（ラースロー邸のホール。背景下手にドア、そこから八〜十段位の階段が下に続いている。上手及び背景の右側には庭にガラス張りの温室がある。上手前方にドア。長いす、ソファ、レターセットののったテーブル）
物語は同じ日の夜、真夜中すぎ）
第一景
客人たち、後でエルザ、悪魔
（幕が上がると、紳士淑女たちがホールと温室の中をそぞろ歩いている。背景のドアは飾りつけられたサロンに通じている、開きっぱなし。階上からはワルツが抑えられた音量で聞こえてくる、ジプシーの楽団が演奏している）
第１の淑女 あなたがさっき放り出してきた、あの色黒の方はどなた？
第２の淑女 存じませんわ。
ある紳士 私にも無礼でしたよ。私は十二年前に名前をハンガリー風に改めたのに、それでも古い方の名前で呼びかけてきました。
第１の淑女 誰なのかしら？いやなやつ。
第２の淑女 彼は主人のところに行って、「今夜はあなたの入れ歯がコップの中でガチガチいう位寒くなりそうですよ」と言ったんですのよ。
ある淑女 ヨラーンはサーキ・ヤーノシュが招待させたのだと言ってましたわ。彼の友人だとか。（その間騒音）
太った淑女 （階段を下りてくる）前代未聞だわ
太った淑女 あの色黒の男、サーキの友達ったら、トート・エルザを味方につけたのよ。あのはねっ返りエルザを。そしてエルザを攻撃した人全員に意地悪を言ってるの。例えば私はエルザに「あなた、今夜はあなたここでお嫁にいかされるのね、私もとうとう何も知らないお人よしの役をやることになって嬉しいわ」と言ったわ。するとあいつは私に「あなた方は象さんの役ですね6」ですって。象って何だかは私知ってるわ、でもこの体形で私にそれを言ったら・・・
（身ぶるいして、声高に悲鳴をあげる）
第一の淑女 来たわ！来たわ！エルザとやって来たわよ！私はあいつと顔を会わせたくないわ。
第二の淑女 私だって！（彼女らは温室を通って逃げ出す。多くの紳士たちも陽気に彼女らの後を追う）
ある紳士 （階上のドアのところで）来たぞ！
（突然沈黙が落ちる。その紳士も逃げ去る。階上のドアのところにエルザと腕を組んだ悪魔が現れる。彼らはゆっくり階段を降りてくる。彼らの背後ではドアが閉じ、音楽がやむ）
悪魔 （淑女たちに）みなさん方、ここはたいそう静かですな。これほど大勢の淑女方が黙っておいでのところでは、誰かの悪口が言われていたということですね。
（低い笑い声。つぶやき、どよめきのうずがおこる。悪魔はエルザとともに前方に出てくる）
エルザ どうしてここに連れてきたの？私、二人っきりでお話出来る場所に連れてってと言ったのに。
悪魔 二人っきりになるには、あと五分ほどかかります。ただ私は全員に、それを言ったら出て行ってしまうようなことを言わなくてはならないんです。孤独を達成する者は、それがどんなものか良く知っているんです。
エルザ あなたはどうして誰でも彼でもに無礼なことをおっしゃるの？
悪魔 今夜私はここである課題にけりをつけなくてはなりませんし、そのためには一人になる必要があるのです。今からもう私が感じのいい人をやっていたら、私のまわりには集まりが出来てしまいます。もし私が黙っていれば、最後まで話を聞いてあげる人が一人もいないあのお年寄りたちが、私のところに詰めかけてきて、離れてくれないでしょう。というわけで私は感じ悪くふるまうのです、一人になりたいのでね。意地悪な言葉とは、傲慢な連中への殺虫剤です。とにかく今は私に駆除を任せておきなさい。（太った淑女のところへ行く）さきほど私が申し上げたことを、意地悪だととらないで下さい。われわれはここでは今日、全員が象（おじゃま虫）なのです。
太った淑女 ありがとうございます。重ねてありがとうございます。
悪魔 これは名目だけの新築祝いのパーティーにすぎません。実際には象の大パーティーなのです。われわれはだからこそ今日、ここにたむろしているのです、いつラースロー夫人がはねっ返りのエルザをお嫁にやるのか、見なくてすむようにと。
第一の淑女 サーキ・ヤーノシュと結婚させられるんだと聞きましたわ。
太った淑女 それってとても美しい、気高いことですわ。
悪魔 これは新しい流行ですな、崇拝者を結婚させるというのは。
第二の淑女 皮肉をおっしゃってもムダですわよ、少なくとも尊敬すべきことなんですもの。
第三の淑女 きちんとしてますわ。
悪魔 男が危険なものとなり始めたとき、「どうしよう、この人とても興味があるのだけど」と思し召したとき、もし彼があなた方のところで夕食をとると―鎮静剤なしではお休みになれないようなとき、あなた方は突然彼を捕まえて妻を世話するのです。私は、その方法ですでに二人やっかい払いしたあるレディを知っています。一人はある技術者でした。
第二の淑女 （自分のことだと気づいて）ビュッフェにシャンパンを一杯いただきにまいりませんこと？（もう一人の女と一緒に階段を出て行く）
悪魔 （太った女に）きちんとしたままでい続けることは、ペストで考え出された唯一のトリックです。この怠惰な都市で。他の土地だと女性たちは自分の恋を最後までまっとうします。道を踏み外すにせよ、己れと闘うにせよ、そのせいで痩せ衰えるにせよ、それに疲れ果てるにせよ―しかしこれはどん百姓の解決法です。ドラマを回避するということ、これこそがわれらの解決法です。私は、こんな収まるべきところに収まって終わる魂のドラマは好きじゃありません。こんな女性は列女ではなくて、職業紹介所です。
太った淑女 まあ！
悪魔 あなた方は決して、決して危険を犯してどこかにたどり着いたりはしません。あなた方はフランスやロシアの女たちのように魂の危機を備えていらっしゃらない。あなた方は、水や泥や雪の中を歩こうとはなさらない。あなた方は肉体的にも精神的にも羽布団にくるまって座っておいでだ。ただドラマだけはおことわり！たとえ劇場のやつでもおことわり！心をかき乱す男よ―去れ！Fort mit Shaden!2 そして こんなのをハンガリーの作家たちは女性の人生の謎と呼んでいるのです。ブダペストの女たちに乾杯！(二，三人の女たち気を悪くして去る)
第一の紳士 あなたは我らがレディたちのことを見下して考えていますよ。
太った淑女 彼にどんどん言っておやりなさいよ。（第二の紳士を指さす）このボダイキ氏を見てごらんなさい。この人はまだ、女たちを敬っていた学校の出身でしてね。男が相手だと勇敢です。私たちが相手だと器用な子羊みたいですのよ。
悪魔 （彼をじろじろ見つめる）私はシーツ交換の器用な子羊は好きませんな。（第二の紳士気を悪くして遠ざかる）
第一の紳士 あなたは我らがレディたちについて、見下して考えておいでですな。
悪魔 見下しててはいません。自由に考えているのです。私は自由な考えの持ち主です。こんな言葉でびっくりしないで下さい。これはペストでは自由に考えるということを意味しています。義務を意味しているのではありません。（第一の紳士気を悪くして去る）
太った淑女 もしいつかあの人たちみたいに黙って引き下がったりはしないような人に出会ったらどうなさるの？誰か勇敢な人に出会ったら。もしここに主人がいたらねえ。彼はいつかサーカスのレスラーをぶんなぐったことがあるんですよ。
悪魔 臆病者の坊主だ！
太った淑女 何ですって？
悪魔 奥様、それは今はもう勇気とはいえません。以前私がどこかのあるスポーツマンをぶん殴るには勇気が必要でした。ご主人に一人の不幸なやつをあえて公然とぶんなぐらせてごらんなさい。そのときは私も、彼が勇敢な人物だと信じましょう。
太った淑女 そう、それは結構なこと。ロバは死せるライオンを蹴った、と書かれていますわ。
悪魔 おやおや！ロバたちにはもうすっかり新しいやり方があるのですよ。彼らは死せるライオンたちにキスするのです。ひょっとして治るかも？
太った淑女 あなたって我慢ならないわ。
第四の淑女 クリステンの奥さまと始めてもムダですわ。この方をへこませる
ことは出来ませんのよ。この方は私たちの中でもっとも男らしい女性なんですもの。
悪魔 男らしさは立派なことです。高級な葉巻は良い香りがします、でしょう？ですがあなた、葉巻の香りのするすずらんの花をどう思います？
太った淑女 （第四の淑女に）これはあなたのおかげですことよ。（気を悪くして去る）
第四の淑女 ほら、あなたったらあの方とずいぶんお上品にお話なさいましたのね。
悪魔 彼女とお上品に話すなんてことはないでしょうな！あの方を見習うことです。あれで貴婦人、台所女中ではないとくるんですから。
第四の淑女 私もうこのお話はたくさんですわ。（去る）
悪魔 （ある淑女と話していた第五の淑女に）このご婦人のご主人は室内装飾業者ですね。
第五の淑女 ええ。どうしてご存知？
悪魔 お召し物からですよ。昨今もう、こんな生地を着て歩くのはひじかけ椅子とトルコ風の椅子位なものですからね。でも彼女に言ってはいけませんよ。
第五の淑女 （笑って）何を考えてらっしゃいますの？（笑いながらもう一人の方へ行く）あなたね・・・
悪魔 （エルザに）彼女今言ってしまいますよ。
第五の淑女 （第六の淑女に）でもそれで怒ったりしないと、約束してちょうだい。
悪魔 彼女今約束するでしょうな。
第六の淑女 お約束してよ。
第五の淑女 あの方こう言ったのよ、・・・（彼女と話す）
悪魔 そして今度は怒りますよ。
第六の淑女 失礼ね！
エルザ そんなことどうしておっしゃったの？
悪魔 出て行ってくれるようにですよ。
エルザ どうしてご本人に言わなかったの？
悪魔 彼女らが仲たがいするようにです。
第五の淑女 これぞ最大の思い上がりというものだわ。（出て行く）
第六の淑女 でもリリ、ね、怒らないでちょうだい・・・（後を追う）
悪魔 一石二鳥と。（周りを見回し、まだやっつけていない最後の一人を見る。それはある高齢の紳士である。彼の方に行く）
高齢の紳士 （飛び上がる）ラドヴァーニ・ラドーともうします。
悪魔 （繰り返す）ラドヴァーニ・ラドー。ふん・・・
高齢の紳士 もちろん、ラドヴァーニ・ラドー。
悪魔 ふん、あなたあの古き良きハンガリーの名前をご存知ですかな、フュシュポクという。
高齢の紳士 知っていますよ。
悪魔 フュシュポク。もしこれを人が見たら、思考力が望むようにピュシュポク8と読むでしょう。私なら一回でピュシュポクだと誓うでしょう、そしてそれからよーく眺めてやっと、ピュシュポクでなくてフュシュポクだとわかるでしょう。
高齢の紳士 それで一体何がおっしゃりたいのです？
悪魔 何も。宗旨変えしたユダヤ教徒を見るといつも、そのことを思いつくだけです。第一印象はピュシュポク、後でもうずっと前からフュシュポクであると明るみに出ると。
高齢の紳士 （気を悪くして去る）
悪魔 （エルザに）さて今度こそ、二人きりになりましたな、ご下命下さい。
第二景
エルザ、悪魔
エルザ あなた、私にも言い返してやりたくなるような失礼なことをおっしゃったでしょ、だから話を途中でやめたんですわ。（音楽に注意を向ける）カドリールのダンスをやってますわ。放棄なさるの？
悪魔 二人のためなら四人9の方はいつでもあきらめます
エルザ 私に礼儀を尽くすことで、軽蔑してるの？
悪魔 いいえ。私が礼儀正しいときは、自分自身を軽蔑しているのです。
エルザ そんな風にお話なさるのは、私好きですわ。だって私は無作法にされるのが普通ですもの。どの男も私に対しては、どの位無作法になれるものか試してみようとしますの。私すごく横柄だというので、こんなあだ名がつく位・・・
悪魔 存じていますとも。
エルザ 私はねっ返りのエルザというんです。
悪魔 存じています。
エルザ あなたが弱気に出ると、私混乱しちゃうわ。それじゃ私噛み付くわけにはいかないじゃありません。お願い、もうちょっと無作法になってちょうだい、そもそもあなたがあんなに感じ悪いので、大勢の燕尾服の連中の中からあなたを選びだしたのに。
悪魔 どうぞご下命下さい、お嬢様。
エルザ それじゃ私今度は、あなたにどんな風にはねっ返ったらいいのかしら？
悪魔 私は忠実は僕です、お望みのままになさって下さい。
エルザ まあ、なんて礼儀知らずかしら。（立ち上がる）
悪魔 打ち切りですか？
エルザ （突然）いいえ。カドリールの鐘が鳴ったとき、あなた何かヤーノシュのお友達だって、私に思わせるようなことおっしゃったでしょう？そうなの？
悪魔 そうです。
エルザ ご存知かしら、私はあなたみたいな燕尾服姿の人がいうことは本気にしないの！こんな風にパーティーで話題になってることって、昨日のニュースみたいなものですもの。でも燕尾服どもと半分しか着てない連中は私のこと笑いものにしていたわ。
悪魔 誰がですって？
エルザ 女たちです。そうして私、それだけはごめんですわ。笑いものにはなりたくありません。私、世間の見方を啓発してやろうと決めましたの。あなたの質問はタイミングぴったりだったわ。聞いてちょうだい。お座りになって。
悪魔 どうも。（座らない）
エルザ お座りになってったら。これは礼儀からではありませんの。私、話し相手が腰かけているのが好きなんです。すわっている人と向かいあってなら、人間もっと簡単に正直になれるものですわ。
悪魔 わかりました。（座る）
エルザ あなたは私に、ヤーノシュに差し出されたのは私なのか？っておききになりましたわね。そうきいたでしょう？
悪魔 そうです。
エルザ 彼のところにお嫁に行くのは私か？とは、ききませんでしたよね。
悪魔 そうはきいてません。
エルザ ならもちろん私がそれですわ。でも私のそのことでは誰も楽しませてやったりしませんわ、私はみんな知ってるんですもの。おわかり？何があるのかは、私知ってるんです。
悪魔 そうですか。（立ち上がろうとする）
エルザ お座りになって。後で出て行ってから「ざまあ見ろ」と笑うんだったら、私のところにお祝いを言いに来てほしくなんかありません。私は毒を飲みくだしたりはしません。おわかり？私は、あなた方が誰なのかわかってますわ。あなた方はみんな同じマフィアのメンバーなんだわ。あなた方はみんな、私をあの男に押しつけたいんだわ。
悪魔 何ですって。
エルザ 下らない坊主ども、はらわたまでお見通しよ。私、プロポーズされたら彼のところにお嫁に行きます。いいこと？彼のところにお嫁に行きますわ。
悪魔 そうは思えませんな。
エルザ 信じようが信じまいが、私彼の妻になります。
悪魔 それじゃもし私を信頼して敬意を表して下さるというなら、私も自分の意見を申しましょう。この話はうまくいきませんよ。（立ち上がる）
エルザ お座りになって。
悪魔 失礼、今度はあなたがお座り下さい、今度は私の方が正直にならなくてはなりませんからね。私はあの結婚相手の個人的な理由を知っています。ですがあなたは・・・（そこへ召使が一人やって来る）ちょっと。（召使立ち止まる）ここに僕のクローク番号がある。僕のコートに茶色い革のポシェットが入っている。それを持ってきてくれ。
召使 かしこまりました。（去る）
悪魔 あなたは理由を知らないか、でなければ・・・
エルザ でなければ
悪魔 でなければ知りたくないか、ですな。あなたは足を突っ込んでしまった・・・
エルザ 何に足を突っ込んだんですの？ぼかして下さらなくてけっこう、ちょうどそのことを言いたかったんですから。私は他のある女の人を愛してるある男の妻になることに足を突っ込もうっとしてるんですわ。人が聞いたら失神しちゃいそうなことを言ってみせましょうか？だから私はそのときになってもまだ他のある女の人のことを考えてるだろうある人と、男が女に与えることが出来る一番美しいもの、ファンタジーをある人のところに置いてきた人と一緒に教会の中を歩いて行こうとしているんです、彼が私と結婚するときにね。あなたははねっ返りのエルザをわかってないんだわ。
（召使は皮のポシェットを持ってきて、悪魔に差出し出て行く）
悪魔 この話題がこんなにもあなたを刺激するとは思いもよりませんでした。
エルザ （興奮をつのらせて）でも誰にも私のことを笑いものにはさせたりしないわ。私のことを追い詰めてやったなんて思わないで！私をお楽しみのネタにはしないで！燕尾服どもにも半分しか着てない連中にも、私には自分がどこに行こうとしてるのかわかっているんだと、知ってもらわなくては。わかってるわよ、誰かさんの愛する人のために行くんだって。私は誇り高く、頭を上げて行くのよ。全部わかっているけれど、それでも彼のところへ行くのよ。
悪魔 なぜです？（皮製のポシェットを開く）
エルザ だって・・・あの人が好きなんですもの。（突然声をたてずに泣き出し、あえぐ）
悪魔 どうぞ！（開けたポシェットから上等な女物のハンカチを取り出して渡す）女性たちのところへ行くときは、私はいつもこの革のポシエットを持って歩くのですよ。これは涙のポシェットです。この中には、女性の涙に必要なものが全部入っているのです。まず第一にハンカチ。
エルザ （ハンカチを受け取り目をぬぐう）好きなんですもの。
（それに続いて悪魔は順番にあらゆる物をバックから取り出しては、その順番通りにエルザに渡す、彼女はすべてを機械的に受け取り使う。１）小さな鏡、２）小さなくし、エルザはこれで前髪を直し、３）白粉の入ったコンパクト、４）白粉用のパフ、エルザはこれで赤くなった目を隠す。以下の会話はこの間続く）
悪魔 それじゃこれが名高いはねっ返りということですか？
エルザ これじゃありません。カドリールの鐘が鳴ったときは、私まだ若い娘だったんです。今はもう老け込んでしまいました。あなたは、私が世間の見方を変えてやろうと思った最初の方ですわ。そしてそれにはもう失敗しました。どうしましょう？
悪魔 美しいお嬢さんは、戦いに向かわなくてはなりませんね。大っぴらにやらなくては！攻撃しなくてはなりません！美しくならなくては。
エルザ それも試してみるわ。
悪魔 あの女性の目を見返してやらなくてはなりません。一人の大人の女性と戦うのは難しいと、ときには感じるでしょう？・・・わかっています、娘の身にはこれは一番苦々しいことです、恋敵はもう・・・そのう・・・この恋に口をつけているし、彼女の方ではどんな風に扱わなくてはならないかよくわかっている・・・人が聞いたら失神しそうなことを、言いましょうか？
エルザ 言って！
悪魔 あの女性はもうこの恋は卒業しているということです。
エルザ それじゃ？
悪魔 それなら私があなたに申し上げることをお考えなさい・・・私はハートたっぷりとはいえませんが、頭のてっぺんからつま先まで男です・・・世間にはある偉大な事実があります・・・最も美しい、魅惑的な大人の女性に対しても・・・最大の力とは・・・純潔であることです！
エルザ （白粉をつけながら）そう？
悪魔 彼女にはそうやって対抗しなくてはなりません。彼女が激昂するように！彼女を恐れる必要はありません！
エルザ そう？
悪魔 彼女も戦いに出てくるように！もうやつらがみな奥の手を使い果たしたときですら、あなたはまだずっと彼女に対抗して、あなたのお気に入りの言い方をすれば、頭をあげて立っていられるように、そして純潔な娘の恐るべき優越で微笑んでやれるように。はつらつさ、はつらつとした新鮮さ、近寄りがたさ！
エルザ 私あなたがおっしゃることに、黙って従ってもいいのかしら？
悪魔 いけませんが、ともかくお聞きなさい。あなたは勝つでしょう。今は行って、彼と踊りなさい。でも奥さんたちの真似をしてはいけません。笑いさざめいてはいけません。はねっ返りな振る舞いをしてはいけません。
エルザ 私はねっ返りをやるときは自分がいやになるんです、でもそうせざるを得ないの、だってそうでもしなけりゃどこに私の個性があります？
悪魔 なるほど、なるほど。目をお伏せなさい、その美しい白い喉を恥じらいなさい、おののき恐れながらあの男の目を見つめなさい、娘の中で最もわくわくさせるもの、あなたは甘い略奪を待っている獲物なんだということを、彼に感じさせるのです。頭をお上げなさい、娘よ。さあ、こんな風にうなだれていてはなりません。こうです。そして人生でもしもう一度誰かがあなたにはねっ返りだと言ったら、彼に言っておやりなさい、「私は一度ある見知らぬ方とホールへ引っ込みました、その人は自分の方が上手だろう、負けじと大声を張り上げれば私の声をかき消してしまえるだろうと思っていました、そうして私がその人のところからこれほど静かに、これほど 、これほど控えめに、平静に出て行ったので、その方は深くご自分を恥じられて、彼こそがこの世で最大のろくでなしなのではないだろうか、と考え始めたくらいでした」と。おそらくその通りだったのです。
（階段まで彼女に付き添う。上では階段上にヤーノシュが現れる）
第三景
エルザ、ヤーノシュ、悪魔
（エルザ突然彼に背を向け、悪魔の方へ向きなおる）
エルザ それじゃ私はねッ返りをやってはだめなのね。
悪魔 だめです。（ヤーノシュ降りてくる）
ヤーノシュ 小さいエルザ、あちこちでさがしましたよ。
エルザ （目を伏せる）そう。
ヤーノシュ なぜここに引っ込んでいるんです？
エルザ 一人になる必要があったんです。求めよ、さらば与えられんですわ。
ヤーノシュ あなた悲しそうですよ。これじゃ小さな少女みたいだ。何か悲しいことがあるんですね。
エルザ おお、そんなことありません。
ヤーノシュ 上のホールではほとんど奥さんたちのようだったのに、新鮮で、陽気で、笑いこけ、そして今はこんなに静かだ。あなたに何があったんです？（あたりを見まわし悪魔を見る）やや？？今度はもうわかったぞ。
悪魔 僕が悲しませたんだ、とは思わないでほしいね。
ヤーノシュ （エルザの近くに行く）こうしているとどんなにきれいだか、あなたには思いもよらないでしょうね。他の人のやり方はあなたには似合いませんよ。これが本当のあなただ。人は揺すってなぐさめてあげたいと〜ごめんなさい〜だけど抱き寄せてさすってあげたいと思うでしょうね。
エルザ （つつしみ深く）でもヤーノシュ・・・
悪魔 失礼しますよ、この家の主婦にご挨拶しなくてならないんでね。（階段をかけ上り、退場。ヤーノシュとエルザは舞台上手に腰をおろす）
エルザ あの方どなたですの？恐いわ。
ヤーノシュ 自称知り合い。強制された友人です。僕には神経衰弱の哲学者のように見えます。でもその話はやめましょう。こんなあなたを見るのはうれしいですね。この堕落した、熱い空気の中で・・・今日はここの空気はとりわけ熱くて、人の心をかき乱すようだとを感じませんか？
エルザ 感じますとも。まるで何か野生の暖かい風がふいているみたい。シロッコ10みたいだわ。私恐いくらいです。
ヤーノシュ そんなこと今まで一度も言ったことありませんでしたね。きれいな子が恐がっているとき、励ましてあげるのは本当にいい気分だな。（悪魔が上のドアのところに姿を現す、ヨラーンと腕を組んでいる。降りてきて、下手で腰をおろす。悪魔軽くせきばらいする）
第四景
悪魔、ヨラーン、ヤーノシュ、エルザ
ヨラーン だめ、きっと若い二人の邪魔をしない方がいいわ。
悪魔 あんまり気をお使いになる必要はありませんよ。
（下手の席をヨラーンに示し、彼らは腰をおろす）
エルザ ヨラーンがいらっしゃるわ、関心ありません？
ヤーノシュ 僕はもうご挨拶しましたよ。あなたのことを話しました。今日僕が一番関心あるのは〜（彼らは話している）
ヨラーン あの人たちとうとうお互いにめぐり会ったみたいですわね。
悪魔 そうかもしれません。ご不快ですか？
ヨラーン 全然。
悪魔 場所を変えましょうか？
ヨラーン いいえ、いいえ。骨折りのかいがあったのを見られるなんてうれしいですわ。（話し続ける）
エルザ あの人たち私たちのことを話してるんだわ。
ヤーノシュ かまうことはありませんよ。とうとう一瞬でも二人きりになれたことを喜びましょう。僕は幸せですよ、今夜こそついにあなたという人を発見出来たような気がするからです。
エルザ どうしていつもそっちを見ているの？
ヤーノシュ ただたまたま〜偶然ですよ。（話を続ける）
ヨラーン 放っておきましょう。それじゃやっぱりいらしたのね。強引な方ね。
悪魔 理由もなくやって来たわけではありません。今日の午後私はあることに乗り出しました。
ヨラーン 何にですの？
悪魔 誰かさんに約束したのです。今夜あなたを誘惑してみせると。
ヨラーン 誰にお約束なさったの？
悪魔 ヤーノシュです。それどころかご丁寧にもその詳細まで予告しました。
ヨラーン それでヤーノシュは？
悪魔 何を言ったかですか？
ヨラーン 平気だったんですか？
悪魔 何か言ってましたね。彼の答えはいささか驚くべきものだったといえます。でも今は申し上げません、あなたを苦しめるのが心配ですから。
ヨラーン 苦しんだりしませんわ。はっきりおっしゃってけっこうよ。
悪魔 多分もう少し後で。ひっきりなしに向こうをごらんですね。
ヨラーン いいえ。（突然）あなたって面白い目をしてらっしゃるのね。
ヤーノシュ 別の世界です。女性の人数分だけ別の世界がある。あなたは僕にとっては別世界を意味しているのです。
エルザ そう？こんな偉大な芸術家に、私みたいな小娘の人生がどんな意味を持っているというのかしら？
ヤーノシュ おそらく全てをです。
悪魔 まるで眠ってるみたいでしょう？ですが一度誰かがこの目に接吻すると、このまなざしは目覚め、あなたの眠るまなざしの中でどれほど女性的なものが燃え盛っているかが私には見えてくるのです。
ヨラーン そんな話をなさるのは好みませんわ。まるであなたに火をつけられてるみたいな感じがしますもの。
悪魔 あなたのお小さい白い手はもう燃えていますな。私の手に届こうとしているのが感じられますよ。
ヨラーン （高笑いして）今すぐぱっと手を引っ込めたりしたら、子供っぽいわね。（彼らの手は互いに隣あって座ったときに触れ会う）
ヤーノシュ ちょっと考えてみると、あなたがこんなにしおらしくしてらっしゃるのを見たのは初めてですよ。
エルザ 知りませんわ､でもあなたと向かい合ってると私、全然変わってしまうんです。
ヤーノシュ 子供の純粋な顔を見ていると、自分の昔の罪が恥ずかしくなるくらいです。
エルザ 多分それであなたのまなざしはこんなに暖かいんだわ。私のおでこ、ぽかぽかしてますもの。
悪魔 午後からずっと、あなたの素晴らしい花のかんばせは咲き誇っておいでですな。
ヨラーン 特別な誰か、その人についてはただ男だとしか感じられない見知らぬ方が私の隣に座っているからでしょうね。そう、それですわ。
悪魔 「男」という言葉を口にするとき、あなたは美しくなります。言っていないときには、どれほど美しくなるだろう！
ヤーノシュ ああ、こういう感情こそが古い罪をぬぐいとってくれるのです。当節の人間の初恋の人は大抵、どこかの末娘です。でもそれなら長女は最後の恋人です。
エルザ 私はまだ一度も恋をしたことがないの。でももう二度も幻滅してしまったわ。
悪魔 私をよく知らないうちに一人の女性が気に入ってくれたなら、誇らしいですね。それなら私だからこそ好いてくれたのだ、とわかりますから。
ヨラーン よく知らないうちにということは、確かに・・・確かに・・・おっしゃる通りだと思いますわ
ヤーノシュ 幻想ということでは・・・幻想に・・・幻想に関することでは・・・
悪魔 だから私はあなたに告白しないんですよ。
ヨラーン そう・・・告白？たとえなさったとしても、私は信じないでしょうね・・・本当に・・・見方の問題ですわ・・・ところで・・・
エルザ 昨今の娘たちはよくしつけられてないのよ。
ヤーノシュ 疑いありません・・・われわれのところの女性教育は・・・世論によれば・・・そもそも・・・
ヨラーン 本質は・・・この件の本質は・・・
ヤーノシュ ・・・そもそも・・・
エルザ （突然立ち上がる）お願い、二階についてきて下さらない？ボダイキに２回めのカドリールを約束してますの。
ヤーノシュ （立ち上がる）もう行くの？
エルザ （ほとんど泣きそうになりながら、懇願の声で）ええ、そうよ。いらして。（ヤーノシュ立つ）いらして。
（エルザは階段の方へ行く。ヤーノシュが従う。ヨラーンの後ろに来たとき、ヨラーンむとんちゃくに声をかける）
ヨラーン あなたは踊らないの？
悪魔 （礼儀正しく立ち上がる）
エルザ （立ち止まる）つっ立っていたら、どうやって踊れるんですの？（階段に向かって一歩踏み出す。鋭く）でも今踊りに行くところですわ。
ヨラーン （立ち上がる）じゃあ行ってらっしゃいな、あなた。
エルザ 私ほんとはダンスは好きじゃないんです、でも今日は朝までだって踊りますわよ、それがお気に召さない方たちのためですわ、それ以外の理由じゃありません。その間は、かかとが磨り減っても踊りますわ。（反抗的に見返す。一瞬の間、ヨラーンまるで何か彼女に言いたいことがあるかのように、彼女の方に一歩踏み出す、ヤーノシュは彼らの間に割ってはいるが、エルザの方に腕を差し出し両者階段を急いで降りていく）
第五景
ヨラーン、悪魔
（これまでのゆっくりとした、とりつくろった声に代わって、新鮮で戦闘的な声がとってかわる。対話はあとからあとからスピーディに、緊張をはらんで続く）
ヨラーン あれをお聞きになって？
悪魔 ええ。
ヨラーン あの娘ったらこのことではずい分自信があるんだわ、私にあんな風な口をきくなんて。今まではあんなこと出来なかったくせに。（突然）ヤーノシュはあの娘が好きなんだわ。
悪魔 ちょっと待って下さい。今、ほら、午後ヤーノシュが私になんて答えたか、今申し上げますから。
ヨラーン あなたがそれに乗り出したとき・・・
悪魔 私があなたの誘惑に乗り出したとき。彼は私を撃とうとしました。
ヨラーン （喜びを隠して）ヤーノシュが？
悪魔 彼がです、個人的に。このリボルバーでほら！（見せる）彼から取り上げたのです。
ヨラーン 私のためにあなたを撃とうとした。
悪魔 私に、この六発弾がこめられているリボルバーを向けました。
ヨラーン 彼は午後はまだあなたを殺そうとした。私のために。そして今はあなたが私の耳にヒソヒソささやき、崇拝し、私があなたの方に身をかがめ、私たちの手が触れ合い、私たちがほとんど限度を超しているのを見ても、あんなに平静で見つめ、ながめ、平気だった・・・彼はあの娘が好きなのです。
悪魔 なんですと。それじゃ女のために人を殺すのは下らなくはないんですな？
ヨラーン 彼がそうしたということは信じます、だって彼は私を尊重しているから、尊敬しているから、あなたは確かに彼がそうするようなことをおっしゃったから・・・だからこそ私は彼に感謝してますわ。でもあの人たちがお互いに好いているのも私わかるんです。あの人たち愛し合うようになるわ。
悪魔 好意から出たプランが成功したことがどれほどあなたを憤慨させたか、興味深いことですな。
ヨラーン じゃ、あなたは成功したとお思いなんですね。
悪魔 わかりません。でも私たちがその問いに答えを出す方法は知っています。
ヨラーン どんな？
悪魔 少しはっきりさせましょう。午後彼は私を殺そうとした、私があなたは私のものになるだろう、と告げたからです。私はこれは恋だと言います。尊敬の念だとはおっしゃいますな。敬意を表すのなら大砲を撃つものです。リボルバーは全然別物です。それなのにあなたはこうおっしゃる、彼はあの娘が好きなんだわと。私たちのうちどちらが正しいのでしょうな、彼自身がそれを言ってくれるでしょう。
ヨラーン （抗議の口調で）ちょっと・・・
悪魔 わかっています。失礼。この結婚のプランはあなたから出ているし、あなたはこの件が・・・そのう・・・成功することを望んでいらっしゃる、大変望んでいらっしゃるので、その程度にはあなたも関心をお持ちなだけだ、ということもわかっています。
ヨラーン 関心ありますわ、関心あります。
悪魔 彼はどちらが真剣だったか言ってくれるでしょう。午後の大胆不敵な所業の方かこの出撃の方か。いいですな？
ヨラーン どうやって・・・彼と話すんですの？
悪魔 いや。
ヨラーン まさか立ち聞きするんじゃないでしょうね？
悪魔 いや
ヨラーン それじゃあ？
悪魔 全てのもつれ合った結び目同様、これも一刀両断しなくてはなりません。これについては私に一つの方法があります。すでに何度も正しいことが証明されています。だが、詳しいことについてはきかないと約束して下さい。
ヨラーン それで？
悪魔 こいつは一つの実験です、私の発見ですが。こいつは最も流動的なレモネードの中でさえ完璧にかっきりと男というやつを示してくれます。ものごとは意外に単純なものです。先ほど私は温室で長い、すそを引くマントをお召しのあなたを拝見しました。
ヨラーン ええ。
悪魔 行ってあれを着て下さい。その肩と首とつま先以外は何も見えないように、ピンでしっかりとめてきて下さい。それからここに降りてきて下さい。彼はあらゆる質問、目的なしに自分自身を暴露してしまうでしょう。奥様は、それ以外のことは何一つなさらずとも、全てを知ることが出来るでしょう。
ヨラーン おかしな始まり方をする実験ですのね。あなたはといえば、私が詮索抜きで従ってしまうような、不思議な目つきで私をごらんになる。あなたの目はときどきキラキラして、そんなとき私は、全人類のあらゆる叡智があなたの額の背後にあるようだ、と感じますわ。
悪魔 そんな過小評価しかして下さらないんですか？
ヨラーン 私、今すぐまいりますの？
悪魔 今すぐです。もし誰か気がつくようだったら、簡単に寒いんだとおっしゃい。
ヨラーン （緊張して）でももし明るみにでたら・・・
（ヤーノシュが階段の上に登場する）
悪魔 （後ろを振り返らずに）彼が来ます。この瞬間にも。
ヨラーン まいりますわ。（緊張してすそをかかげ走り去る）
第六景
ヤーノシュ、悪魔
ヤーノシュ （階段を急いで降りてくる）今ここから逃げてったのは、誰だった？
悪魔 ここから？
ヤーノシュ そうだ。僕が入ってきたとき、誰かここから逃げてった。まるで僕が来たので逃げてったみたいだった。
悪魔 誰もここから逃げたりしないさ。（タバコに火をつける。間）
悪魔 あの色白の小さなお嬢さんは魅力的な人だね。
ヤーノシュ そうとも。（間）
悪魔 君は気分が良くなさそうだな。
ヤーノシュ 僕が？そんなことないさ。特に気分いいわけじゃないというだけさ、でも別に理由はない。
悪魔 僕らが夕方話したことを気にしてるわけじゃないだろうね？
ヤーノシュ いいかきけよ、もし僕にはそれ以外の心配事がないんだと思っているのなら、そのう、そのう・・・
悪魔 もちろん、もちろんさ。（少しばかり考え込む）人間しばしば僕が今日の午後したように、突然何事か始める、そして後になってやっと「今畜生め、僕は何のためにこの全てをやったのか」と気がつくんだ、面白くないかい？僕は悪趣味だったよ。違うか？
ヤーノシュ なあ、よせよ。
悪魔 あの奥さんをそんな・・・どういったらいいのか・・・まるで・・・そんな目で見るという考えすら、僕にはほど遠かったのに、
ヤーノシュ やれやれ君はおかしな言い方をするね、君だとは思えない位だ。
悪魔 いいや、ただ自分をふり返るとイヤになるのさ・・・
ヤーノシュ 何だって？
悪魔 僕は自分を、それに多分君のこともたきつけた、そして話が盛り上がるあまり一人の令夫人について、話して後悔するようなことを口に出すところまで自分に許してしまった。壁に頭をぶっつけたいところだ。何よりも僕には何の関係もなかったのに。優しく、可愛らしく、素晴らしい小さな女性だ。この話は終わりだ。この話はやめよう。
ヤーノシュ 君はひどく妙だぞ。
悪魔 タバコを一本どうだね？
ヤーノシュ （居心地悪そうに）いいや、けっこう。
（苦痛な沈黙）
悪魔 上のビュッヘに行こう。ブランデーを一杯やろうじゃないか。この家には素晴らしいマーテルがあるぞ。
ヤーノシュ けっこう。僕はやらないんだ。
悪魔 君は気分が良くなさそうだ、と言ってるんだ。多分何か不愉快なことがあったんだろう？
ヤーノシュ いや何もないよ。
悪魔 それじゃあなんでそんなにご機嫌斜めなんだい？むっつりして。
ヤーノシュ 君がえらく興味があるというなら、僕も言わせてもらう。
悪魔 僕はせんさく好きだったことはないんだ。
ヤーノシュ 僕は君になら喜んで申し上げるよ。
悪魔 頼むから、よそう。（歩きだす）
ヤーノシュ よさない。多分君には今となってはもうどうでもいいらしいが、僕の方ではものすごく興味がわき始めたんだ、どうして僕が気分が悪いのかにね。僕をびっくりさせたのは・・・（時計を見ながら）・・・五時間の間に君が遂げたこの変化さ。この変化が僕をいらだたせているんだ。だが僕が今、あの奥さんのために、いささか逆上して君と話してるんだとは思うなよ。このことははっきり除外しておいた方がいい。
悪魔 むろんだとも。
ヤーノシュ 僕はここに、あの娘さんと結婚しようという聖なる決心を抱いてやってきた。何ヶ月もそのための心の準備をしてきた、今や彼女と一緒に幸福になるんだという信念は強固になるばっかりだ。
悪魔 ブラボー！ほら、僕ももうそれがいいと思う。（手を差し出す、ヤーノシュはそれをとらない）
ヤーノシュ おめでとうだって？正しいことだと思うか？
悪魔 僕は大喜びだよ。とうとう分別のある会話になった。なんでそんな風に僕を見るんだい？
ヤーノシュ （彼のそばに行く）さっきここから逃げてったあの女は、ヨラーンだった。
悪魔 そんな、君は気違いだ。（目を伏せる）
ヤーノシュ （口ごもって大きな興奮を隠しそこねつつ）おやじ、僕には安心して言ってくれてかまわないよ、僕は憐れな、結婚の判決を言い渡された若者だ。僕はほんとに・・・
悪魔 おいおい、頼むから・・・なんで・・・なんで考えられるんだい・・・奥さんがよりによってあのとき・・・おまけに逃げてったなんて・・・
ヤーノシュ （痛ましく笑って）僕はもう、七時頃の僕じゃないのさ。この零下十三度が僕の頭を冷やしてしまったんだ。
悪魔 零下十三度しかないのかい？まさか。
ヤーノシュ それしかないよ。（短い間、苦痛に満ちた微笑を浮かべて見つめる）温度にいやに興味があるんだね？
悪魔 いいや・・・だが・・・零下十三度、これはほんとに珍しいな・・・とりわけ十二月の始めにしては。
ヤーノシュ とりわけ十二月の始めにしてはね。（微笑んで見つめる）午後は君はまだそんなに不器用じゃなかったよ。
悪魔 （困惑したふりをする）不器用だって？
ヤーノシュ 君は法律家か何かみたいなふるまってるぞ。
悪魔 （目を地面に伏せる）えらく不器用か・・・法律家みたいだって？
ヤーノシュ （じっと見つめる）ドクター、君は紳士じゃない。
悪魔 どういう意味だい？
ヤーノシュ どうとでもお好きなようにとってくれたまえ。紳士になるには才能も必要だ。僕の見るところ、君にはその才能はない。
悪魔 それは何だ？
ヤーノシュ 守るのが紳士としての義務であるような秘密を申し分なく隠せない奴は、紳士ではない。そいつは君にはどうにもならない。
悪魔 僕が何か隠してるって？
ヤーノシュ ああ、だがやり方がまずい。
悪魔 だが何を？
ヤーノシュ 繰り返すが、先ほどここから逃げてった女はヨラーンだった。僕には安心して言ってくれていいよ、僕は今日ここから花婿として出て行くだろう。僕を非難する必要はない。それに僕は如才なくなれるよ。さあ。
悪魔 いいや・・・だが・・・たとえ君がまじめな人間だとしても・・・今日はだめだ、だめだ、僕はまたばかなことをしてしまった、またもや我を忘れてしまった。ホールに行こう。（歩きだす）
ヤーノシュ （冗談めかして彼の腕をつかむ）さあ僕を悩ますなよ、おやじ。僕らは紳士たちの中にいるんだ。僕はあのレディには興味ないよ、それより君と君がこれほどあっという間に収めた成功の方にずっと興味がある。腹立つなあ、あの人のせいで僕は亭主になるんだというのに、僕もそのやり方を学ぼうじゃないか。さあ、君・・・さあ！
悪魔 君は紳士だ。その点については疑問の余地ない、言おう。イエスだ。
ヤーノシュ イエスだって
悪魔 そして君は、人生とは何か知ってるか？
ヤーノシュ ああ。
悪魔 今日の午後、僕は君のところに行かなかったし何も言わなかった。僕が言ったことについてはまことにすまなかった。そして・・・ここで君が結婚について言ったことは、全て一人の男の真剣な言葉だった。それについては僕は疑いの入れようがない。（ヤーノシュ肯定的にうなずく）名誉にかけての言葉だ。（ヤーノシュ手を彼に差し出す）かけたまえ。どれほど僕の気が軽くなったか君にはわからないだろう。冷静で賢いし、僕の恋愛沙汰には何の関心もないとわかっている人がいるから、僕は安心だよ。そしてこの冷静な第三者が・・・願わくば・・君にはまだ考え直す時間がある、もし、今君が言ったことが・・・
ヤーノシュ そんなことは全くない。想像出来る限り一番冷静な第三者とは僕だ。つまり僕の観察は正しかったわけだ。
（悪魔は無言で頭でイエスとうなずく）
（間）
ヤーノシュ この件は冷静においておこう。だが興味はある、否定はしないよ。僕自身も遠からず亭主になるから、というだけだけれどね。テクニックを知っておくのも悪くない。
悪魔 そんな物望むなよ。ろくでもないテクニックを心得てるやつは、すでにろくでないしの予備軍なんだ。
ヤーノシュ それであの女性は？
悪魔 一体・・・あの女性って？
ヤーノシュ そんなにはやく陥ちたのかい？（まいってしまったのかい？）
悪魔 （手の動きでイエス、「どうしてどうしてすぐに」と答える）
ヤーノシュ それでご亭主は？
悪魔 めくら。つんぼ。びっこだ。
ヤーノシュ （隠し切れない苦痛とともに）今日の午後僕のところで彼女、君の話につり込まれていたな。
悪魔 彼女にはびっくりさせられたよ。あそこまで正気、冷静さを失ってしまうなんて・・・僕らが彼女は罪のないたちだと信じていたときだったら、二人ともがっくりきたと思うね。彼女はものすごく抜け目のない女性だよ、僕の見るところ、どうやって周囲をあざむかなくてはならぬのか驚くべきやり方でなし遂げている、もうあざむいているし、いつからそうなのかもう誰にわかるもんか。さもなければ、彼女は尊敬すべき女性で、あまりにも罪がないんだということもありうる、そうだとすると僕自身びっくりだ、だってこんなに早く、こんなにあっさりいくなんて何か催眠術にでもかかっているんじゃないか、と思わなくてはならんからね。そしてそんなのは好かんよ、だってそれは不愉快なことだし、どうして僕にわかる？・・何か病的な神経のせいじゃないかと・・・わかるだろう！
ヤーノシュ わかるよ
悪魔 こんな心配をするのは苦痛だ、だから僕はこのことについてこんな頭のいい人と話せるのがうれしいのさ。とほうもない女だよ。ファンタスティックで、大胆で、僕の血が凍りつくほどに向こう見ずだ。危険がきちがいじみて好きなんだ。危険が大きければ大きいほどいいのさ。そしてわかるか、今やそんな危険が快楽に満ちて、僕の魂を駆り立てているのさ・・・ドアの向こうでの口づけ一つが、そしてそのドアの前にはあと一歩のところに亭主が立ってるんだぜ・・・そして今は、君がやって来たとき・・・そして・・・彼女が・・・逃げてったとき・・・なんせあれは彼女だったんでね・・・ちょうどあのとき僕らが話していたことがだ。
ヤーノシュ で、で？
悪魔 僕らにはむこう見ずなアイデアが浮かんだのさ。僕は彼女にこう言った、「今日はあなたの家のパーティーだ。ここにはペスト中がきている。全部の銀行の頭取、代表者、弁護士、大学の先生などが奥さんを同伴して、これらの大勢の人々全員、その敬意で君は生きている。かれこれ百三十人位いる」だってそうだろう？それ位いるだろう？
ヤーノシュ ああ、そうとも。
悪魔 僕はこう言った「心を決めて君の部屋に行くんだ。そしてあのマント以外は何も無くなるところまで脱ぐんだ。わかるかい？それ以外は何もなしだ。現代版のモンナ・ヴァンナ11さ。君の靴と絹のストッキングは着て、それは外から見えるからね。でもそれ以外はなしだ。神がかつてご機嫌でお造りになったままの姿で・・・そして・・・そしてマントだ」
ヤーノシュ そう彼女に言ったのかい？
悪魔 そうさ。
ヤーノシュ で彼女は？
悪魔 のったよ。ここにやって来るだろう、それから僕と大ホールの百三十人の客人の中へ、全世界へ、強くて甘いワインで酔っ払った遊牧の民の女神のように、むきだしで、服もつけずに出て行くのさ。そして何か最高に大胆なことで愛人を愚弄したいのさ・・・僕がどんな風に腕を組んで彼女をリードするか・・・そして・・
ヤーノシュ それで？
悪魔 彼女はマントをとる・・・そしてその下には何もない。このことは僕とそして彼女だけが知っている・・・それと・・・今は君がだ。さあこれは何かものすごくすばらしい感覚だろう。女性の甘さと大きな危険の混合物を、こんなわくわくさせられる混合物を、僕は想像だに出来なかったよ。これで第一日めなんだぜ。今度は想像してもみろ、あの女性がどんな愛人になるか。彼女は何を考えつくだろう。なんたる解きがたい悩み！なんたるわくわくさせられる面白さ！そのことを思うと僕の中で、大きな赤い炎をあげて血が騒ぐ。ヤッホー！
ヤーノシュ （爆発する）ウソだ！
悪魔 何だって？
ヤーノシュ ウソだ、君はいかさま師だ。
悪魔 すまんが・・・だが今度は君が僕をわなにかけたんじゃないか・・・君はだましたんだ・・・君はあの女性が好きなんだ！
ヤーノシュ ならおぼえとけ、そうとも好きだ！だが僕がどれほど好きか知ってほしいね、これもおぼえとけ、他の女性と結婚するほどに好きなんだ。
悪魔 だって。
ヤーノシュ 僕はここで君がひねくり出したそのぞっとするような嘘を黙ってきいていた。堕落した神経がそんな考えでどれほど自分自身を楽しませているのか見えるぞ。だって君はここで自分の楽しみのために嘘をついたからだ。女のことで嘘をつく手合いは百人だって知ってるさ、自慢するために嘘をつくんじゃない、楽しむために嘘をつくんだ。だがもし君が僕から告白を引き出したかっただけだというなら、そうとも僕は好きだよ。そして僕の恋人は純潔な、聖女だ、僕はこの恋のために退場するんだ、わかるか？僕はある可哀想な少女と結婚する、僕は自分の不幸に満足しているさ。だが半生をあの女性への敬意のために捧げるんだ、そしておそらく彼女も僕のために苦しんだんだ、とわかっているためでもある。僕が彼女の清らかで、純白な魂を汚らしいホテルでの恋の泥に引きずり下ろさないためにだ。嘘のかずかず、逃げ隠れ、血まみれ、泥まみれの、汚らしい涙の中に・・・そうしたことは君にはわかるまい、だって他の連中同様、君自身汚らわしいからだ、彼女の靴のちりに口づけするのにさえ値しないからだ。そして僕は今本心を漏らしてしまった以上、君を罰してやるぞ。僕自身の責任で、ろくでもない君の嘘のために君をここから放り出してやる、僕の紳士としての情熱から、まるで君が僕の冬のコートを盗んだかのように。ご注意もうしあげるが、静かに、エレガントに、君の方から出て行った方がよろしい、なんせ君が期待外れにも自分から出て行こうとしないという場合、僕は君の衿をひっつかんで放り出すからだ。出ていけ！
悪魔 （非常に真剣に、昂然として彼を見つめ、靴に手をやる）君は今度もまたあのリボルバーに手を出すんだな、だが謹んでご注意もうしあげるが、あれは今僕が持っているんだぞ。
ヤーノシュ （彼に向かう）出て行けと言ったんだ。（悪魔は階段の方へだんだんと後ずさりする）この瞬間僕は世界中の何一つ恐くないぞ。（攻撃するように彼の方へ向かい、悪魔は後ずさりする、階段を２、３段上がりさえする、それから突然閉まったドアを見つめる、この瞬間それは開く。彼は身をそらせる。勝利の喜びをうかべてヤーノシュを見つめる）
悪魔 さあきた！（大きな沈黙。二人の男が短い間無言で立っている。悪魔はまるで、ヨラーンの到着に整列するかのように階段で道をあける。ヨラーンが頭を高くあげ、ほとんど目を閉じてドアから入ってくる。ゆっくり、堂々と階段を降りてくる。下に着いたとき、ゆっくり目を上げヤーノシュを見つめる。悪魔はその後について降りてくる。ヨラーンは非常に豪奢で、地面まで届く すそをひくマントをまとっている、その下からは靴のつま先しか見えない、そして肩は剥き出し。マントは開くが、今はすそまでしっかり止められている）
第７景
ヤーノシュ、悪魔、ヨラーン、後でラースロー
（ヨラーンがドアを開けっ放しにしてきたので、今や非常に小さく押さえられた音楽が聞こえてくる。何かしら苦痛に満ちたワルツ）
ヨラーン 今日はまだあなたとお話していませんでしたね、ヤーノシュ。
ヤーノシュ （身をこわばらせてマントを見つめる。悪魔にそっと）これは何だ？
悪魔 これはマントだよ。（尊大に微笑みヨラーンにぴったり寄り添って立つ）
ヨラーン わが家のパーティはやっぱりうまくいったようですわね。お客さま方はくつろいでらっしゃるみたい。若い人たちは、どの娘さんにもこれが最初の舞踏会で、男の人たちはこれが最後の舞踏会だといわんばかりに夢中になって踊ってるわ。
悪魔 空気それ自体酔っ払ってますな。上等なシャンペンのもやがかかっています。この娯楽的な環境でヤーノシュがこんなに悲しそうに見えるのが不思議です。
ヨラーン 悲しそう？
ヤーノシュ いいえ！そう見えるだけだ、と彼は言ったのです。内側では僕はこの瞬間、人生でかつてなかったほど愉快です。
ヨラーン それはけっこうですわね。
ヤーノシュ 僕は二十歳代の子供で、阿呆です。
悪魔 （陽気に）まあ、まあ。
ヤーノシュ （ヨラーンに）信じて下さい。僕の中では何か野生の陽気さが荒れ狂っています。こんなの僕の中からまだ聞こえてきたことがない、だがうんと酔っ払ってしまいたいものです。
ヨラーン ヤーノシュ！あなたがそんなこと言うなんて？あなた一口のワインだって決して口にしたことなかったのに。
ヤーノシュ 今日という日は僕に、今までの人生で決してなかったことばかり起きるようです。例えば僕の人生、まだ一度も結婚したことがありません。
ヨラーン そして今日は結婚なさる？
ヤーノシュ 疑いもなく。
悪魔 私はもう彼におめでとうを言いました。純白な娘さんだ。
ヤーノシュ 彼女も僕が、彼女の内にある僕自身の心を愛するようにと、自己愛のために刻む偶像にすぎない。だから美しいんだ。偶像それ自体は石か、木か、麻くず、粗麻か大抵はぼろなんだ。何もかもがぼろくずだ。
悪魔 君の内側もやっぱり苦々しいじゃないか。
ヤーノシュ こいつは独身貴族最後のパーティの苦ささ。人間は自分から最後の胆汁を吐き出し、それから清潔で賞賛に値する生活が、安らぎ、聖なる幸福、純潔な娘と純潔な恋がやってくるんだ。
ヨラーン 私はあなたに大喜びですわ。
ヤーノシュ 今日の僕は誰にでもお気に召すというのは、飽き飽きしました
ヨラーン ヤーノシュ、私にはあなたがもう飲んでらっしゃるように見えるわ。少なくとも声の調子からアルコールがあふれでてますもの。
ヤーノシュ おおとうとう、あなたにも愛想をつかされてしまった。
悪魔 彼は今日けんか腰ですな。私に対しても手厳しかったんです。
ヤーノシュ （自分を押さえることが出来ずに）マントなしの方が涼しいですよ。なぜ脱がないんですか？
悪魔 おそらく寒いからさ。
ヨラーン （マントをもっと引き寄せて）寒いわ。
悪魔 こんな些細なことにあなたは関心がないと知らなかったら、きれいで高価だから脱がないんだ、と思うでしょうね。
ヨラーン このマントのことはほっときましょう。（ヤーノシュに）あなたあの娘さんと楽しそうにしてらっしゃるのを見ましたわ。
ヤーノシュ とても。
悪魔 この二人の全然違う人間がどんな話しをするのかは、楽しめましたね。私はこのての愉快な話は好きですな。
ヨラーン （あたりを見回して）私わからないわ・・・あなた方ここで冷えてしまいませんの？ほとんど寒い位。
悪魔 私もさっきそれを言いたかったんです。
ヤーノシュ こんなに暖かいよ・・・事実上ゆだる位だ。
ヨラーン そんなの知るものですか、私、やっぱり寒いわ。
悪魔 おそらく充分に暖かいかっこうをしてらっしゃらないんです。不注意ですよ。
ヨラーン 人間遅かれ早かれ、この世で甘いものは何であれ不注意なんだ、と気がつくものですわ。
ヤーノシュ （興奮して）向こう見ずも甘い？
ヨラーン それがあなたに何の関係があるの？あなたは人生でいつか向こう見ずだったことがあるの？
ヤーノシュ （ついに自制を失って）僕が恐くないんですか？（ヨラーンびっくり仰天する）
悪魔 （冷たく）僕ならもう必要なくなった亭主たちなんか全然怖くないね。どうして花婿一人が恐い？（温室からラースローが急いでやってくる）
ラースロー （立っている場所のせいで最初にヤーノシュのところにくる）陰謀かね？
悪魔 違います。（ラースローはヤーノシュの腕をとり彼をゆっくりわきへ連れていく）
ラースロー （そっと）なあ、あの小さなエルザと何があったんだい？（彼らは小声で話す）
ヨラーン （舞台のもう一方の側で悪魔に向かって突然）あなたこのマントのことでこの人に何を言ったの？
悪魔 マントのことでは何も言ってません。その下のものについて言ったのです。
ヨラーン あなたったらこの人に・・・まさかそんなこと言ったんじゃ・・・
悪魔 それで？
ヨラーン 彼が逆上してるんで、彼の話から推測がつきましたわ・・・まさかこの下には・・・何もないと彼に思い込ませたんじゃないでしょうね、答えなさい！
悪魔 当たりです。
ヨラーン そんなひどいわ！
悪魔 その憤慨ぶりは気に入りませんな。あなたは最初のねらいから、私が彼に何を言ったか、非常によくわかったはずだ、そしてそれを喜んでらした、私の実験が成功し、今や彼は本心を漏らしてしまい、彼の中から嫉妬が、恋が、盲目の苦しみが噴出すのをごらんになったからだ、あなたは、彼が今そのマントの下を想像し、彼の骨はその考えに震えたのを彼の目に見てとり、彼の声に感じとった・・・あなたはそれをごらんになった、あなたはそれを味あわれた、そのことをあなたは非常によくご存知だった。
ヨラーン 私が知ってたなんて、よくそんなことおっしゃれますわね。もしわかっていたら・・・
悪魔 いいですか、あなたは最初のねらいでマントをほうり投げることもお出来になったはずだ、あるいはマントを開くことも出来たし、今開いたかもしれない。それなのに今もまだ開こうともなさらない！
ヨラーン （非常に尊大に彼の目を見返す）このマントを着たときもう、私にはあなたのアイデアが明白でなかったなんて、どうしておわかりになりますの？
悪魔 （仰天して）なんで・・・
ヨラーン 私がすぐわからなかったとお思い？
悪魔 どうして・・・私の考えがすぐわかった？
ヨラーン わかりましたとも。
悪魔 つまり今あなたがおっしゃっているのは・・・私が言った通りだ、・・あるいはあなたのお考えの通りだと・・・
ヨラーン さあ、あなた！今度はあなたが何をおわかりだか拝見しましょう。今度は手を組みましょう！
（ヤーノシュは最後の言葉の間、急いでその場を離れるラースローを階段まで送っていく。ヤーノシュは、ラースローの背後でドアが閉まるまで待ち、それから突然ヨラーンのもとに駆け寄る）
ヤーノシュ ヨラーン・・・
ヨラーン （攻撃的に踏み出して悪魔の方を向く）ドクター、あなた同伴して下さるとお約束なさいましたわね・・・ホールをまわらなくてはなりませんの。主人のこと一時間半位見かけていませんわ・・・百三十人のお客様がおいでですわ・・・どの方とも少なくとも一言位はお話しなくては。腕をお借り出来まして？
悪魔 それがどれほどの喜びか、ご想像もつかないでしょう・・・（腕を彼女に差し出す）まいりましょう。
ヨラーン （無頓着に声をかける）ヤーノシュ、あなたはいらっしゃらないの？
ヤーノシュ いいえ。（突然）だがあなたはここに残るんだ。
ヨラーン ここに残る。
悪魔 （攻撃的な声で）何だって！
ヤーノシュ 私の望みだからです。あなたは残る、僕はあなたに一言申し上げたいからです。（悪魔はヨラーンの腕をはなす）頼む、君もここに残ってくれてかまわない。それどころか・・・君にもここに残れ、と命令するぞ。
悪魔 （彼の方に一歩踏み出す）何事だね、これは？
ヨラーン （額に手を当てる。非常に緊張して）お願いですわ、ドクター、今すぐ私の部屋に連れて行って下さいません・・・気分が良くありませんの・・・
ヤーノシュ （全権の委譲を受けたかのように）誰もここから動いてはならない。（階段に進み、ドアを閉める。音楽はこのため途切れる）少しばかりはっきりさせよう。
ヨラーン （非常に緊張して）お願いしますわ、ドクター、今すぐ腕を貸して私を部屋に連れて行って下さいな。
悪魔 （落ち着いて）奥様、いつでも何なりと。
ヤーノシュ （ヨラーンの方へ踏み出す）ここに残るんです。僕があなたに触れざる得なくなるはめに追い込まないで下さい。
ヨラーン （反抗的に）私に手をかけようというの？気が違ったというなら、人を呼びますよ。
悪魔 （彼の前に脅かすように立つ）もし気が違ったのでないとしても・・・（眼を見つめる）
ヤーノシュ ヨラーン、お願いだ、マントをとって下さい！
ヨラーン （鋭く）いや。
ヤーノシュ ヨラーン、マントをとって下さい！
ヨラーン （悪魔を見つめる）あなたの保護を求めるよりほかないようですわね・・・主人はここにいませんし・・・家はお客さまでいっぱいですし・・
悪魔 （二人の間に立っている）
ヨラーン （わきぜりふで）彼は苦しみもがいている・・・でも彼の苦しみは全て報いられるわ。
ヤーノシュ あなたは脱がない。脱ぐ勇気がないんだ。
ヨラーン （応えない）
ヤーノシュ 僕は・・・これから死ぬんだ。（彼女のマントを剥ぎ取ろうと、ヨラーンの肩にとびかかる。悪魔この動作を妨げ、ヨラーンに彼が触れる前にヤーノシュの腕を捕らえ、放さない）
ヨラーン （体をそらす）どうして私から剥ぎ取らせておかなかったんですの？（沈黙。悪魔はゆっくりヤーノシュの腕を放す）
悪魔 （低い声で、恥じ入りだが正直に）奥様、今この瞬間私自身、お召し物がどうなっているかわからないからです。（沈黙）
ヨラーン （悪魔に）どうぞドクター、私のマントを脱がせて下さいな。（彼の方へ肩を向ける）
悪魔 奥様・・・とても出来ません。
ヤーノシュ 僕ならかまいません・・・（荒々しく彼女の後に迫る）
ヨラーン （唐突に悲鳴をあげる）だめ！（マントをかき合わせる。悪魔は口をポカンとあけて立っているが、それから彼は問題があるのを示すかのように喉をひっかく）
（二人の男はびっくりして、身動きもならず突っ立っている。ヨラーンはゆっくりと階段の方へ向かう）
ヨラーン （最初の一段めで立ち止まり振り向く。苦痛に満ちた軽蔑の念をこめて）男たちときたら。
（階上のドアにラースローが現れる）
ラースロー 紳士方は許して下さると思うが、君、閣下は今お帰りだ。二言三言お話するのがいいと思うよ。おいで。
ヨラーン （階段で）お願いアルフレード、マントを脱ぐのを手伝って下さらない？（二人の男のに背中を向けて立つ）
ラースロー もちろんだとも天使さん。（彼女のマントを脱がせ腕にかける。ヨラーンは再び夜会服姿になる）
ヨラーン さあ今度は行きましょう。（ラースローと急いでドアを出ていく。ヤーノシュは呆然としてそれを見送る。沈黙と一瞬の間。それからヤーノシュは仰天して悪魔の方に向き直る）
ヤーノシュ あれは何だ？（拳をにぎりしめて、攻撃するように悪魔の方に踏み出す）
（悪魔は最初の攻撃の動作に対してすでにリボルバーの入ったポケットに手を伸ばしている、今やさっとリボルバーをひっぱり出し素早くヤーノシュの右手に渡す。ヤーノシュ機械的に受け取る）
悪魔 気をつけろよ、弾が入っているからな。
（悪魔落ち着いて、最高に安全で何一つ問題は起き得ない、と感じている人のように別の方をながめる。ヤーノシュは最初の瞬間にリボルバーで行動を起こすが、それからこれで何をすべきかわからないと感じる。手放し、黙って長いすに落とす、頭を垂れて悪魔に背を向ける）
悪魔 （この間ゆっくり落ち着いて、上手に向かって非常に静かに行ったりきたりしている）今僕がこれで撃て、と弾をこめたリボルバーを渡さなかったら、君は殴っていたろうな。（温室を通り抜けて立ち去る）
第８景
ヤーノシュ、後でエルザ
（ヤーノシュはまだつっ立ったままでいる。今や温室の方からエルザが入ってくる、彼女は帰り支度をしていて、舞踏会から帰宅する少女たちのように首 にマフラーを巻き、コートを着ている）
エルザ （入り口の近くにとどまっている。そっと）私たちもう行きますわ。ほとんどのお客さまはもう出ていったわ。
ヤーノシュ （最初の一言で振り向きエルザを見つめる。今や突然声をあげる）
愛しい、きれいな、可愛そうな小さい子。（彼女の方に向かう、今や彼女にキスしたがっているかのように見える。しかし二歩ほど彼女に近づいた瞬間、突然悪魔が現れ、落ち着いて二人の間を歩いて横切る。立ち止まる）
召使 （上手からひっそりとエルザの方にやって来る）お母様が下の玄関でお待ちです。
ヤーノシュ お送りします。（彼らは上手から外に向かって出ていく）
悪魔 （召使に）あなたは一緒に行って、馬車に乗るときお嬢様が雪で滑らないように気をつけてあげるんだよ。（召使退場）
悪魔 （落ち着いてリボルバーの置いてある長いすまで散策し、そこから取り上げてポケットに放り込む。階段の上にヨラーンが登場する）
第九景
悪魔、ヨラーン、後でラースロー
ヨラーン （急いで机の方に降りてくる）あなたの実験は成功でしたわ。（机に座る）
悪魔 何をなさるんです？
ヨラーン （ペンをとる）手紙を書きます。誰宛だかご覧になってかまわいませんよ。（書く）
悪魔 サーキ・ヤーノシュ様。これはただの封筒ですな。中身はどうなるんです？
ヨラーン （大変緊張して）中に入るのは解決策です。（手を額に当てる）私もう二度と彼の目を見ることなんか出来ませんわ。今しがた玄関で私たちの目が遭ったとき、倒れるかと思いました。まだここにいらした二、三人のお客さまには「気分が悪いんです。下がらせていただきます」と言いました。もう行ってしまいますわ、四時ですもの。（ペンに手を伸ばす）
悪魔 で何を書きたいのです？
ヨラーン 手紙です、あなたのテストは大成功でした。彼に、今すぐ出て行ってくれるよう、急いで去ってくれと書きますわ。彼は私についてのあの恥ずべき言葉を信じた・・・あの・・・これで少なくとも永遠に全てが終わりです。私の前に二度と現れないで、だって・・・
悪魔 だって彼は愛しているから。
ヨラーン （びっくりする）何ですって？（自制して）いいえ、だって彼のやったことがやったことですもの。今こそ書きます、私の憎しみが燃え盛っている間にすぐ書きます。
悪魔 残念ですな、たまたま私が・・・
ヨラーン 怒ってはいませんわ。それどころかお礼申し上げます。ありとあらゆる悪徳にもかかわらずあなたは賢い方に見えますわ。あなたは、そのおかげで何もかもお許し出来るような奉仕をして下さいました。（ペンを取り上げる）そして彼がこの手紙を受け取れば、今夜もうほとんど失われてしまった安らぎは、少なくとも永遠にもどってくるでしょう。
悪魔 もう一つお手伝いをしてさしあげましょうか？
ヨラーン 何を？
悪魔 私が始めたことです、なら私に終わらせて下さい。私の思うに・・・私がその手紙を口述するなら、その方がいいでしょう。今のところ私の頭はあなたのより冷えてますからね。厳しい、決別の手紙を。あなたにはおそらく出来ないでしょう。
ヨラーン そう？
悪魔 短く、ドライに、永遠に。
ヨラーン （突然の決心して）口述して下さい。
悪魔 おっしゃったようなものになります。非常に厳しいものに。
ヨラーン （手の中のペンで）そう、そう。
悪魔 そして永遠に。
ヨラーン 永遠に。
悪魔 それではお書きなさい、−あなた様（くつろいで長いすの背によりかかってヨラーンの肩ごしに手紙を見る）
ヨラーン （繰り返し、書きとる）あなた様！
悪魔 この手紙をお読みになったらすぐ私の前から出て行って下さい。あれこれおききにならないで。出て行って下さい。私たち二人、一生もう二度とお会いしますまい。私があなたを見ることがないようによく考えてみます。あなたが私を見ることがないように、あなたの方でもお考えになるでしょう、まだあなたの魂に何がしかの名誉心の一しずくでも残っているなら」
ヨラーン 名誉心。
悪魔 私はあなたを試しました、私たち二人の兄と妹のような関係をまじめにとっていたからです。あなたは私にとって一番神聖なもののことで私を傷つけました。私は苦痛でいっぱいです、そして今日の午後はまだ、一人の男が聖なる信念をもって尊敬しているのだと嘘をついたあなたこそが、その原因なのです。午後私たちが話していたときのあの兄のような声、バルザムか何かのように私に効きました。私は幸福で潔白でした。そして何が起きたでしょう？今やこのテストであなたは、女について考えられる限り最悪のことを私について信じてしまいました。目がくらんでいたからです。妹を愛するようにではなく、罪ある女たちを愛するように愛しているからです。そしてあなたのこの恋は・・・
ヨラーン （悪魔を見返す）
悪魔 午後はまだ心休まるものだったあなたのこの恋は、ここでそれ自身の真の姿を見せました。私を所有したがる、他のどんな男の欲求より美しくもないし、何の変わりない。私は幻滅させられました。あなたは私の魂の安らぎを永遠に奪いました。あなたが本心を漏らしてからというもの、あなたのことを考えています、私に対する渇きに打ちのめされている一人の男を感じ取ります。わかっています、あなたはお休みになれない。あなたは目覚めたまま、私の白い腕を夢見ていらっしゃる。私は遠くにいてもあなたには安らぎのないことを感じます、そしてそれが死へと駆り立てるのです。私の魂を切りさいなみます。今やもう私の聖なる沈黙も終わりです。私は男のことを夢に見る女になりました、そしてこれから癒えることは出来ないのです。私は今はもうこの恋が地上のものであることを知っています、今やもう主人の目をま正面から見ることが出来ません、いまや私は自分の全ての感覚を解き放ちました。私の沈黙は今やもう静かな悲しみではなく、いずれそれによって破滅するであろう、息をひそめた激情なのです。全てが終わりです、私の内からあの女は自由になりました、敬意の鎖につながれた恋する女です。私は選ばなくてはなりません、死ぬべきか苦しむべきか。私はあなたのひどい仕打ちを許す瞬間があります。あなたが私から服をはぎとろうとしたとき、あなたは野生の嫉妬する雄でした。自然のままの感覚が私にささやきます、「あれは美しかった、あの男は恋している」と。そしてそんなとき私は歓声をあげます、彼は恋しているではないか、彼のために私は一生にわたる苦しみを背負ったのだと、私にはあなたの肩にこの傷ついた、白熱する、小さな頭をもたせる以外何も出来ません、そこにこそあらゆる慰めがあるのですもの、あなたの口づけ一つが・・・
ヨラーン （振り返って見つめる）
悪魔 「あなたの口づけ一つが私を全てから救ってくれるのです、あなたの抱擁こそが私の破滅であり、全ての苦痛の終わりなのです、獲物のようにあなたの最大に荒々しい抱擁を待ち受けつつ、ひとたびあなたの胸に身を寄せることが出来さえするなら、すぐにも死んでしまうかもしれないにしても。だってそのとき私については人生は終わるのですから。あなたの胸に隠れ、あなたの目に微笑みかけ、生きて、おののき、でも私が恐れるあらゆる悪を待ち受けながら。今や全て、全てが沈み、私のまわりから消えました、私には私の乾いた、哀れな唇をふさぐために生まれた、あなたの燃える唇以外何も見えないからです。・・・（ヨラーン性急に書く、ほとんどテーブルに顔をつけそうなほど）この悩める女を、この全ての口づけを経てさえもなお純潔な女を、ヤーノシュ、それはあなたの、あなたのものなのです、奪って下さい、私は焦がれつつもあなたの性急な男の唇に捧げます、奪って下さい、あなたが全てを私から奪い去るまでは、私はただの憐れな女なのです。今夜あなたは私のために眠れないでいらっしゃる、私があなたのために眠れないであろうのと同じに、甘く、あなたが少しも眠れないでいることを、あなたの大きな輝くまなざしが遠くから私を見つめているのだ、とわかっている悪しき良心をかかえて、その私はおののき、泣きつつ、征服され、敗れつつお待ちしています、お待ちしています、あらゆる恋の思いと共にお待ちしています・・・神の祝福を」
（間。椅子に身をかがめて最後の言葉をすでに女性の耳もとにささやいた悪魔は、今や長いすから離れる。女性は手紙にかがみこみ、それから見上げる）
ヨラーン 私はこれに何を書いたのかしら？
悪魔 非常に厳しい、決別の手紙を。
ヨラーン 書いてしまった・・・書いたことが恥ずかしい、でもあなたが何をお望みなのかわかったときはもう、私の関心は中断することが出来るかどうか、にあったんです。出来なかったわ。神様・・・ペンが私の手を導いたんだわ。（手紙を見つめる）あなたは一枚上手でしたのね。
悪魔 （テーブルから手紙を取り上げ、封筒に入れる）
ヨラーン （仰天して）何をなさるの？
悪魔 （冷たく）あて名人に手紙をお渡しするんですよ。
ヨラーン （声をあげる）まさかあなたそんなこと思ってるんじゃないでしょうね・・・ああ、私がこれを書きたくなかったことはご存知じゃありませんか。
悪魔 （冷たく）女性はしばしば書こうとしていることを望んではいません、だがいつも望んでいることを書くものです。
ヨラーン でも私、彼にこれを書いたんじゃありません・・・私自身に対して書いたんです！（ひどくぎょっとして）でも・・・（階段の上からラースロー登場）
ラースロー おやここにおいででしたか！（悪魔を指さす）
悪魔 何事ですか？
ラースロー この方は立派な方だ、もうみんな出て行ってしまったのに、まだずっと主婦を楽しませていて下さるなんて。
悪魔 （ポケットに手紙を放り込む）奥様のようにこんなお優しいお仲間がいては、私が他の人たちのことを忘れてしまったとしても、驚きではありませんよ。
ラースロー 私たちとコニャックを一杯やりませんか？家族として・・・くつろいで。
悪魔 どうも。私は明日はやくに重要な訪問をしなくてはならんのです。（頭を下げる）奥様・・・（ラースローに手を差し出す）・・・こんなに客人を歓迎して下さるお宅で一夜を過ごすことが出来たのは大きな喜びでした。ありがとうございます。
ラースロー 私にとっても幸運でした。別な機会にもこの名誉を与えて下さいますように。
悪魔 （無言で腰をかがめ、温室の方に出発する）
ヨラーン （悪魔が手紙を持って出て行こうとするのを見て、しゃくりあげ 小さな悲鳴をあげる）
（悪魔すみで振り向く）
悪魔 どうなさいました！
ヨラーン （死ぬほど仰天するが、まるで何も言うべき言葉がないかのように微笑みを余儀なくされる）このテーブルに・・・メモが・・・一枚ありましたの・・・ひょっとして・・・お持ちになりませんでした？（泣きそう）
悪魔 （机を指さして）そこに？広告のちらしのようなものがありました・・・ですがひょっとしてラースローさんには興味がおありかもしれませんね・・・（突然ポケットに手をつっこむ）
ヨラーン （突然、死ぬほど仰天して）いいえ！突然静まった声で・・・あったんでしたらよろしいんですの・・・（そっと、苦々しく笑う）
悪魔 （非常にそっと）失礼します。（さっさと温室を抜けて出て行く）
ヨラーン､ラースロー
ラースロー （悪魔を見送りに行ったのからもどってくる、疲れた様子）・・・今夜の夜会は大仕事だったね、お前・・・くたびれただろう・・・気づかれずに退場してしまった・・・
ヨラーン （額を支える）ええ。
ラースロー この夜会はお前を緊張させたんだね。でも美しくしてもくれた。今日のお前はすばらしかったよ。まるで今夜花開いたかのようだった。いつもそんな風でいるのを見られるといいなあ。（ヨラーン、テーブルによりかかる）
疲れたかい？（ヨラーンうなずく）
ラースロー （彼女のところへ来る）いとしい、美しいわが妻よ・・・君は僕のものだ、だろう？
ヨラーン ええ。
ラースロー （口づけする）愛しい。
ヨラーン （不愉快そうに）お願い。
ラースロー （時計を見つめる）四時過ぎた。おいで、君・・・その女王様の衣装を脱いだらいい・・・そしてベッドに横になるんだ・・・（身をすり寄せる）・・・そうするね？
ヨラーン お願いほっといて・・・私ひどくイライラしてるの。
ラースロー 君の顔はなんて燃えてるんだ、炎のようだ・・・
ヨラーン （ひどくイライラして、ほとんど乱暴に）アルフレード
ラースロー わかった、行くよ。（上手に向かう）ここにいたいのかい？
ヨラーン もう少しここにすわっていたいの。お願い、ほっといて。
ラースロー わかった。
ヨラーン 何のご用？
召使 （非常にそっと）シャンデリアを消すためにまいりました、奥様
ヨラーン 全部消してちょうだい。
（召使は先に温室の照明を消し、それから階段をあがっていき他の全部の明かりを消す、ドアから出て行く。今や温室のガラスごしに雪で覆われた庭が見える、そこでは月の光が輝いている。短い間）
（それからラースローが非常にそっと声をかける）
ラースロー ここで夜明かししたいのかい？寝に行ったほうが賢明だろう？（待つ、それから肩をすくめて退場）
ヨラーン （疲れて、非常に小さな声で）寝に行った方が賢明ですって？（降参して、ゆっくりとドアの方に歩き出す。この瞬間悪魔が温室のガラスにそって上手から来るのが見える。ガラスのところで立ち止まる、中を覗き込む。シルクハット、毛皮のコートを着ている、火のついた葉巻を口にくわえている。それから温室の向こうで下手に退場。庭の背景には、白い石の壁がある。彼が退場するとき、影が巨大化し、さっと消える）
ヨラーン 行くものですか。
（ソファに身を投げる。幕が降りる）
6 象さん：ハンガリ−語で象は、恋人たちの「おじゃま虫」を意味する
2 “Fort mit Shaden!” ドイツ語で「えい、捨てちまえ！」の意
8 “püspök” ハンガリー語で「司教」の意
9 カドリールは四人一組になって踊る舞踏。ハンガリー語では「四人組み」という。
10 シロッコ 北アフリカから南ヨーロッパに吹き付ける熱風
11 モンナ・ヴァンナ メーテルランクの同名の戯曲のヒロイン。十五世紀の半ばピサの町はフェレンツェ共和国の軍に包囲され、餓死か降伏かの窮地に陥る。包囲軍の指揮官はピサを解放する条件として、ピサ側の防衛隊長ギドーの妻ヴァンナに、マント一つに身をくるんで自分の陣営に来いと要求する。