第十六章 緋色の郵便馬車の休息
霜におおわれた春の太陽が天空をさまよい、雄羊は森羅万象の雪で覆われた野原にぶらぶらと出て行き、毎晩冷たく小さな星々が高みから降ってきて、ブダの屋根は青と白色になり、水の町ではある孤独な窓が夜を明かしていた。すなわちレゼダ・カズメール氏は、女たちが昔のきちがい沙汰や忘れた夢、ランデブーと誓いの数々を記した頭文字入りの手紙類を、ビロードの短いジャケットのおまわりたちが、いかなる値を払ってでも手に入れようと下の街角でうかがっているかのように、始末していたのだ。ＲＫ氏はある夜、誓いを全部火に返した。作者には、レゼダ氏がステロタイプのジェントルマンの感情は何一つ感じなかったことを断言する務めがある。禿げ頭の恋する独身者たちが感じやすいというのは、詩人たちと老嬢たちの幻想の中でだけなのだ。彼は壁から女の名前をナイフでけずり落とした、それらは長年来爪で、血のにじんだ指で、歯の間にくわえられた鉛筆で書き付けられたのだ。彼はクローンプリンツ嬢との明朝の出会いの準備をしていたが、一緒にいて否定しようなく幸せだったイルマに、別れの瞬間に何を言うか、すでに良く考てみようとすらしなかった。「いずれ何か思いつくさ！」そう思うと、いつもの習慣に反して、ブダの家の暗闇で墓の中の死者のように深くじっくり眠れるように、ろうそくを吹き消した。そして夢の中では、ある見知らぬ太った茶色い女が、女らしい好奇心から彼の口に向かって身をかがめた。茶色い女の胸と肩は、漆の木の霜枯れの花のように赤かった。その吐息は、フランス製のシャンパンの香りのように酸っぱく、新鮮だった。その声は、父親の恋を息子に語ってきかせる母親のそれのように、やわらかく深く響いた。彼女は、レゼダ氏が世界の創造を学んだ勉強部屋の地球儀のように丸かった、そこでは彼が神の僕の間に加わることにしたこと、男らしくないし、試合用の刀での練習では自分が目立つことはないのを恐れていたからだ、というはなしがあった。地球儀は地軸の周りを回っていた。ＲＫ氏は深呼吸し、薄目で旅出つ女のヴェールのように遠ざかる夢の後を追った。彼女は敷居をまたぐや、そこでアリスの不思議の世界のように突然大きくなり始め、彼にはまだ太った女のはだしのすねが見えた。彼は飛びあがり、冷たい水に頭をつけた。外では太陽が輝き、まるで今日この世の生活が始まるかのようだった。夢についてはもう、ベーコンを食べる間ナイフの峰にのっかる程度しか考えなかった。
「もしわが信仰が賭博を禁じていなければ、リンツの小ロットー（金を賭けて行う数合わせゲーム）で幾つかの数字を試してみるんだが」
ベーコンは、山を流れる川の未踏の氷のようにパリパリ鳴った、パンはお母さんの手のような匂いがした、シャシュ山の赤ワインは、新しい生活をもたらすひんやりした血のように、のどを流れ落ちた。彼は黒い服を着て、ヴェネツィアのドクターの象の頭のついた散歩用ステッキを手にとった。復活祭でもあるかのようにほがらかに、活発な頭脳で彼は春の通りに踏み出した。
ゲレールトの丘の急カーブのある坂道では、清らかな生活を送る年金暮らしの士官たち、肥満と戦う裕福な独身貴族たち、長生きにこがれる年配の紳士たちが朝の時間、時計並みの正確さで行ったり来たりしていた、一人の、かかとまで届く毛皮、一本のキジの羽で飾られたパリ製の帽子、リラ色のヴェール、クロテンのマフ姿のほっそりした淑女がレゼダ・カズメール氏に向かって、小説のヒロインのようにやってきた。
「ああ、あなたは高貴なる現象だ」ＲＫはほがらかに言い、まるで淑女の唇のけいれんに全然気づかないかのように学生っぽい気分で帽子を持ち上げた。
「あなたとお話したかったの、多分これが最後。私たち両方とも、平静に、苦しみや誤解なしで別れるだけの価値はあるでしょう？」クローンプリンツ・イルマは言った、この朝彼女は貧しい詩人が知り合いになりたいとあこがれるような上流社会の淑女のように、高貴で美しかった。（彼女のカモシカ革の手袋は、イルマが優しく、だがきっぱりと引き抜くまで、R・K・が一分ほどわが手の中のその小さな手のことを忘れてしまうほどよい匂いがした）
「グラーツィアースからきいています。かわいそうなお父さんはシャシュ山の上でおそらくちっとも健康になりそうにないので、私はあなたの忠告で彼を父親に、後見人に、私の財産の管理者に選んだのだけれど、彼がお友達が旅の支度をしている、遠くに行ってしまってたぶんブダにはもどってくることさえないだろう、と言うのを私は黙ってきいていたの」
「運ぶのが大変な私物の一部は、すでにある運送業者の倉庫に運びこみました」
「どうして私たちのところに送らなかったの？うちの屋根裏で本だの、家具だの、お気に入りの絵だの保管したでしょうに。あなたの荷物はグラーツィアースのところよりはましな場所にあることになったでしょうに」
「今までの生活で私は、友人たちに充分な心配をかけたのですよ」ＲＫは静かに答えた「私は別の人間になりました。生活と人間の友人たちを尊敬しています。以前はもし私が死んだらどうなるのだろうと考えるときは、前例を理由に、いつも意地悪な喜びを感じていました。誰が棺おけ代を、聖歌隊を、鐘つき代を、泣き男たちを、その他の、死でチップを得る人々に払うのだろうかと。必要な書類をかき集めるまで、気の毒な老グラーツィアースをまちがいなくずいぶん走りまわらせることになったでしょう。ある静かな秋の午後やっと、私の墓標の前に座るのと同じように、何かしら安堵をも彼のために手に入れてあげたのかもしれませんが。－このごろは私ももう問題ありません。私はある退役軍人の会に入りました、それがアルブレヒト大公の行進曲を私の棺おけの後ろで演奏し、タバーンと水の町の管理人たちが（大家たちが）私の葬儀で兵隊を演じ、行列が出るときには、通行人は誰か隊長が死んだのだと思うでしょう」
「あなたには多分悩み事があるんじゃなくて？」しとやかにクローンプリンツ嬢はたずねた。「あなたはお友達のグラーツィアースを信頼して相談してかまわないのよ。何のせいでここから旅に出たがっているのか、その状況を彼に打ち明けることなるかもしれないの
はわかっているわ。もしあなたがこれから先もヴィズィヴァーロシュにとどまってくれる
なら、お母さんはとても安心するでしょうね。グラーツィアースはもう年寄りだし、人生を本当に理解してはいないわ。そして私たちにはお友達がいないのよ」
レゼダ・カズメールは涙ぐんだ目でイルマの手に口づけした。
「あなたの善良さはわかってますよ、親愛なるイルマ。－女たちを侮辱する者は、みなろくでなしです。私は一生を通じて経験してきましたが、女たちは理解し難く、ほとんど謎めいたやり方で私に優しくしてくれたのです。なんと高貴に、何の期待もせずに、自己犠牲的で考え深かったことか！私が悪い女たちの罠に落ちたことなどほとんどなかったのは本当です、聖なる母が私のためにマリア様に何度も祈ってくれたのです。女たちは私の人生の小道の、秋の果樹の木々のように祝福された存在でした。りんご、なし、黄金の葡萄がその小枝から私の帽子に降り注いだのです。やがて彼女らは、よき心から響き渡る音楽のように私の額からしわを拭い取ってくれました。彼女たちは小さなクリスマス・ツリーであり、照明で好意、理解、家族的な感情を照らし出したのです。遠くから見て彼女らに、いずれ私が自分の希望のなさ、無目的さを終わらせる首吊りの木のような影があっても、そのときだって、怖がりながら丘に近づくと、悪しき魔女が私の前にその絵を魔法で作り出してみせたのだということがはっきりしました。リラの木の花が開き、その下を小川が走り、その水は私の心を癒してくれました。彼女らはその下で私が何度も休息した、守ってくれる樹木だったのです。私がその鏡でもっと高貴で、もっと美しくなった自分の姿を見た、心優しき泉でした。私の心から苦痛のマルハナバチたちをさっと払い落としてくれた南風でした。私の愛人たちは同時に私の母親でもあったのです。もしもう一度青春時代を始められるとしても、より優しい道を行くことは出来ないでしょうーでも、今は心配事も、問題もありません。春です。ぶらつきたいと焦がれています。
「私たちのところから遠くに行ってしまうの？」イルマはいくばくかの沈黙の後たずねた、その間悪い方の目を春の地面に据えて、フォックス・テリアの前足に似たその足は小さな灰色の敷き革を入れた靴の中で夢見、空想にふけっていた。
「風が行ける位のところに行きます」
「たまには会えて？」
「あなたが目を閉じれば」
「あなたの声が聞こえる？」
「もしあなたが耳に両手を当てて、あなたの心臓が一人だとどんな風に脈打つかに耳をすませば」
「あなたの手を握れる？」
レゼダ氏は答えなかった。
イルマは質問を繰り返した。
「あなたの手を握れる？」
「いずれいつか・・・多分私はまだ昔のブダの家々にもどるでしょう、幸福で、不幸で、しかし若かった場所へ」
「もし私に問題が起きたら、幸運は私を見放すわ、私の心にはへびが、そして私の夢の中には怪物がすんでいる。私を悩みから解放してくれる言葉を、あなたから教えてもらうことが出来て？」
レゼダ・カズメールは頭を上げた。彼のまなざしは平静で、快活で活発だった。
「その言葉は今もう言ってあげられますよ。多分お役に立つでしょう。古代のインドにあるさすらいの修道僧がいました、名前をブッダといいました」
クローンプリンツ嬢は希望を失って頭を振った。
「あなた方男って、迷信だの、こだわりだの、良きにせよ悪しきにせよ理想だの、人生の苦い問題の中で縄を投げる波止場の杭みたいなものでいっぱいなのね。政治、学問、詩、コレクションにゲーム、どれも毎日の生活の悩みから、その壁の中に逃げ出すためのこだわりなんだわ。でも私たちあわれな女は、感じやすい、開けっ放しの、ほとんど裸の心で人生を行き来するのよ。悩みをある程度の時間治療してくれる軟膏を見つける唯一の場所は、教会だけなのよ」
「ブッダは、まさに悩みから開放する宗教を開いたのですよ」レゼダ氏は答えた。
クローンプリンツ・イルマは低く、ほとんど許しを請うように自分の言い分を続けた。
「私はまだ生きたいのよ、五月には二十四歳になるんですもの」彼女は恥ずかしそうに言った。
ＲＫ氏は優しく娘の腕をとり、道端のある長いすの自分の隣に引き寄せた。低く、悩みもなくさらに快活に語った。
「十年前私は自殺未遂を起こしました、まだ三十歳にもなっていなかったからです。タバーンのある古いコルビン（ワタリガラス）の紋章のある家で回復を待ちました、そして私の傍らには、彼女ゆえにその行為をやらかした女性がいました。
私たちにはたまに小さなボニファーツ・ベーラという訪問客もありました、彼は長い放浪の末、徒歩と、汽車とドニエプル川のいかだでディデリ・ディルの娘たちとシベリアから帰国したのです。彼は結核とブッダ信仰を地球の反対側から持ってきました。一週間というもの貨物車で羊や、けむくじゃらの子馬や仏教の僧侶たちと旅したボニファーツ・ベーラのピクニックの間、どこか中国との国境で、そこにはコサックの警備隊がいて、娘たちは退屈している将校たちを楽しませるためにハンガリーの子馬も踊りを跳んでみせたのです。その貨物列車でボニファーツ・ベーラは改宗し、中国の祈りを習いました、そしてブダに到達し、真の古い神ですらもはや十分にあがめてはいないこの国で、ブッダの新たな信者たちを獲得しようと骨を折りました。東の国の神は、不幸な小さな僕に驚くべき雄弁という衣を着せました、おそらく彼はどんなときよりもぼろぼろでした。でももうなぜぼろぼろなのかは、わかっていたのです」
「だがその頃私はまだ若かった」レゼダ・カズメールは瞑想にふけりながら続けた「そして小さな友の教えの重要性を、人生からの素晴らしい狂気の重要性、ブダの山々の見捨てられた洞窟か孤高の木々の下で足を組んで腰をまっすぐ伸ばし、眠らずにそらした頭でくつろいで座すことの重要性を、ほとんど自分のものとすることが出来なかったのです。どうして自分は悩みから開放されたくないのか、欲求から逃げたくないのか、自分の体を打って、その終点では炎も安らぐ涅槃の天国に通じる八層の道（仏教の八正道）に進みたくないのかと、何度たずねたことか。そんなときは愛しい人を見つめ、頭を振りました。まだ三十歳をすぎてはおらず、自分こそが、もう何も持っていない、不運だけが楽しみの不幸で高貴な人間だと思って喜びを得ていたのです。
あれ以来十年が過ぎました、ぼろぼろの小さな友の教えを忘れたことはありません、そしてますます彼らの思い出を蘇らせ、静かな午後、インドの僧侶、有名なゴータマ・ブッダについて本を読みました、彼は舅と出会って、彼の女のいない、深まる幸せな生活のことでとがめられたとき、生涯にたった一度だけ微笑んだのです。年月が過ぎ去った後、私の中では、私の悩みからは仏教によってのみ解放されるという思いがますます強まっています、私の目的もなく、取るに足りない、無為な、悩み多い官能的な生活は、八層の道（
八正道）に足を踏み入れさえすれば、終わらせることができるのです、それは二千五百年前に、ある砂とジャングルに埋まった町、インドの町ルンビニで生まれた賢人が、幸福への道と定めたものです。晴朗な注意深さ、満足、静かな平安、永遠の平和がこの宗教の追求するものの中にあるのです。もしこれに従えば、善良さと寛大さ、地上の感情からの開放、永遠の汚れなさと肉体の消失が私の得る報酬です。もしここには肉体しかなくて、感覚だけしかなく、思考だけしかなく、生じては過ぎ去る現象しかなくて、私には無関心に触れていくだけだと考えたとしても、私はこれ以上悩まないでしょう（だって私の全ては私を超えたところにあるのですから）。私は森の一本の木の下に座し、一人で私が考えたいことだけを考えます。良きことだけを、美しいことだけを、悩みのないことだけを、そして世界の人々が至るところで何を考えているかには心をわずらわさないことにします。「魅力的だ、兄弟よ、ゴジンガムの森（釈迦の住居の地だった「（天竺）五精舎」？）、神の清らかな月世界の宵、木々はすっかり花満開だ。天空の香りが君のまわりで揺らめいていると君は思うだろう」そして私は瞑想し、癒されたのです。イルマ、あなたと知り合ったとき、そしてあなたのためにもう一度日常的な生活にもどったとき、私は内側からすでに仏教の修道僧で、かりそめの姿の比丘（僧侶）でした。ここでは大きな苦しみ、試練や思い悩むようなことが私を待ちうけていることはわかっていました、私は信仰によって約束された色褪せることのない生活を危険にさらしました、老化と死の段階を踏みました、修道僧なら決してそれらを恐怖の中で知ることはなかったでしょうに、善良さと美しさの中でのみ知るべきだったのです・・・あなたのやぶにらみの目ゆえに私は仏教徒の天国、涅槃からもどってきたのです。
私はここにいました。
私がある日、その下で初めて足を組み、腰を伸ばして活発な思考と共に座したシュヴァーブ山のあの孤高の木、あの木を探している間～私はそこではインドの神々に自分を捧げたのですが～驚くべき、無頓着で理解出来るようになった日常生活の知恵がもどってきました。賢人たちと老人たち、ひどく苦しんだものたちとあざむかれたものたちの神ゴータマ・ブッダがインドの森から私に吐息を吹きかけたのです。人生はこれ以上は苦痛ではありません、娘よ。八層の道を私は再び歩きました、そして今日天国に旅立つのです」
「仏教徒になったの？」イルマは仰天してたずねた。
「いつだってそうでした、ただわかっていなかったのです。大抵の男は四十歳代が近づくと仏教徒になります。嘆いてはならぬ！と私の宗派の第三の命令が言っています。この規則を守ろうとしないのは、愚かな老人たちだけです」
クローンプリンツ嬢の額には、両眼の間に一本の厳しく、断固としたしわが攻め寄せた。彼女は心を決めてその場から立ち上がった。手袋をもてあそび、それから涙を浮かべた腹立たしげな目で忘れまいとしてレゼダの顔を見つめた。
「賢い人だということはいつだってわかってわ」彼女は押さえつけた声で言った。「でも、信仰の説得で私の道を退けるなんて、夢にも思わなかった」
くるぶしまで届く毛皮を着て、静かに、頭を少しばかり前かがみにして考え込みながらクローンプリンツ・イルマは急カーブのある坂道を出発した。その肩は本当にか細かった、間違いなく胸の病に苦しめられているのだ、首は短かった。そして天国の女性のように心をひきつけた。ＲＫ氏はブッダのある言葉で自分自身を慰めた。
「打ち勝つのが困難な欲求を押さえつけようとする者は、そこから、はすの葉から水滴が落ちるように、苦痛がしたたり落ちる」
急カーブの坂道の曲がり角でイルマは振り返った。レゼダ氏はこのときすでに、青みを帯びた影で春の接近を知らせる菩提樹の下で足を組んで座っていた。そしてちょうど朝だったので、二本の手を頭の上で組み合わせ六つの方位を拝んだ。東、南、西、北、点底、天頂を。ペストとブダでは鐘が鳴っていた、まるで大きなコンサートか何かの準備のために寺院の塔の見張りたちが楽器を調律しているかのようだった。午後裕福な人物が埋葬されるのだ。
仏教徒は頭を起こして、春の大地に幸福に座していた。
あと書き
私はあるときヒーツィング(ウィーンの 南西部１３区)で五月を過ごした、そのとき星十字騎士団の淑女たちがシェーンブルンの方から教会の旗をおし立て近づいてきた、マリア・テレジアが習慣としたように、ヒーツィングの礼拝堂に例年の巡礼の行進を行ったのだ。二つの国の上流社会の淑女たちは教会の歌を唱えながら、日差しの照りつける緑の木々の道を行進した。彼女たちの服には記章が、顔には心動かす熱烈な信仰があった、私の記憶によればマリア・ヨゼファ大公妃が行列を率いていた、行列はちょうど、マーリア・ポーチ（ハンガリー北東部ニジジハーザ近郊の町、現在のニールバートル）へ進む農夫の女たちの軍勢のように、ゆっくりと進んだ。公爵夫人たち、伯爵夫人たちは敬虔に頭を下げ、その心中では熱烈な信仰が花開いていた。
私は一本のリラの潅木の隣からこの星十字騎士団の女たちの一団を見ていた、肖像画から何人かのハンガリーの伯爵夫人の顔を見分けた。
行列の中ではサープリス姿（聖職者等が着る袖の広い白い法衣）の宮廷主任司祭以外にもう一人の男性がずきんを外して進んで行った。その男とはアルヴィンツィ・エドゥアルドだった、彼は、まるで生涯を通じて巡礼をしてきたかのようにゆっくりと、心動かされてぶらぶら歩いていた。
稀な、良い匂いの行列は通り過ぎた。公爵令嬢たちは、空の天使のように、遠くで歌っていた。旗は綿雲のように揺れていた。祝福された五月だった。
この後まもなく私はウィーンのある新聞で、フェレンツ・ヨージェフの不興のせいで彼の不在を余儀なくされていたウィーンの上流社会に、アルヴィンツィ・エドゥアルドが再び現れたらしいというニュースを読んだ。これによればエドゥアルドはフェレンツ・ヨージェフの不興を蒙ってはいなかったらしい。
ペスト、１９１７年、コシュの月（三月）