第十五章　マダム・ルイーゼのカード

 

　この時期のペストは、春の初めでもすでにほとんど夏のような悪臭の町だった。しめっぽい、古い家々の出入り口からは冬に入り込んだ空気が流れ出、窓が開けられ、病室の空気があふれでた。

　冬は姿を見ることが出来なかった老人たちが這い出してきた、骨製の頭の杖によりかかり、緑色に擦り切れた服で、都心区の通りを涼しくも、湿っぽくもした日光の中でうろついていた。ビヤホールの臭い、道に立つ古い貯蔵庫の、丸天井のある一階、驚くばかりに閉ざされた中庭と怪しげなエレベーターの臭い、この町では無数の汚い住まいから這い出てくるクワガタムシが見つけられるのだ。

　第四区ではまるで一度も風を通したことがなかったかのようだったが、春の日の昼食の後、誰もがすでに昼食をすませて、うたた寝するために横になったときだけはちがう。昔のポーターたちは角で人生に倦んで小さなスツールにうずくまっていた、質屋の床に持ち主が八の字に水をまいていた、そしてラブレターを待っているレディは、ぼろぼろの部屋着ではだしの足にサンダルをつっかけ新聞小説の続きを読んでいた。

　古い時代にはペストは昼食の後、常に一時間位眠った、ここには落ち着きのある人々が

いたのだ、商売に精を出す商人たち、お針子たちとコルセット作りたちだけがカフェ「王冠(コロナ)」

（正確にはカフェ「ハンガリー王冠」、今日のヴァーツィ通りとレーギポシュタ通りの角にあった。作家、芸術家たちの溜まり場だったが、１９００年にカード賭博の手入れの際、居合わせたのが上流社会の人間ばかりだったというスキャンダルで有名。１９１２年取り壊された）でケーグリゲーム

（ボーリング？）を一勝負やっていた、ペーチ・アンドル（第８章　　訳注６参照）はカフェ「コロナ」の内側の部屋でまだ居眠りしていた、猫背の得点者フリードリンはブラック・コーヒーを急いで消費する人間には注意を払わなかった。昼食の後、通りを急いで歩くのは一時雇われだけだった。国立ホテルの紳士たちは午後遅くなってから起きて、支度し、過ぎ去った夜の決闘のことを話し会うのだった。

　この地区では、他のジェントルマンたちのトラブル、酔った勢い、カードの失敗で生き延びようと望んでいる一群の貴族が大あくびをしていた。

　秘密のカードの巣窟では夕方頃生活が始まった、路地にある輝かしく内装された住まいのドアは合言葉で開くのだった。ボド・エレクのルーレット・カジノ、「小さなドクター」のナシバシ[１]のテーブル、ショモッシ・カーロイの午後のポーカー・ゲーム、ついでテレーズ区（ブダペスト６区、ペスト側の都心区を取り囲む半円周形の帯の一番北側の区画）の「シュリオー」カジノが。すなわちこの町の金もなく手をつかねているものたちを、ギャンブルの近くにおびき寄せるのだった。地方の地主シャールカニはブダペストに四頭の馬で来て、チャーサール温泉（ブダ側２区のヨージェフ山（セムレー山）にあるブダペストで一番古い温泉のひとつ）から「白馬」亭までの乗馬コースであの「コインの裏か表か」という気のきいたゲームで一万フォリントを失った。ドクター・ディックは、都心区のカジノから家に先週着ていたシャツを取りに行かせた、そのシャツに彼の運がこもっていたからだ。エルジェーベト広場（ペスト側　５区にある）のキオスクではラーニ・マノーが胴元だった、そしてすでにタイス署長[２]の時代、警察と独の新聞のレポーター、老スヴォボダ[３]を黙らせるには何が必要かは知れわたっていた。「ティグリス」、「ヨーロッパ」、「イシュトヴァーン王」で～この昔消滅したホテルで～優しい地方の人々が、どうやったら金をやっかい払いできるかと待ちかまえていた。犯罪人たちの間では、シュパンガー、ピテーリとベレチュ（シュパンガー・パール、ピテーリ・ミハーイ、ベレチュ・ヤーノシュ、１８８３年３月に起きたマイラート・ジョルジ大法院長の強盗殺害事件の犯人たち）、郵便局泥棒（１８８４年１月に郵便局から２５万フォリントが盗難にあった事件、犯人チョンボル・イムレは１３年後に捕まった）、テメシュヴァールのロットー・ゲーマー、ファルカシュ・メニハート、後にはケチュケメーティ・（ヴィクトル？）を重要な男たちとして挙げるならわしだった、サルヴァシュ広場（現在の１区ブダ側の王宮の丘の東端の足もとにある）とウーイペスト（現在の４区、ペスト側のドナウ河畔北端の地区）の銀行強盗はペスト人たちには知られていなかった、最大の権威はあのウェルトハイム金庫社（ウィーンとブダペストに店のあった老舗の金庫製造会社）の心を悩まし始めたパパコスタ（１８９５年に他の二人の仲間とともに金庫泥棒や二件の強盗窃盗罪で三年半の禁錮刑の判決を受けたが、脱獄した後すぐ捕まった）だ。

　夜の女芸術家たちがロシュティ通り（都心区にある現在のゲルローツィ通り）の「フォリ・カプリス」（シャンソン喫茶とオルフェウムとの中間的存在で、イヴェット・ジローも出演している）、ハヨーシュ通り（ペスト側５区バイジ・ジリンスキー通りとアンドラーシ通りを結んで三角形を形作っている）の「ヘルツマン」あるいは「インペリアル」（ヴィルモシュ・チャーサール通りにあったオルフェウム）で辛抱強く、互いの間でカードをしながら夜を明かしている間、囲われ者の女たちと妻たちはカード師の夜の成果を寝ないで待っていた。楽団は待つ側として沈黙していた。ボーイたちと家の前に着いたつじ馬車屋たちは符丁で話した。「アルミン」のワイン蔵で、雑貨屋「ドブラー」で、カフェ「フェレンツィ」で（夜の恋の場所あるいは昼間の恋の出会い場、ブダのカフェ「エリプス」で）ブラウおじさんは深夜の会計監察官として毎晩目覚めていて、町の社交界が出現するさまざまな箇所で何が起きているか正確に知っていた（その一方で国営カジノのカードの試合、娯楽について都心区のマダム・ルイーゼのもとに飛脚たちがとんだ）、夜があけ始めたとき、そして最もわくわくするカード・ゲームも終わりをつげた。

　いくつかのカードの試合では、競争相手たちは日々力を新たにして戦った、まるで町全体が興味を持つようになったかのように。おのぼりさんたちとウィーン人たちは遊ぶための金を袋に入れてペストに持ってきた、カードのテーブルから地面に落ちた百フォリント札か千フォリント札はほとんどかまわれなかった。

　この年月のペストは最初の上っつらの一瞥では、ここでは誰一人として仕事で生きていくことを望んでいないように見えた、町中の誰もが裕福な人々から剥ぎ取ることに頭をひねっていた、フランクル・モーリッツという名の神童の情報を追って一度ならず　　　　　人々はびんぞろの三に賭け、競馬をする人々が群がった。ベーケシュジュラ（ハンガリー東南部ルーマニア国境沿いの町ジュラ）の大修道院長ゲンデチュ・ベネデクはケープイーロー通り（ペスト側５区　カルヴィン広場付近）のルフト・レージの家で窓から水ぎせるがぶらさがっているのを見た、彼はそこに客として迷いこんだのだ。「ツィアンカーリ」というユーモア紙はこの都市のインチキ・カード師らの名前を書きだした、「コンティネンタル」ホテルの門番エドゥアルドは初めてウィーンの放浪者たちにドアを指差した。ガーリ・ラヨシュはエジプトのケディヴェ通貨とともにアラニケーズ通り（ペスト側　　５区）の小さな酒場に現れる。赤毛の百万長者の娘フレイシュタットラー・フローラはシルマイ・イムレ（第八章　　　　６９ページ参照）をシャンペンで入浴させた。「太陽」紙（日刊のスキャンダル暴露紙）がスタートし、この断固とした町ではいくばくかの驚きが感知できる、マジャール通りの（マダム・ルイーゼの）古い美しい館では鏡の間で日中音楽が響いている、オーストリア氏は離婚し、ある黒いウェイトレスと結婚する、ジャプユー通り（ペスト側５区、　　現在のバートリ通り）のドイツ劇場はかつての女優フォリニャク夫人が、将軍夫人になってからも「ベルビュー」のテラスに現れる。カローラ・ツェツィーリアはペストから滅び去り、美しい女性たちは老婦人たちになる。仲介業者は金切り声をあげ、微笑む沈黙の中で女たちに関する商売が動いている、誰がどのカフェに通い、仕立て屋がどの位つけをきいてくれるかは、人生の成功の重要な要因の一つと見える。

　憂いに沈んだ、気まぐれな、頭空っぽのハンガリー、それは自身のズボンの裁断とカードのシャッフルで生きていきたかったのだ。それでもこの時代の大詐欺師たちはもっと尊敬に値した、彼らは少なくとも彼らの会社が成功するように、何かしら働いていたのだ。

　都心区では誰もが昼食の後寝たのは非常に理解できることだ、ズボンのすそをまくり上げた若者たちが、同様に大きな袖の服のレディたちが顔のラインを休ませ、ポーターはせいぜい貸し金を追い求め、パン屋と香辛料屋がうたた寝し、禿げた弁護士たちがタルノーツィの破産の香りの上で頭をひねる。エトヴェシュ・カーロイ[４]とポロニ・ゲーザ[５]は美しいブルンカラー夫人（ブルンカラー・ラースロー夫人、エトヴェシュが弁護したある文書偽造事件の被告）の裁判の夢を見る、そして友好的な小さな酒場ではすでに最後の料理も、二十クロイツァーという「条件」で売り切れになった。

　都心区の古い世界のハンガリー人にとって、すでに「ペレシュケの公証人」[６]以後の生活は容易ではなかった。

　都心区は三十年前はかたくななドイツ人の巣だった、六十番通り（ベルヴァーロシュにある現在のコシュート・ラヨシュ通り）の店員は、ハンガリー語で国の祝日用の花形帽章を求めた地方の法律家の言葉を理解できなかった、ヴァーツィ通りではどの店の看板もドイツ語だった、「ズリーニ」ではすでに法律実務見習い生とインチキ・カード師は消滅した、そしてハンガリー人は「ヴァダースキュルト（狩猟の角笛）」ないしは「英国女王」（両方ともペスト側の都心区の真ん中にあった豪華ホテル、「英国女王」は１９１６年に閉店し「ヴァダースキュルト」は第二次世界大戦の損傷で戦後取り壊された）でボーイがハンガリー語が出来なくても、ひどく驚いたりはしなかった。昔の都心区はドイツ国民の強き牙城だった。昔の市会議員よやすらぎたまえ、間違いなく口やかましく口の中でハンガリー語をころがしたに違いない。新聞はエスラール[７]と父ティサ（第４章　　訳注８参照）にかかりきりだった、ヤンスキー・デモ[８]以後、突然世界が変わるまでは、町の中のハンガリー感情は眠っていた。突然、予期されぬ強いハンガリー潮流がこの町を急いで通り抜けたのだった、ユダヤ人たちは、ヴェルホーバイ（ヴェルホーバイ・ジュラ　１８４９～１９０６　政治家　１８８０年代に台頭した反ユダヤ主義の党の中心人物)は忘れられた。若者たちがケチュケメートの家で騒ぎ始めた、新聞は騒々しく名前のハンガリー風な改名をアジったしドクトル・フェレキ・フーゴーは都心区で最初のドイツ語の看板をこっぱみじんにした。

　何かしら特別な熱がこの町を襲った、それは第二の革命のように、日に日に、年々盛り上がっていき、若者たち、新聞そして有用なテロルが三月十五日（１８４８年の独立戦争のきっかけとなった日、この日ペトーフィらがカフェ「ピルバックス」で自作の詩「民族の詩」を朗読して学生たちが行進を始めたのが端緒となった）も貧しい武器もなしに実現させる。

　ハンガリー風にしよう！

　これがこの時期の合言葉である。もし町でドイツ人に対してデモか騒ぎが生じると、「相互理解」紙ではチャーボルスキー・ラヨシュ（１８３１～１９０９　新聞記者　１８７５～　　１８９９独立党の機関紙「相互理解」紙の編集者）が燃えあがり、良い血色で短い叫び声と共にがにまたの足で走るのだ、新しい新聞が作られ、それらの唯一の目的は強制的なハンガリー化である。ボーイの手からドイツ語の新聞がたたき落とされ、オルフェウムでコシュートの歌か一言のドイツ語がもとでオーストリアの士官とスキャンダルを起こした暴れん坊全員が国の英雄として練り歩く。ペストのハンガリー人にとってこれは、血気にはやり、強制的で、ほとんど恐怖の念をおぼえさせることに喜びを得る時代である。新聞は血走った目で漂い、都心区の（独人の）俗物たちと熱狂した若者たちの間の小競り合いは日常茶飯事となった、その戦いは大方はその筋の介入なしで終わりを迎えた。カローラ・ツェツィーリアもオルフェウムの舞台で、「淑女の大隊」の最後のカドリールが続くとき、三色旗を広げてみせた（カローラ・ツェツィーリアについては第八章訳注７参照）。ヘンツィ像の爆破への試みが行われたとき、国中が喝采する。大学のサークルが一人のユダヤ人の若者を、かのヴァイスフェルド・ヴィルモシュ[９]～彼はＶ・Ｖの文字で民主主義の社説を「ペスト・ジャーナル」に書いていた～をリーダーに選ぶときは近づいていた。やがて彼はうやうやしくヴァソーニと名前をハンガリー化する。

　だがここにたどり着くまでには、ペストの愛国者たちは二本の手で働いてきたのだ。

　昔姿を消したこの時代をペストではテーブル仲間の時代と名づけることが出来るかもしれない。

　このドイツ起源の習慣をかつてはドイツ人のプチブル根性たちが都心区の小さな酒場で実行していたのだ。彼らのバッジを、リーダーの帽子を、サイフとさまざまな儀式のための道具をわれわれはまだ見たものだ。彼らは多いに飲んだし、荘厳に歌をうたった。都心区ではワインは良質で安かった、真夜中まで誰もが自分の分を飲むことが出来たのだ。

　さて、かなり真剣な愛国者たちも、ハンガリー風の推進のためけんかするために通りやオルフェウムに出かけていきはしなかったが、テーブル仲間には集合した。このようなことは好もしい、趣味の良い、心地よい態度だった。この町では早々と人気がでた。ドイツ系市民は突然自分たちの酒場から、慣れた隅から、そして自分たちで煤けさせた丸天井の下から逃げ出した自分に気づいた。コシュートの歌、ハンガリーの乾杯の辞、愛国者たち

のろうろうと鳴り響く騒音と共に彼らは家に送りだされた。すでにもう「ウール（独語の

時計）」あるいは「コムロー」でも、どこからか「ハンガリー語で！」という強制的な声を

あびせられないよう、ドイツ語で話すことはほとんど出来なかった。

　「パイプ」、「小コロナ」「ブダ城」、「オルゴール時計」、「チャラーニ」、ヴェレシュマルティのかつての酒場「シクライ」、「コムロー」、「ぶどうの茎」で、都心区全体で、熱心な先生たち、弁護士たち、新聞記者たち、詩人たちがお互いの冗談を言ったが、雪をかぶったかごを首に下げて入ってきた福引のくじ売りにまで「ハンガリー語で言え、このろくでなし！」とわめいた。

　（ちょうどこの時期ヴィーグ劇場はドイツ人の俳優たちと契約した、ハンガリーの聴衆は彼らを肉体の力の優越の面からケグレヴィッチ[１０]の舞台から追い払った。バルタ・ミクローシ（独立党の議員　　　出版者）がデモを組織し、その間ひとりの灰色のシルクハットの紳士と新聞記者のネスメーイを警察長官シャヨーが劇場から十七回連れ出した。

　都心区の愛国者たちの成功した活動の影響は、まだ半分しか出来あがっていない円形広場付近でも感じられた、警官はそこへ照明を持って通った。ヨーゼフ区とテレーズ区では、パリにおけるカーライルの革命協会のように、愛国協会が次から次へと出来上がった。（しばしば女たちも花型帽章を胸につけ、ダムヤニッチ・ヤーノシュ夫人が多くの協会のリーダーだった）

　テレーズ区の酒場「鳥かご」（６区ペスト側のバイザ通りとデーリバーブ通りのかどにあった）で初めて強制的な、要求の叫び、古い時代の合言葉「ハンガリー語で！」が響いた。

　オーナー、ケルナーたち（独語の「ボーイ」）、ヴァインブルシュたち（独語で「ソムリエ」）、バーテンたちと客たちはびっくりして当たりを見回した。テレーズ地区はまだ、ここの犬たちが月に向かってゲルマン語でほえるほど完全なドイツ語地区だった。この地区ではまだせいぜい泥棒用語しか知られていなかった、ここでとうとうあるほろ酔いかげんの法律実習見習い生が、狙撃兵たちの祝祭にハンガリー語でしゃべった。一時間後にはドイツ語の月ぎめの貸し部屋広告の貼り紙が破り始められ、看板が地面にたたきつけられ、店や、酒場やでは周知の合言葉が鳴り響いた。

　酒場「鳥かご」内の愛国者たちのおそるべき騒音は、闇に沈んだ地区の静けさを狩りたてた。市民たちは仰天して、最後の法律実務見習い生たちがここで呼び鈴を繰り返しひっぱったときも、人殺しを前にしているように、頭のナイトキャップを深々と引っ張り顔をうずめた。後の市長マールクシュ・ヨージェフ(１８５２～１９１５、１８９０年から助役、市長を歴任した)がハンガリーの歌を「鳥かご」のドイツ人の常連客たちに歌い、老バイントナー・イムレは「冗談」という名のソーダ割りワインを見つけだした。オルレイ・ラヨシュ、デジェーニ・ヨージェフ、シュメギ・ヴィルモシュ（１８６４～１９３８　新聞記者で議員、新聞社年金組合の創始者の一人で会長だった）、タカーチュ・ジュラがテーブルを囲んですわり、一度ならず事実上ハンガリー風の推進の仕事に加わったのである。

 

　人気のない都心区をレゼダ・カズメール氏は大またに急いだ、そしてとある平屋建てのバロック様式の建物の旧式な呼び鈴を引いた、その建物の一階の窓にはカットワークの刺繍のカーテンがかかっていた、そしてその家は、まるで住人たちが遠い南の方で春を過ごしているかのように静かに見えた。フェルトのスリッパのかわいらしい家政婦が鼻の下で挨拶した。

　「ご主人は何をしておいでだい？」

　「この時間はいつもそうですが、カード占いをなさってます」

　マダム・ルイーズは午後の早い時間、誰にも邪魔をされないことがほぼ間違いないときは、サロンでカードで運勢を占った、自分自身の、養子に迎えた子供たちの、エルメール伯の、ヤンコーヴィッチの、セメレの、ミラノ王の、ペルシャのシャーの代わりにカードをとり、そしてカードから彼らの運命を見た。

　水曜だった、そしてこの日は特にカード占いにはおあつらえ向きだった。

　「まあ、老いぼれのぶきっちょさん！」彼女は、レゼダ氏がドアから頭を出したとき、ひびきわたる笑い声と共に叫んだ。「お入りなさい、遠慮はいらなくてよ。私の老伯爵たちはまだ昼食会の席についてるわ。お金持ちの農夫が一番早く来るわ、彼は早々と眠くなるからよ。あとで私が小さなサロンに連れて行くのよ。そこでなら寝られるしね。私たちは心ゆくまで話をしましょう。私を殺すところだった、あのミステリアスな冬の夜以来ちっとも会わなかったわね」

　マダム・ルイーズは思い切り笑って、健やかな歯を見せた（まだかなりあった）、そしてカードを並べる椅子の上でＲＫ氏がよく見えるようにと位置を変えた。手を目の上に上げて、じっくりと客人を見つめた。

　「とこかのやぶにらみのお嬢さんのスカートに座っていたそうね。トルコ人みたいに嫉妬している。ナターリア・ケシュコ[１１]にけとばされたときのセルビア王みたいに高慢の鼻を折られて、くそっとここに水を飲みに来たのね」

　ＲＫ氏は落ち着いて腰をおろした、小間使いにブラック・コーヒーを頼み、たばこに火をつけ、マダムが長い高笑いの後しばらくせきこんでいる間、待った。

　「うまくいかなかったと認めます、奥様。淑女たちの間で私がやるべきことは終わりました」

　「というと、また裏切られたのね」

　レゼダ氏は赤くなった。

　「それは言えません」

　マダムは笑い、手を振った。

　「あなたたちのことはわかっているわ。あなたたちが淑女と、女神と、わが人生と呼びならわした例のあまっこが当然の帰結として飽き始めると、彼女は他の男たちのチョッキのボタンまでじっと見つめ、嘘を言って楽しみ、鏡の前で、まるであなたたちなど部屋にいないかように長々と帽子を試してみて、たまにそのまなざしは見知らぬ場所を夢見ている。あなたたち、一生の間してはいけないと言われていることをやり続ける男たちは、あなたたちの指を鼻のてっぺんに置く。さあ、大変だ、何か恥をかくまえに、全ての女性から別れなくてはならないと大層賢くおっしゃる。

　この町の遠い地区からも、ブダからも村からも何人の人がここに来たことやら、その人たちの負った傷は致命傷に見えたわ、階段ではよろめきながら歩くこともほとんんど出来ないし、ピストルの筒がポケットからのぞいている」マダムは夢想にふけりながら続けた。「ルイーゼ、退屈だ、ルイーゼ、具合が悪いんだ。ルイーゼ、眠れない」こんな風に始めて、ときどきお天気の話までする、もうその心臓は、傷をこうむった女たちとの戦いの成り行きを語ってきかせたいという欲求でドキドキしているときに。彼らは笑い、皮肉屋になり、私のおかしな頓知を賞賛し、軽薄な女たちに、自分たちは彼女たちと結婚する必要のないことを示してやってくれと頼むの。私は静かに彼らに同情するだけなのに・・・あのやぶにらみさんはどこをけとばしたの？あなたの虚栄心？それとも心？」

　「私の若さです！」レゼダ・カズメールは答えた。

　マダム・ルイーズは、すでに人生の数しれぬきちがい沙汰を経験し、そして一番重要なものは何かという意見として靴下のつくろいを挙げる老婦人のように控えめに微笑んだ。

　「あなたの若さを傷つけたんですって？息子よ。私たち古い女たちは、男たちのもとには、若さはありさえしないと思っています、せいぜい女たちのもとにしかないわ。たとえ若い女たちは、経験を積んで苦痛を試した女たちよりずっと品性下劣だと覚えておかなければならないとしても。

　この貪欲な若い人たちは～ご存知でしょう、親愛なるレゼダさん～人生をますます耐えがたいものするのよ。卵のからを割って出てくることはほとんどなく、世間で周りを見回してみることもしない、しばしばかかとにひびが入っていて、手にも下着にも貧しさの臭いがする、門番と親しい親戚みたいな関係を続け、日曜午後にはケーキ屋かカフェで親戚の輪の中で座っている。そしてもう生きたいと望んでいる、貪欲に、渇いて、恥知らずに、ゆすりおどして。もしある伯爵が、例えば私にするように、彼女らに交渉をもちかけても、驚きさえしない、私は四十年ハンガリーの大貴族の間で生きていて、私の家に現れる息子たちと夫たちのふるまいが心配の理由になったとき、一度ならず年配の伯爵夫人がたと話し合う幸運にあずかったのよ。なくなられたヴェンクハイム・クリスティナ伯爵夫人は館に私を招待させ、こうおっしゃったの。「ルイーゼ、愛しい娘や、私はあなたが善良で賢い人となりで、一人の母親の息子ゆえの心配をわかってくれると聞いて、あなたという人を知りたかったの」私は伯爵夫人の手にキスし、私のありきたりでない教養と、鋭い理性と魂の高貴な輪郭をどれほど満足して心にとめてくださったか、決して忘れないようにしたわ。～今日びではどのドライなコーラス・ガールもすぐ宮殿に引越したがるの。私がセルヴィタ広場で花を売っていたとき以来、世間はひどく臆面なくなったと言えるわね、そして私はいつだって偽らずに心底から愛していたわ。信じるなら年とった女だけになさい、酸っぱいスープの中で泳いでいるお友達」

　レゼダ氏は手を組み合わせた。

　「最近までは、私はペストで一番老いた人間だと信じていました、淑女の世界の謎についてはもう何でも、彼女らが鏡の前でコルセットをしめつけるとき一人で何を考えているかさえ知っていると」

　マダム・ルイーゼは話したい気分だった。

　「私たちのうち一人とて何もわかっていませんよ」彼女は答えた。

　この間養子が隣の部屋から子犬のように腹ばいながら入ってきた、農夫の子供のように、頭には小さな赤い帽子と青いシャツ姿だった。

　「トゥニ！」マダム・ルイーゼは気をそらされて叫んだ。

　「この子が私の村の領地の相続人になるの。農夫に育てるわ。この小さな魂が私のもとで幸せになるの。私は愛した人を、ほとんど全部幸せにしたわ。私が育てた最初の養子は、もうひげを生やした商人で家庭があるの。私は彼の道徳心には注意していたわ。きちんとした若者に育ったわよ。トゥニのことも大人だと思えるまでは生きなくちゃ。農場の野外で角のあるしかを捕まえ、幸せに歌を歌うように。私の心はね、レゼダさん、愛なしには一日とて生きていけないのよ」

　ＲＫ氏はいささか悲しげにうなずいた。

　マダム・ルイーゼは子供を抱きしめた。

　「たぶんお金がいるんじゃなくて、悲しい騎士さん？ときどき古いお友達が、一時的なお金の苦境で私のところにくるの。不愉快なことだけど、でも結局人間は社会で生きているのね」

　「私が言いだしにくいお願いを思い切って言えるように、楽しませようとつとめて下さっているのは、もうさっきから気づいてましたよ」レゼダ氏は答えた。「ですが今度はご慧眼も誤りました。マダム。金の面では私はオーストリアーハンガリー銀行のようにきちょうめんになりました」

　マダムは手をさしのべて笑った。

　「ごめんなさいね、私は人間にはずいぶん失望されられたのよ。失望させられた？まずい表現ね。いつだって、どんな人たちだかはわかっていたのよ、私にだけは嘘をついた、私が美しく、若く、上品だったからよ。私という人間は彼らの目と虚栄心に訴えたのね、たまには彼らの欲求に。大勢の人が本当に愛してくれたのかもしれない。少なくとも壁の上のあのたくさんの夢見るような、理髪師のかつらをつけた、俳優みたいな写真は、男たちが贈り物にくれたのだけれど、あれが、私のために死んでもいいと思っていた騎士たちは写真機の前で私のことを思っていたのだと言っているようだわ。私は一度たりと彼らを裏切ったことはなかったわ、多分だからこそ愛してくれたのね・・・稀な黄金と、黄金より稀少な感情を贈り物にくれたの。それから突然～本当に突然、何か不愉快な驚きのようにそのせいで私は声をあげて泣くようなことがやってきたの、男たちは金をとりもどそうとし始めたわ。

　日中待ち合い宿のどこか隅に座っていなくてはならなかった間、一緒に昼食をとり、カードをし、不機嫌をぶっつけてやるような相手が出来るようにと、あの頃の私は小さなセルビア人の新聞記者のためにそこに小さな住まいを持っていたの。誓うわ・・・この言葉は私の口からでるとなんて奇妙に響くのかしらね。もう一度誓うけど、今あなたも考えていることは何一つ本当ではなくてよ・・・だからこそあんなに腹が立ったのよ・・・もし私が少なくとも、ある程度までは我慢出来ると思った一人の男にズボンや、ワインや、葉巻を買ってやったのなら、ことは全く問題なかったでしょうよ。マダムも年をとった、マダムは退屈している、マダムは幾夜か眠ることが出来ない・・・云々かんぬん。そのてのことはもう耳に入っていたわ。でもそのセルビア人は、小さなパイプの掃除道具みたいな臭いがしたの。彼の気性ときたら、酔っ払った老いぼれの門番みたいだったわ。彼は私にはお母さんで、人殺しで、秘書だった。地方の紳士たちが家の周囲で隠れて様子をうかがい始めたの、ハンサムで、ヒゲを染めて、アヒルの羽をつけて、毎週誰かが結婚の申し込みをしに来たわ・・・イヴァン・イリッチが、古い権利があって嫉妬している家の友人みたいに、全部家から追い払ったわ。やつらの借金、家族の中で起きた殺人、刑務所に何年はいっていたか、そして村で私ののどを切るナイフまで嗅ぎだしてきたわ。彼は私のことをののしったのよ、老いぼれのきちがいだと、自分の着実なあばら屋では、忠実な老いた男友達の仲間と一緒では安心出来ない、頭の狂ったわがままな女だって。私と結婚したがるようなやつは、どいつもこいつもろくでなしだと・・・

　一度私は彼の頭に名刺入れの銀のつるをぶつけてやったわ。あなたはろくでなしよ、私は彼に言ってやったわ、あなたは私がズボンを買ってあげた最初の男なのよ。少なくともまともにふるまったら。彼は出て行き、何ヶ月も家の前の歩道を散歩し、夜は隣のカフェで手紙を書いて、首を吊ってやると脅してきたわ。でもその代わりに、お腹をすかせて、凍えて、ぼろぼろになってもどってきたわ、台所をかぎまわり、召使たちを問い詰め、昔からの女執事を私にけしかけ、私の手紙を開封し、私の机をののしったわ。年とった女の召使たちと私は彼がこわくなり始め、恐れは頂点に達したわ、毎日、彼が私たちのうち誰を最初に殴るかと待ちかまえていたわ・・・・そのとき悪魔がある地方の公証人を私の行くてにつれてきたのよ。

　私はよく通っていたズーグリゲト（ブダ側の人気のあるハイキング地、ヤーノシュ山、サバチャーグ山、フニャディ山頂、テュンデル山、フェレンツ丘陵に囲まれた盆地）の端であの年よりのきちがいと出会ったの、だってその年よりのきちがいは弦のないピアノを私のために弾いてくれ、響かない声で歌ってくれ、冬には名物のコンポートでもてなして、もし私が病気になったら直してやると約束してくれたからよ。

　その公証人は緑色の帽子、黄色いひげの堂々たる押し出しの男やもめだったわ、そして隠者のところに薬草をもらいに来ていたの、季節の変わり目前にはときどき腰が痛くなったからよ。

　私は理由は言わなかった、私たちはいつもその隠者のところで公証人とだけ会ったわ、

彼と知り合ってブダの「赤いカエル」で婚約するまで。

　イヴァン・イリッチは何も知らなかった。

　そのころ彼は、かつては粗暴だった家宰を家から追い出したがっていたわ。

　次の日公証人が現れ、私は彼をイヴァン・イリッチに婚約者として紹介したわ。

　イヴァン・イリッチは青ざめ、帽子をとったわ、もう二度と彼と会うことはなかった。

　こんな風にして私はお嫁に行ったのよ、レゼダさん。婚礼の日に私をぶった公証人と最終的に別れられるまでは、地方にある自分の領地に行ってたわ」

　この学ぶところの多い物語の講演の間、レゼダ氏はまじめに耳を傾け、必要な場所ではあいずちを打った。

　「イヴァン・イリッチを行かせないほうが良かったのではありませんか？」彼はそっとたずねた・・・

　「とんでもない！」マダムは爆発した。「あいつときたら、あのろくでなし、三万フォリントもかかったのよ。彼を怒らせるためにお嫁に行ったのよ。私がズボン代を支払ってやった最初の男が彼だったことは、決して許せないわ。村の教会の鐘に私の金や銀をつすっかりつぎ込んでやったわ。ならず者の男があれを見ることはもう二度とないわ」

　レゼダ氏は賛同してうなずいた。

　マダムはまだ一分間この一件を夢見ていた。

　「もちろんイヴァン・イリッチこそが全ての原因だったのよ。もし彼があれほど陰険にふるまわなかったら、あの公証人は決して、私を打とうとしてズボンのひもを引き抜くことはなかったでしょう、ヨーロッパ最高の紳士たちがサロンをおとずれたこの私をよ！・・・でも結局誰のところにお嫁に行けたというの？・・・ペスト県の娘なのよ・・・トランシルヴァニアにお嫁には行けないわ・・・」

　レゼダ氏は再びうなずき、これにマダムはいささか気を悪くして黒い目を彼の上から下まで走らせた。

　「それであなたはどんな問題があるの？」

　ＲＫ氏は目を伏せた。

　「私は」と始めた。「十年前なら（今日がその日です）銃で胸を撃っていたような問題に巻き込まれたのです。今はしかし死ぬ気はつゆほどもありません、もう老いぼれてしまったようですから。私は恋に落ち、そして冷めてしまいました。・・・ある淑女がいささかいやな仕打ちをしたのです」

　「仕返してやりなさい」マダムは叫び、その黒い目がギラリと輝いた。「私はいつだって裏切ったりしなかったし、優しかったのよ。節操のない女たちはきらいだったわーペストではいわば他の人に目もくれなかった位なの」

　「私はもう老人です」レゼダ・カズメールは静かに答えた。

　それから目を伏せて手短に恋のてんまつを、メドヴェハーズの旅行を、アルヴィンツィ・エドゥアルドの予想もつかなかった恋を語った・・・

　マダム・ルイーズは恋のかげ口には熱狂したくせに、この話の間中ずっと無関心な顔をしていた。彼女はカードを取り出し、混ぜ始めた。

　「その件なら知っています」彼女は答えて、あくびをかみ殺した。「先日アルヴィンツィ氏がここに来たの。長いすに横になって、最後にここに来たときから彼に起きたことを全て懺悔したわ。彼は決して年をとらないだろう、そして今日も、三十年前私がシャツ一枚で一階の窓から逃げたときのように若いと彼に断言してやったわ、あのきちがいは、やきもちから、それともどんな理由からだったかもう誰にもわからないけれど、私を殺そうとしたの。そして出て行ってから、一籠の果物、いちご、アナナス、オレンジを送ってきたわ」

　ＲＫ氏はふむふむとうなずいた。

　「ところでその淑女のことなら」マダムは物語る口調を続けた「半年の間私のサロンに登場させるなんてことはしません、彼女は私に上流社会に連れて行ってくれと頼むでしょうけれどね。ディナーを催し、ＸかＹを、伯爵か公爵を、大僧正か演劇評論家を招待してくれと。これはもう、頭の中で「ハイ・ライフ」という概念を大文字で言ってる連中にいつでも起きることなの。社交界！ああ、それは遠くから見るとどんなに魅惑的なことか。宮殿、ロシア産の毛皮、上等な馬車、オペラの桟敷、特製の香水、へびみたいな伯爵たちと、何百年の同じ形のヒゲをつけているフェシュテティッヒ一族（ハンガリーの南西部に広大な領地を所有していた伯爵家）！

　赤毛の百万長者の娘はある伯爵のためならその髪を捧げたでしょう。私は退屈している、立派なレディたちから、私の力で本物の王様と知り合えるようにと私の友情にすがる手紙をもらったわ。良家の出のお嬢さんたちは私の女執事とひそひそ話しをして、人民劇場の女優たちは、ごくたまに私が劇場に行くと、私の首に飛びついてくるのよ。女たちは狂ってるわ、レゼダ坊や。あなたの淑女はこれから何年かはメドヴェハーズに、上流の生活に焦がれ、シルヴェステルさんとヴェンデーグヘジを夕食に繰り返し呼び、伯爵夫人みたいな帽子をかぶり、多分都心に住まいを借りるわ、カジノに近くにいたいでしょうからね。そしてやがては誰かのところにお嫁に行くわ。私は他の女たちの件には決して口出ししなかった、いつも自分自身の心に充分問題をかかえていたからよ。白椿姫は自分の人生を破滅させ、いずれいつかは神の座の御前で自分の責任をとるでしょう。軽はずみだったし、若かったし、恋をしていた。年よりの男たちにきいてごらんなさい、知っている者はみんなこう言うわ「ルイーゼは善良な女だった、どこにいようと、神よ彼女を祝福したまえ」ってね。あなたは詩人だわ、坊や、星々に見とれなさい。娘の目という名の星があるわ。美しい女性の星がある。妖精たちの踊りと水の精の星。天空を探しなさい。でも酒場にだって星はあるのよ」

　「私の問題につける薬のことは、やっぱり言ってくれませんでしたね、奥様」レゼダ氏は口の中で言った。

　マダム･ルイーゼは客人にカードを取るよう差し出した。

　「どこかに旅に出なさい。誰か女のところに」彼女はついでにつけ加えた。それからカードに没頭した。

　何分かの沈黙の後彼女は目を上げた。

　「世界で戦争になるのはご存知？私のカード、迷信の数々、星はもう半年も前から戦争を示しているの。ゲレールトの丘の上では毎日明け方、ハレーの名を取ったほうき星にペストの住民たちが見とれているけれど、尾のある星の出現は世界の始めから戦争を意味していたことに気がつくものは誰一人としていない。村にある私の木々は、とりわけ夏だと家の周りでざわめいたし、ときどきほとんど理解できるような言葉で私に語ったわ。祖父の墓がある墓地では、私が子供の頃知っていた死者たちが、革命時代の男たちが、墓で口をきいたわ。見捨てられた古い井戸は赤い水を見せたし、屋根裏にはまたケーニヒグレーツ（現在のチェコのフラデツクラーロヴェー、１８６６年７月３日ここでプロシア・オーストリア戦争の決定的な帰趨を決めた戦いがあった、この結果敗れたオーストリアはドイツ諸国の盟主の座を失った）以来煙突の中から動いたことのないあの槍騎兵の幽霊が出たわ。毎晩荒野地方の上の天空の色が、以前とは違っているのに気づかない？野のけものたちはより陰気で、もの静かよ。村の犬のほえ声には毎晩、以前のように安心させてくれる力はない。村の犬たちは月の中にいる悪魔を嗅ぎつけたみたいに、荒々しくほえているわ。馬たちは厩の中で噛み付き、いい年の農夫の顔にも若いものの顔にも死の特別なしるしが書き込まれているのが見える。老人たちは死に急ぎ、冬に代わって春になった、夏は秋のようにもの悲しく、渡り鳥たち、古い世界のこの正確な時計たちは秩序だってはいないし信用できないわ。何か大変なことが起きようとしている。昔ながらのハンガリーの生活は終わりよ、私のバラさん。世界は、主としてこの国は、災いを告げる運命にあってしかるべきであることだけが慰めね」

　マダムは擦り切れて丸くなったカードをなでた、それは高い金で買ったものだった、おそらくその人物図案をすでにナポレオンとナポリ王妃の手が何気なくもてあそんでいたのだ。

　「戦争になるわ！だからこそあなたの前にはカマの持ち手と兵士がいる。その上あなたは多分兵士になるでしょう」

　レゼダ・カズメールはこの有名なカードを冷笑的にじろじろ見た。

　「老兵もいいとこですね」彼はぶつぶつ言った。

　マダムは気を悪くして、カードをくくって引き出しに隠した。

　「ローザ！」隣の部屋から閉まったドアごしに眠そうな、しゃがれた、老いた声が聞こえた。

　「もう私の黄金の農夫が来たわ。あの老いぼれのきちがいは私をローザと呼ぶのよ、ルイーゼという名をうまく言うことが出来ないからなの」

　レゼダ氏は立ち上がった。

　「それじゃ・・・」

　「そうね。旅立ちなさい。もし誰か、過去に決してあなたに焼きもちをやかせなかった昔の女がいるなら。良い薬になるかもしれないわ」

　「私は、フェレンツ・ヨージェフのナイチンゲールにしてブダ城の白い女性、Ｋ・ルイザの姿を心に抱いてきました、会えませんか？」Ｒ・氏は目を伏せてたずねた。

　「それじゃ、私のところに来たのはそのためだったのね！ここではもう彼女は二度と見つからなくてよ、だって彼女は嘘をついたの、それも良き女友達にふさわしいやり方でね。私の老伯爵たちを誘惑しようとしたのよ」

　「ローザ！」先ほどの声が響いた。

　「私が新聞を読んであげるまでは、眠れないのよ」

　マダム・ルイーゼは隅のテーブルから古くて黄色くなった新聞を取り上げた。『日曜新聞』の１８５７年のものだった。

　「ちょっと見て、中に闘鶏か、古い老木についての記事があるかどうか」ルイーゼはぼそぼそと言って、拡大鏡を取り上げた。