの一人二役だよ。愚痴を言って、鞭打つだけよ。旧約聖書の中からまっすぐここへやって来たのさ！人間十個の血まみれの爪で氷の下から掘り出し、それを続け、それで二十年が過ぎたのよ。百年！千年よ！
ガーボル あなたとこんな風に話し合うべきことはないな！それから先は、僕がレーカとやることだ。僕ら二人の苦しみに口をはさまないでほしいな！
レーカ 安心して家へお帰りよ、坊や！エレミアのところに、ミケアのところに、ミケアのところに、マラキアのところに、娘はやらないからね。（ぎょっとして）そうしたいのなら、お帰り！祝福は出来ないよ！
ガーボル 一度は与えたし、それも間違ったところへ与えた！娘さんが堕ちたところから、もっと静かに話したらどうだい？
レーカ 何ですって？厚かましく何てこと言うの？（頬を打つ）おお、神さま！ごめんよ、ガーボル！お願いだからガーボル、許してね！私ではなかった！レーカでもなかった！あんたのレーカでもなかった！いいや、私がぶったんじゃないよ。私を見て、目を開けて！私を見て、許して！私のお母さんを許して！あんたが傷つけたのはあの人で、私じゃない。私を傷つけることはもう出来ないのよ。あんたの手から受けるものは、ムチだって私には苦痛じゃないの。許して、ガーボル。私を打ったらいいわ。私は、ほんの一瞬、頭がどうかしていたのよ。自己欺瞞だったわ。言い争いにも意味があると思ったの。事実から幾分かは取りもどしたんだと思ったの。どんな罪でもいつかは時効になるでしょう。父殺しだって牢屋から釈放されるわ。ほら、ガーボル。もし私を人殺し呼ばわりしても平気よ。私は子供時代の夢を消してしまったけれど、私はそこへ戻って行ったのよ・・・あんたのところへ。私にはこれ以上、小道はないわ。私の道はどこにも通じていないの。あなたなしではもう私はこの世を渡ってはいけないわ、私には耐え難いわ。
ガーボル これ以上、芝居はよそう。レーカ。もう僕らは芝居するべきじゃないんだ。
レーカ するべきじゃないわね。
ガーボル その面をとるんだ、レーカ！お母さんのことはほっておこう。言いたいことを言ってもらおう、ぶってもらおう、へっちゃらさ。だけど僕ら二人は、もう芝居はしないんだ！そのスカーフをとって、おいで。そのしわを君の顔から洗い落としてあげるからさ。君の青い髪から粉を払い落とそう。その白髪は何になる？二十年前、お母さんに白髪はなかったよ。
レーカ お母さんにはなかったわ。
ガーボル 変装するのに、君はお母さんよりやり過ぎてしまったよ。僕がここに入って来たときなら、彼女本人に会ってるんだって宣誓だってしたかもしれない。でも君の声が全てを裏切っていた。それでだましおおせることが出来なかったんだよ。
レーカ もう何をしてもあんたをだますことは出来ないのね。
ガーボル 芝居をしている顔でだけならだませるさ。それがしわを、恐いボルバラおばさんのしわを演じているんだから。
レーカ この顔はもう芝居をしてないのよ。
ガーボル 君は、鏡で自分を見ていないだろう。顔が年寄りを演じているぞ。
レーカ 今となっては、永久に演じていくでしょうね。
ガーボル その苦い芝居はやめるんだ、レーカ！
レーカ やめられたらねえ。どんなにやめたいか！でももう、芝居の方で私を放してくれないのよ。
ガーボル 頼むよ、今すぐそのしわを洗い落とすんだ！
レーカ しわを？（泣きながら）これを洗い落とすのはもう無理なのよ。忘れるしかないわ。それなのにあんたは、忘れられないのね。
ガーボル 何もかも、何もかも忘れるよ！この芝居だけはやめるんだ！君の青々とした髪はどこだい、赤と黒のスカートは、花模様のベストは？僕がここに置いていった人は、どこにいるんだい？ここで何が起きたんだ？
レーカ あんたを捜したわ。せんじつめれば、起きたことはそれだけよ・・・ときはあんたには・・・あそこで止まったわ。でも私には容赦しなかった。この地上では、私たちはときの手の内で生きているのよ。
レーカ よそ者を見るみたいに、見つめてるのね！私に今何が出来るというの？ガーボル。おお、私の顔をどうしようがあるかしら？私を半信半疑でぽかんとして見るのはよして！本当のことを言っているのよ！私の白髪は芝居じゃないし、顔のしわもメイクじゃないわ。この芝居は、神の烙印として私の顔に焼き付いたのよ。わからないの？理解するのが耐えられないの？ときはあんたのところでは止まったけれど、私のことは、あんた故に倍追い立てたのよ。今となっては、私に何が出来るっていうの？あんたが過去の私しか覚えていないというのなら、結局は分かれてしまう私たちの道を、結び合わせて同じ方向に変えさせるの？私が身を粉にしてきたことも、完全にムダ骨ね。
ガーボル ちがう！ムダじゃないよ！まず、その黒いスカーフをもっと後ろに結んでごらんよ、もう僕の喪にふくさなくていいんだ。僕が現れたんだから！僕が現れて、君につり合うよう年をとるから。
レーカ （わずかに若返って）喜んであなたのいいようにするわ。あんたと一緒にいるなら、私たち早いところ、あんたが怠ってきた分を取り返しましょうよ。一年のうちにうんとあんたを老け込ませてやるわ。（鏡の前で）それはそうと、あの厳しいしわはどこに行ったんでしょう？私の目を見て、あんたの魂に言ってやって、どこにしわがあるって？
ガーボル まるで本当に・・・でも君の目じりにあるもう一つのしわもふきとらせておくれ。
レーカ これはしわじゃないわ！山猫よ！フー！びっくりしたでしょう！気をつけなさいよ、恐いんだから！恐いと思うと老けるんだから！
ガーボル 君がいつだって恐かったよ。
レーカ おおげさに言わないでよ！
ガーボル 君の要求が恐かった。覚えてる？君は、彼と並んで隠れることが出来るほど、嘘をついたんだぞ。
レーカ どうせ嘘なら、徹底的にやるわ（高笑い）
ガーボル 君の変化が恐かった、小便臭い小娘かと思うと、年頃の娘さん。火の鳥、氷の鳥、そして誰にわかる？
レーカ あんたの後ろに投げつけてやりなさいよ！一つだけの形になるから、ただ鳥のお芝居のことを惜しがらないでよ！
レーカ じゃあ、もっと恐がるのよ。私の動きも見て！（ダンスの身振り）あんたにとって私はボルバーラお母さん？もっと良く、その目を開けてごらんなさい！ちょっとは男らしく、私をじっくり見なさいよ、このぼんやりした空想屋さん！
ガーボル 僕が？すぐに雄鶏が、君のところの柵に飛び上がるぞ！
レーカ （首にかじりついて）雄鶏！とさかのついた、大きなとさかのやつよ！
ガーボル ああ、神様！
レーカ まだ、あんたの氷の鳥を支えられる？
（氷柱が鳴り響く）
ガーボル 君の指から翼が生えた。
レーカ 現れた！私が握りつぶしてしまったものが現れたわ！おお、神様！私の翼をもっと生やしてください。
ガーボル 氷の鳥、氷の鳥、紅い頭の青い鳥。ちょっと、僕の膝にお座りよ。君の心臓がどきどきしている。手が震えている。君の目の下に、深い影があるよ。君の額には雪の吹き寄せが。ずいぶんと夜明かししたんだね。
レーカ これもひとえにあんたのためよ。他の誰のためでもないわ。
ガーボル 水は晩には澄むんだけれど、人間も不眠で老け込むんだ。氷の鳥の小さな足跡はどこに行ったんだろう？白い十字架は君の目じりにあるね。かわいそうに・・・
レーカ 鏡のように、あんたを地べたにたたきつけてやりたい気分だわ。私の鏡になってもらうために、あんたを連れ戻したんじゃないわ。あんたは私を憐れんでいるのね、ガーボル！あんたの中にはもう、憐れみの念しかないんだわ。
ガーボル 雪を誘う氷の鳥。ずいぶんと苦しんだんだね。
レーカ 苦しみはしなかったわ。私を気の毒がらなくてもいいわ。もう心が空っぽになってしまった自分を憐れむのね。あんたの内では、良心だけがしゃべっているのよ。男はそれを女にじゃなくて、神の御前に出るときのため、とっておくものよ。
ガーボル また、まずいことを言ってしまった！
レーカ 君の額の雪の吹き寄せ！あんたは私を憐れんでいるだけ、それ以外何もないんだわ。
ガーボル ああ、僕は心が空っぽのあほうさ！じゃあ、それでもいいよ！君は苦しまなかったし、僕は気の毒とは思わない、良心の声は何も聞こえなかった。君がいつかそうだったみたいに、僕もなったのさ。幸福にペラペラ喋る、良心の無いやつにね。
レーカ またもや「君がそうだった」ですって！かつて！いつか！またもや過去、過去！「大崩れ」の中の大いなる無ね！でも、無の中ででも私には良心はあったわ。
ガーボル どんなことにでも耐えられるものは、強いし堂々としているのさ。でも、君を責めたんじゃない。この話はもうやめよう！
レーカ 明日にのばした、そうでしょう？そして私達の残りの人生全体に！ああ、なんて素晴らしい日々が私達を待っているんでしょうね。
ガーボル 僕の心が空っぽだって非難しているけれど、どんな理由でだい？
レーカ 天が私にささやくのよ。
ガーボル 神ご自身だって、君を知り尽くすのはたまらない、とはささやかなかったのかい？僕が本当のことを言えば、「気の毒に思っているだけだ」。あえて嘘を言おうか？君の鷹爪が開く！逆でも似たようなものだ。君に対しては何を持ち出すことも出来ない！君はもう、過ぎた三十分すら恐がっている。
レーカ 人間は振り返って見るもの全てのせいで、塩の像に変わるからよ。
ガーボル 僕はこんな風に君と行くことは出来ないよ。その力はない！
レーカ あんたにとって苦痛だったものは、内緒の喜びとなったことが、私には良くわかっているからよ。あらゆる瞬間に塩の像に変わるのは、気分いいでしょうね！そういうときは、私は堕ちた女だ、って言いなさいよ！
ガーボル でもそれはお母さんに・・・
レーカ あんたの両目の中に塩の像が見えたわ。二十年たって、あんたが入ってきたあの瞬間にもね！
ガーボル じゃあ、僕はどうしたらいいんだ？
レーカ （何事もなかったかのように、以前の親愛の情を示して）待って！待って！鳥よ、待って！レーカは今、家に飛んで行って、赤と黒のスカート、それがないって、あんたがずいぶん寂しがっていた花模様のベストを着てくるわ。それから、まだそうする力があれば、目じりからも氷の鳥の足跡を消してみせる。これじゃ、あんたと通りに出られないもの。お互いにつり合うようになりましょう。待って、鳥よ、待って！すぐに来るわ。もし出会っても、塩の像にだけはならないでね！私が来るまでに、あんたも少しは老けてね！安心して過去のことを考えていらっしゃい、そうすれば老けるから。私は未来のことだけ考えるけれど、ほら、私は家に若さを置いてきてしまったの。憐れな、気の毒な女なの、もう物忘れがひどくなってしまったの・・・もう、物忘れまでするのよ、ここに座って、ほら！ここで私を待つのよ！
ガーボル 待っているよ。
レーカ （外へ向かって退場、その間ガーボルがついてくる）一っ飛び、二っ飛び、そうしたらレーカを見てよね！
ガーボル （子どもっぽい希望を抱いて）君はまた氷の鳥するのかい？
レーカ でも永遠にあんたとだけよ。さ、待ちにもどって！そしてその間、あんたの魂を清めるのよ。中に薄暗闇が残らないようにね！
ガーボル （ドアから）待ってるよ、一片の闇もなしで待ってるよ。
レーカ 入って！入って！それまで私出て行けないじゃない。
（ガーボル 家にもどる）
レーカ （外の雪の中で）神よ、今こそもう一度助けたまえ！私の翼をお返しください。家に飛んで戻る間だけ、赤と黒のスカートを、花模様のベストを着る間だけでよいのです。私はあなたの氷の鳥でした、その気があれば、飛ぶことが出来ました。私をどうなさったのです？私の体と魂は鉛のように重く、私の翼は砕けてしまいました。たった一っ飛びだけが、あの朽ちはてることのない人間の目を一瞬くらますことの出来る若ささえあればいいというのに。あなたは彼を氷の下から連れ戻されました、でも私には見えます、主よ、あなたは彼の心に連れ戻してくれる私の道に雪を吹き込まれました。私はもう彼にとって見知らぬ者です、でもほんのちょっとでもお助けくだされば、私は彼の魂の中で新たにもじもじすることでしょう。（倒れる、まるで飛ぼうとするかのように、ゆっくり立ち上がる、だがまた倒れる）私の翼よ、私の翼よ、親愛なる私の仲間よ。私の人生からどこへ行ってしまったの？どこに行ったの？（身を引き起こす）
ダーニエル （入って来る）せがれ！逃げろ、ここから逃げよう！
ガーボル なぜ逃げるの？
ダーニエル 二つ理由があるんだ、せがれよ。シュティーグ・アンタルは死ななかったんだ！シュティーグ・アンタルは二十年前馬が遠くへ連れ去った。それ以来この村には姿を見せない、だがお前のことが知れ渡って、それが今再び彼を連れて来たんだ。
ガーボル 神よ、これから先も助けたまえ！
ダーニエル お助けにはならない。お前に対してけしかけるのさ。こう言われたのさ、お前は今まで氷の下にいた、いずれ彼が土の下に置くだろう、とな。ここから行こう！
ガーボル そしてもう一つの危険って？
ダーニエル あの氷の鳥だ！あの浮気者さ！せがれよ、神の奇跡をたたえ、氷の鳥の女たちのそばから逃げるんだ！
ガーボル 彼女らがいなくては、神のどんな奇跡だって成就しないよ。行くわけにはいかないんだ、お父さん。
ダーニエル お前達、何のために二人で行こうというんだ？朝と夕暮れじゃないか。あいつの人生の半分は過ぎ去ってしまったんだぞ。
ガーボル 夕暮れ以前はどんなだったかだって、僕には見えるよ。僕は枝の先で彼女と子どもの結婚式をあげたんだ。
ダーニエル 今のうちはまだ見えているだろう。そしていずれお前の思い出はその光を失う。いいかげんに目をさますんだ、せがれ！
ガーボル みんなが言ってるのは本当だとしたら？僕は二十年の氷の夢から、目をさまさなかったかい？
ダーニエル お前は夢から夢へと落ち込んだ。お前は二度起こされなくちゃならないんだ。ハルギタの中でもハルギタの外でも、神の園は広いんだ。別の連れ合いを選べ。
ガーボル 人間の心は一人だけのものだ、お父さん。
ダーニエル 誰がそんなことを吹き込んだ？どこでそれを習ったんだ？
ガーボル お父さん自身からじゃないか。
ダーニエル かわいそうなお前のお母さんのような、あんな魂は二つとなかった。
ガーボル 僕もそう言うよ。レーカ以外に神が創りたもうたものは、余分なものだったのさ。
ダーニエル お前には、一度見つけたものから自由になれないという呪いがかかってるんだ。それでもお前はまだ、その奴隷の身を讃えるのか！罠にとびこみ、知らぬが仏の狼が罠を讃えおるわ。
ガーボル 人間は人間の罠だ、僕が決めたんじゃない！
ダーニエル あの女はお前の、絞首台の縄で、引き網、垣網、はね網、張り網、きつねとり、狼の鉄罠なんだ、わからんのか？気がつかないのか？
ガーボル 生の中でも、死の中でも彼女は僕を見つけ出したんだ！絞首台の縄でも百種類の網でももってこい！彼女が僕を見つけたんだ！
ダーニエル 魚をひっかけるつり針のようにな。だがもうお前達には見つけられない。何もかも忘れなくてはならん。
ガーボル 何一つ忘れることなんて出来ないよ！
ダーニエル わしらのものといえるのは思い出だけなのか？将来の中にお前は過去しか見えないのか？思い出は、わしら年寄りにまかせておけ。思い出の弾の降り注ぐ中には、お前の場所はない。
ガーボル セーケイの子どもたちには、十二才の頃から弾の降り注ぐ中、父親の隣に場所があったよ。忘れろと教えるのはやめてよ、お父さん。
ダーニエル それじゃあ、森や野原の方がわしらより幸せというものだ。ある年は他の年を忘れることが出来るんだから。
ガーボル 大木だって、かつては自分が若木だったことを忘れたりしないよ。年輪を見てごらん！
ダーニエル いずれ幻想は過ぎ去り、レーカはそのためにひどく苦しむだろう。
ガーボル 僕の言葉の跡があの顔に見える。僕は彼女に借りを作ったんだよ、お父さん。僕らは奇跡を汲み尽してしまったなんて言わないで！レーカは若返りに行ったんだ。レーカはどんなことでも出来るんだ・・・
ダーニエル なんせ、あんな・・・
ガーボル （おどすように）彼女はどんな風でもないったら！彼女のことを大声でわめいた口を、もう一度すべらせないで！何も言わないで！
ダーニエル せがれよ、撃ち殺せ！死という値を払ってでも、わしは解放の言葉をお前の方に投げるぞ！わしの中には憎しみもない、わしらはもう神の奇跡を汲み尽してしまい、わしら自身以外、もう誰からも何一つ期待出来ない、という暗示だけだ。神は、もうわしらのうちいくたりかを地に押し倒されたし、一時的にわしらを支えておいでだ、だが全ての兆候は、わしらへの試しは終わったということを示しておる。わしらの絶えざる見張り手が「大崩れ」なんだ。やりたいことをやれ！好きなようにしろ！
（馬のいななき、やがて窓ガラスガタガタいう音。銃口が彼らに向けられる）
（沈黙）
ばかなことをするな、シュティーグ・アンタル！お前の許嫁を破滅させたのはわしのせがれじゃないぞ。これだって犠牲者で被害者なんだ！
ガーボル （銃口の前に立つ）いいとも、シュティーグ・アンタル。二人で少し話したいというのなら、撃ったらいい。「大崩れ」がついに僕ら二人とも葬ってくれるように、撃ったらいい。君がそうするというなら、死の中でぼくは、これほどまでレーカを愛していた君に許しを乞うよ、君以外には僕にしか出来ないほどに。もし君の心が一人だけのものなら、僕は君の真実を尊敬するよ、シュティーグ・アンタル。そのときは二人で怒りもなく、全てに平和をもたらしてくれる雪の下に行こう。
（見えないシュティーグ・アンタルは武器を引く。馬のいななき、やがて遠ざかる馬のひづめの音、そして沈黙）
ダーニエル （驚いてガーボルを見つめる）せがれよ、お前は子どもだったし、この瞬間までそうだと思っていた。だがもう神も、お前がわしの気遣いをはるかに飛び越してしまったことを変えようがないらしい。わしの腕はもうお前に届く長さではないんだ・・・
ガーボル （抱擁して）だからって悲しむ必要はないんだよ、いいかい！結婚するのはお父さんではなくて、僕なんだ。
ダーニエル お前に代わってそのことだけが残念なんだが、お前はもう二度と独り者にはならないだろう。そうでなくて、男やもめになるんだ。時期尚早に。
ガーボル レーカとは、僕にあわせて若返ると了解しあったんだよ。
ダーニエル アーメン。シュティーグ・アンタルは、いつかやはりお前を撃つだろうよ、せがれ。わしにはもうお前を助けてやることは出来ない。（退場）
（沈黙。ガーボルは夜に耳をすます。遠くで、馬のいななき。彼は銃を手にとる。外からレーカの声で詠唱が聞こえる。「あなたがマーリアと知っていたら・・・」ガーボル急いで武器を置く）
小レーカ （外から）神様が、たくさんのクリスマスの日々を、ワインを、小麦をどっさり、充分飲めるようにグラスに底を、たくさんお与えくださいますように！
ガーボル それじゃお入り！
（ときの年輪の光の輪の中から小レーカがやって来る。かつての二十才の母親に生き写し。すでに夢であった人を見るかのように、ガーボルを見つめる）
小レーカ （困惑して）ワインを、小麦を十分に、グラスに底を・・・
ガーボル （叫ぶ）レーカ！氷の鳥！(抱きしめ、口ずけ、やがて再び驚いてぽかんと見とれる)
小レーカ ええとこれって何事？詠唱者には口づけじゃなく、ビスケットをあげるものよ。
ガーボル お父さんが見たら！ああ、もしこれを見たら、信じられない！(走り出る)お父さん！すぐもどってきて、お父さん！（中へ）行ってしまって、かえって良かった。塩の像に変わったかもしれないな。レーカ！氷の鳥！(新たに口づけする)
ガーボル 君が昔言ったように、ズバリと！
小レーカ 私があなたをこんなに良く知ってて、あなた幸運だわ。
ガーボル まだきれいだ。僕はゼテラキ・ガーボルだよ。
ガーボル その通り。
ガーボル そうだろうと思っただけさ。桑の木のてっぺんで！
小レーカ それじゃ桑の木に座ってたの？
ガーボル あれは古い桑の木だった。もう切ってしまったよ。
小レーカ やっぱり桑の木のてっぺんに座っていたのね。いいわ。そしてそれからどうして私がレーカだと思ったの？
ガーボル 君が若返りに行ったからだよ。
小レーカ 私にはそんな必要なかったわ。
ガーボル ここやそこ何箇所かに必要があったんだよ。青い黒髪に中に幾すじかの白髪・・・目じりに氷の鳥の跡・・・今なら白状出切るけど、僕の心は憐れみで引き裂かれそうだった、多分、自分自身のことは憐れんですらいなかった。
小レーカ あんたって冗談の好きな人ね、聞こえてるの？どうして私があんたをもう知っているか、私わかってるわ。
ガーボル 子どものときの結婚式から。
小レーカ (頭を振って)私の夢でよ。私、あんたを一度ならず夢に見たの。
ガーボル そのことは予期してたよ。
小レーカ だからってそんなに鼻を高くしないで！私は夢で知ってたわ、どこかで誰かが出発した、その人はいつだって私に会う準備が出来ていて、それからやって来て、やって来て、鉄底の長靴を擦り減らしたんだって・・・
ガーボル そして心を！むしろ心をすり減らしたのさ！
小レーカ そしてそのとき私は言ったわ、つまりその夢の中で見た人のことよ、その子は私の好みなの。私の手足にも合ってるのよ。まるで私のために裁断されたかのよう。私の体に、私の魂に似合った・・・
ガーボル （口ずけしようとして）そして僕の体に、魂に似合ってて・・・
小レーカ でもこんないきなりじゃなくてよ、ちょっと！そしてそれじゃ、あんたが私の罪だったのね。
ガーボル まさに僕さ！
小レーカ だって夢の中の私はね、二，三度、ひどく罪深かったことがあってね、目が覚めてお父さんの目を見る勇気がなかった位なの。
小レーカ あんたとね、見苦しい振舞いをしたの。
ガーボル いつも僕とだけ？
小レーカ 今あなただけを見つめているように、他の人なんて決して！
ガーボル またおおげさに言う、でもかまうもんか。それでいいさ。いつも僕とだけ。
ガーボル 天上で女の言葉をお聞きになっている神様！だけどこうでなくちゃ！どうして僕に根掘り葉掘りたずねる必要があるんだ？あらゆる厄介ごとは、僕が根掘り葉掘りたずねるのを止めることが出来なかったから起きたんじゃないか？それが麻薬だったんだ。それと思い出だ。でもこれからはもうむしろ舌を噛むさ。起きたことは、凍り付いてしまえ。最終的に大崩れに葬ってしまえ！
小レーカ 不思議なことを言うのね。
ガーボル 芝居をしている、芝居をしている、僕の氷の鳥！神さま！君は昔の、お遊び気分でやって来たんだね？
小レーカ きっと、昔、私がどんな気分だったかも知ってるのね？じゃあ、私も前にうろついたのね。あんたの夢の中で？
ガーボル ああ、ただそれだけだったら！うろついただけ。それ以上のこともあったんだよ。
小レーカ あんたも同じだったの？どうしましょう！同じだったの？
ガーボル もう若者の頃にね！君が知らないというなら！
小レーカ じゃあ、私たち懺悔に行かなくちゃ。
ガーボル 君はもう、一度懺悔したよ。そして、僕らの上に天が落ちてきたんだ。
小レーカ 私たちの上に天が落ちてきた。気がつかなかったわ。あんたの中ではそんなに簡単に天が落ちるの？ちょっとした告解で？
ガーボル もう落ちやしないさ。これからはもう僕の肩で支えるさ。ただもうこれ以上懺悔はなしだよ！
小レーカ これだけよ。あんたの罪は？
ガーボル 主にこれだった（彼女を抱きしめて、口づけする）
小レーカ おなじみの罪ね。
ガーボル 繁殖しようね！（ゲーム、転げまわる）氷の鳥、氷の鳥、紅い頭の青い鳥。氷の鳥よ、翼があったのなら、高笑いする氷の鳥よ、どうして歩くものに加わったのだ？
小レーカ でもあなたが歩く者じゃないの！私の夢が連れてきた歩く者！
ガーボル レーカ、レーカ、このいたずらっ子の、祝福された、呪われた、奇蹟を起こす氷の鳥よ！君はもうその顔のせいで、泣いてはいない、そうだろう？
小レーカ 泣かないわ、泣かないわ。私の顔にはもう二つめがあるのよ！でも鏡の中のやつじゃないの！そうじゃなくてあなたの目とご機嫌が見せてくれるやつよ、ゼテラキ・ガーボル！
ガーボル 僕の目だけが？僕のご機嫌だけが？それ以上だよ、この妖精の顔をした魔女め。僕の人生の全て！君は僕の肩から老いへの懸念を下ろしてくれた！曇りもなく、同情することもなく君に驚くことができるんだ、いずれ世間が僕らの門の彫刻に驚くように、すなわちゼテラキ・ガーボルとその奥方、娘時代のアールヴァイ・レーカがこれを立てたんだとね。
小レーカ ただ私はアールヴァイ・レーカじゃないわよ。四歳のときにお母さんから私を盗みだしたお父さんにならって、シュティーグ・レーカなの。その上、小さいレーカなのよ。でももう私だって大きい方のレーカなんだわ！
ガーボル （そっと）嘘だ。君は今また芝居しているんだ。君は僕に、赤と黒のスカート、花模様のベストを着に、顔を整えに行くって言ったよ・・・
小レーカ 絶対言ってないわ。
ガーボル (爆発する)嘘をつくな！嘘を言うな！シュティーグ・アンタルの愛人、シュティーグ・アンタルの娘、君ら、僕に嘘を言うんじゃない、僕の目をくらますんじゃない、少なくとも神さまご自身はそっとしておくんだ、君たちを知り尽くすのには神さまだってもう耐えられないだろうから！小さいレーカ、大きいレーカ、「小崩れ」、「大崩れ」！僕を相手に遊ぶんじゃない！それは残酷だぞ！
小レーカ あんたはもう、私が夢の中で会った人じゃないわ。
ガーボル だがそうなのさ。（ぐいと引き寄せる）だがそうなのさ！わかるかい？僕はもう二度も死んだのさ。
（レーカの声）呪われよ、ゼテラキ・ガーボル！私たち二人とも呪われよ！あんたと知り合った瞬間よ、呪われよ！
（銃声、続けて２発）
ガーボル （外に走り出る）レーカ！レーカ！僕の氷の鳥、レーカ！
（「大崩れ」に通じる小道を雪崩の中に姿を消す）
小レーカ お母さん！お母さん！ゼテラキ・ガーボル、死に向かって走らないで！（ガーボルの後を追って走り出る）
ボーディ （外からの声）待つんだ、お前！少なくともお前はわしらのために残っておくれ！
小レーカ (声)お母さん！
ボーディ (声)残るんだ！
（雪のごうごうたる崩壊）
小レーカ （ボーディと来る）お母さん、大事なお母さん！私、お母さん無しで取り残されてしまったわ、私を一人ぼっちにしたのね！一体ここで何が起こったの？ヴェンツェルおじさん？何があったの？言って！
ボーディ 彼女はもう自分の叫び声にまかせることすらしなかった。彼女は私の手から、武器をひったくったんだ。
小レーカ でも何が起こったの？何が起こったの？ああ、ヴェンツェルおじさん？
ボーディ お前も人生に足を踏み入れたんだ、そういう次第だったんだよ。
小レーカ あの人たちを捜しましょうよ。
ボーディ これ以上、奇跡の望みは持てないよ。お泣き、娘や。わしらの嘆きを、血がしたたるように声もなく、自由にさせてやろう。神よ、アールヴァイ・レーカとゼテラキ・ガーボルを安らがせたまえ。
小レーカ 私たちはこれからどうなるの？ヴェンツェルおじさん。
ボーディ 命ある限り、生者たちの間で互いを捜すんだ。やがて、わしらの死者たちがわしらを捜してくれるだろう、すでに彼らしかわしらの話をしなくなっているのだから。ただ、待つためのランプが充分に足りればいいがな・・・
小レーカ （ボーディの膝に頭を垂れながら）お母さん私を呪っていたわ。
ボーディ そしてわしら全てを天が呪っている。怒れる空の高みが。