宴
あるいは
神は一人か？
（ダーヴィド・フェレンツ）
パーシュカーンディ・ゲーザ作
飯田緑訳
目次
宴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ３
「宴」の登場人物たちの実像と歴史的背景・・・・・４６
劇評さまざま・・・・・・・・・・・・・・・・・５１
訳者あとがき・・・・・・・・・・・・・・・・・６２
宴
神は一人か？
（ダーヴィド・フェレンツ）
登場人物
エルデイ[1]のダーヴィド・フェレンツ：世界最初のユニテリアン[2]の司教[3]
マーリア：女中
ソツィノ：世界を放浪する神学者、客人
ブランドラタ・ジョルジ：公爵の宮廷医
トラウトナー・ルカーチ：司教の女婿
隊長
何人かの兵士たち
物語は1578〜79年のエルデイ、コロジュヴァール（ルーマニア名クルージ・ナポカ）のダーヴィド・フェレンツの家で起きる
1578年エルデイ公バートリ・クリストフ[5]はブランドラタ・ジョルジの示俊によりエルデイにイタリア生まれのユニテリアン、ソッツィーニ・ファウストを呼び寄せた。明らかに司教を監視させる目的で、ダーヴィド・フェレンツの家に逗留させる。この作品におけるソツィノという名は、ソツィーニ（ソツィヌス）・ファウストの併合から生じた、従って実際の歴史上の人物像からは異なっている。マーリアは完全に架空の人物である。作者は歴史的事実の正確さについては、最も本質的な点にのみ留意した。作者は何よりヒューマニストのダーヴィド・フェレンツの、天才的な信仰告白家の記念碑を―おのが貧しい手段をもって―うち建てたかったのである。
第一部
第一景
短い鐘の音が始まる。そのときやっと幕が上がる。鐘の音はまだ続く。止む。
ダーヴィド・フェレンツの家の階段のひとつと長い門の通路[6]の開口部。ろうそくがともっている。舞台は空。外から馬車のきしる音。鍵、門がきしる。人々が通路の向こうから登場してくる。ブランドラタとソツィノがやって来る。ゆっくり。医師はあたりを示す。そっと。最後まで事務的）
ブランドラタ さて、これが司教の家だ。ここが奥棟の入り口だ。（鍵をわきに置く）
ソツィノ 私は公爵にとって重要になったわけですね、ブランドラタ先生。何のおかげでしょう？（荷物を置く）
ブランドラタ 記憶していることを短くまとめたものだな、ソツィノ、とはいえまもなくそれが大いに必要となるだろう。
ソツィノ まるで好意で私にそうして下さるような口ぶりですね。
ブランドラタ （ほとんど愛想よく）好意はお互い様だ。君はわれらの客人なのだ。
ソツィノ これは高くつく宴ですね、イタリアの同胞よ。私はかけがえのない故郷に恥辱を与えたくありません・・・（この間、あたりの情景を見回す）
ブランドラタ （微笑むことなく）愛するターリヤ（イタリア）の兄弟よ、われらが君に期待しているもののせいで非難することはない。
ソツィノ 私のことをタフだと思っているのですね。その通りです、あなたもそうですね、先生。公爵の宮廷ですでにたくさんの死体を切り刻んだのでしょう。あなたは血に忌むことがない、そうでしょう？だが私の唯一なる神は・・・
ブランドラタ （途中で遮る）対決はよそう。私はもう神学論争で口が酸っぱくなっているんだ。神は一人か三人かでね。そんなのは実際的な面からはどうでもいいことだ。君のやるべきことは、わかっているな。
ソツィノ 予想しています。だが私は、なすべきことは信仰ゆえになしたいのです。この内なる魂以外の、いかなる依頼もお断りです。そしてそれさえあれば、人殺しだって出来るでしょう。しかし信仰からだけです。
ブランドラタ 宗教改革の頃に通り過ぎた信仰以上に大きな信仰に何の必要が
ある？他の教会の怒りを再びわれらに対して招いてはならんのだ。ユニテリア
ンの教会を、もう出来上がってしまった形で守らなくてはならない。これからは安定化の時代が続くのだ。新しい公爵がやって来た。われわれの後盾になっ
てくれたヤーノシュ・ジグモンド[7]に代わって、カトリックのバートリ一族だ。こういうときはいつも誰かを犠牲にしなくてはならんのだ。いつも誰かを。誰かたちを。人々か、あるいはたった一人をかだ。たとえ天才であろうとも。天才は勤勉な炎を呑み込み、消してしまいかねないからだ。それは確かだし、常に起きることなのだ。天才はいつも自分自身をしか照らし出さない。不意打ちしてくる逆光のようなものだ。背後からやって来る、そしてそのすぐ前にあるもの、その裏側はほの暗いままだ。君がうなじの後ろにろうそくを置いたときの、君の顔のようなものだ。だから彼を犠牲にしなくてはならんのだ、この前で、われわれの顔に当たっている光ゆえに。（さっとつかんだ一本のろうそくで実演してみせる）
ソツィノ おそらくあなたは神の元に私的な謁見に通われ、神はあなたと二人きりで「誰を殺さなくてはならないか」を話されたんでしょうね。誰かを犠牲に選び出すようにと、あなたを選んだのは誰なんでしょうね？
ブランドラタ お選びになったのではない、私は神の僕だ。だが僕だって命令する。少なくとももっと小さい僕に対しては。引き受けるか？
ソツィノ 私はまだ、何を引き受けなくてはならないのかさえ、本当に知らないのですよ。
ブランドラタ 何を？司教を監視して、君が見聞きしたことを報告するのだ・・・昼も夜も彼のそばを離れてはならん。女中が君の知らせを送り届ける。あるいは私が自分で取りに来る。ここにだ。いいかね、司教はばかではない！彼がわれわれの信仰の敵であると証明するのは、容易ではあるまい、そして彼は滅びなくてはならんのだ。
ソツィノ 私は自分より賢い人を殺すのですか？教会内のわれわれより賢い人々を刺し殺すのなら、誰が残るというのです？あなた方は、阿呆たちの教会を望んでいるのですか？勇敢なもの全ての首をはねさせたら、卑怯者たちをわれわれの僧侶にし、臆病者たちを信者にするのですか？もし学者全員を根こそぎに
したら、その代わりに誰をもってくるのです？愚か者と無知な者を？われわれ
が名誉を滅ぼすのなら、説教壇に汚物を運びあげるのですか？
（考え込んでいる間の間）
ブランドラタ 君に任せる。もし君が何かを報告しなくてはと感じたら、君が有罪だと感じたら、もし君が司教は異端者で宗教改革家だと、そして教会を分裂させたがっているのだと思ったら、報告するのだ！そのときこそだ。そして
君もそう思ったらだ。
ソツィノ で、そう思わなかったら？
ブランドラタ 君は公爵に寄食する客人だった。（声を変えて）だがお願いだ、常に教会の将来のことを考えてくれ・・・ようやく一つになったものを、分裂させなくてはならんのか？もしそうとは思わないのなら―報告するのだ。報告するのだ！
ソツィノ 裏切る・・・密告する？ただ信仰ゆえにです！ただ信仰ゆえにです、
先生！
ブランドラタ （彼の目に見入って、直截に）なら信じるのだ！この信仰においても君は客人なのだ―決して忘れるな。
（退場）
（短い間）
ソツィノ（その後を見送って） 政治に口をはさむ医師がた！（自身に向かって）ある人物と議論するために、私はここに呼び寄せられた。彼の思想と彼自身までをも監視するために・・・私には家も、寝ぐらも、妻も、一切れのベーコンもない・・・（一瞬の沈黙）自由にやれるというのなら、裏切りももっと容易になるだろうに。
（暗転）
第二景
ダーヴィド・フェレンツの家。司教の仕事部屋および寝室も兼ねている。粗毛布に覆われた寝台。床には動物の毛皮。本の数々。階段があって、その一番上には（中二階のような）小さな休息場になっている。司教は寝台で壁の方を向いている。強いてノック。マーリアがせわしなく階段を降りてくる。ドアが開く。ルカーチが入ってくる、血の気の多い人物。
ルカーチ： ご在宅か？
マーリア （疑わしげに彼を見てから、中に入れる。寝台を指し、声をかける）どこにいるって言うの？そこよ・・・起きて、司教様、むこさんですよ。
ダーヴィド・フェレンツ： （寝返りを打ち、寝台の上に座る）お前か、ルカーチ？（そこにはもったいぶった様子も、老人くささもない）
ルカーチ 到着しました。今、奥棟で荷物をほどいています、ブランドラタが連れてきたのです。あの医者めには自分の鍵があるのでしょう、違いますか？
ダーヴィド・フェレンツ そうかもしれん。
ルカーチ あなたのところに逗留させ、あなたと食事し、あなたの秘密全てを盗むために連れて来たのですよ。
ダーヴィド・フェレンツ 秘密は神だけのものだ、私は神ではない。（マーリアに）聞いたか、マーリア。客人がおみえだ。美味しい夕食を作ってくれ。
マーリア 出来るかぎりね。（隅で後ろを向いて、出て行く）
（短い沈黙）
ルカーチ あなたの牛のような忍耐が理解出来ません。フェレンツ！公爵はヨーロッパ中のどの国も受け入れようとしない放浪のユニテリアンを、招いたのです、国王たちは彼を信用していないだけでなく、恐れてさえいるからです・・・今日そのけつに接吻しても、明日は同じ穴からくいを刺し込んで殺すかもしれないからです。あなたが偉大だから今日おもねっても、明日彼が権力を手に入れれば、ゴミ溜めの犬のように見る・・・こんな放浪の神学者を、そいつは叔父の名声のおかげで生きているのに、そんな奴を公爵は、あなたを監視させるために呼んだのですよ・・・これはあなたにとっては何よりもひどい侮辱だ、少
なくとも新たなミゲル・セルヴェテス[8]をあなたのところに送ってきたのなら、彼はあなたに匹敵し得ただろうに。おわかりでしょう、セルベトゥスは幸福だったかもしれない、彼は少なくとも一人のカルヴァンに殺されたのだから。なぜあなたのところにはふさわしい刺客が送られてこないのでしょう？あなたにはそれすら与えられないのですか？かつてはあなたにもふさわしい敵がいたで
はありませんか？メーリウス・ペーテル[9]はどれほど大口叩き、言葉が下品だったにせよ、彼はあなたに正面からとびかかり、あなたの命を求めていることを
否定しなかった。彼は決して背後から襲ったりはしなかった。彼はカルヴァン教徒だったのではありませんか。そしておわかりですか、ブランドラタとこの
ソツィノのやつはユニテリアンのくせに、それでもカトリックのバートリに、イエズス会の手先にあなたを投げ与えようとしている、それというのも彼らがユニテリアンの教会の主になれるようにとのためなのです。そしてあなたは・
・・？あなたは彼らに対してどうなさろうというのです？そしてあなたは何なのです・・・？
ダーヴィド・フェレンツ 私？私はユニテリアンだ。
ルカーチ ユニテリアン！ここには、公爵につごうの良いように動いているユニテリアンが何人いるんです？
ダーヴィド・フェレンツ それでも私はユニテリアンだ。
ルカーチ あなたがわかりません、フェレンツ！バートリは密告者を一人呼び寄せた、そして彼には、少なくともやつを自分の家に連れて行こうというだけの敬意もないのですよ。あなたのところに逗留させるのです。
ダーヴィド・フェレンツ： 公爵が逗留させたのだと、なぜわかった？
ルカーチ もちろんブランドラタの思いつきだったのです、だがこれは重要ではない。汚い仕打ちとはこのことではない。あなたの家へと送り込み、あなたが食わせ、飲ませ、退屈しないかとたずねるのです。あなたがご自分の密告者を養われるのです。
ダーヴィド・フェレンツ 神が養われるのだ。
ルカーチ： 神が!?だがあなたの家で、あなたのパンで、あなたのワインで養い、あなたが神経を使われるのです。
ダーヴィド・フェレンツ われらは神の懸かりうどだ、誰もが神ののみ、しらみなのだ。
ルカーチ ただ神は密告することも、殺すことも出来ないが、あなたのことなら出来ます。人間のやり方で疑ってごらんなさい、フェレンツ！
ダーヴィド・フェレンツ 私は疑ってはいない、もし神を信じるのなら、誰であれ信じよう。もし神が殺すのなら、誰もが殺すのだ。もし誰もが殺すというのなら、神は殺すのだ。（聖職者らしい言い方ではない）
ルカーチ： フェレンツ、フェレンツ、あなたは高貴すぎる、あなたは理解されない。人は、あなたが学者であることを予感しているだけだ、それもあなたが理解出来ないからこそだ。彼らに何がわかる、彼らにとってどっちみち同じであるときに、なぜ神が三人の代わりに一人でなくてはならないのか・・・もし彼らに必要なもの、食べ物、飲み物、夜に暖かい女があるというなら、神が一人か三人なのか何のかかわりがあります？そしてキリストが神の子だったかどうか、それとも単に一人の偉大な人物だったのかが？
ダーヴィド・フェレンツ この世で、たった一人の人間にしか神が一人である必要はないのだとしても、それを広める価値はあるだろう。
ルカーチ 私にはわかります。だが私だけです。だからこそあなたを殺させたくないのです。むしろブランドラタ、ソツィノの方が、あるいはいっそ公爵であれ、ただあなただけはだめです・・・（自身に向かって）このよそ者を刺し殺すか、サモシュ川に沈めてやろうか。
ダーヴィド・フェレンツ 私か、彼かだ。神により愛されているものが、滅びるだろう。
ルカーチ ならあなたが滅びる！
ダーヴィド・フェレンツ 私にはその方がいい、神がそうお望みだからだ。
ルカーチ 神よ、今度だけは不公平になりたもうな！一個の知性が滅びるのをほおっておかないで下さい、一個の思想が滅びるのを、ほおっておかないで下さい。神よ、私は民を愛し、人々を愛し、あなたは愛している私の魂をごらんになっていられます、それでも今私は申します、何人の人間を神よ、あなたは長らえさせたのですか、殺した者、人殺しをしたような人間を何人、一生を通じて目に、口に、しっぽに必要な分しか考えたことがない人間を、それ以上は全然考えることすらしなかったような人間を、何人長らえさせたのです？神よ、毎日「はい、いいえ、仲間よ、このブーツは、このソーセージはうまい」以外言ったことのない人間を、何人生かしておいたのです、神よ、音楽にも、詩にも、あなたの思想の陰影に肌を紅潮させたことのない人間を、そんな奴らを何人長らく生かしておいたのです、神よ、あなたのことを考えたことすらない奴を、何事をもじっくりと、深く考えたことのない人間を―そんなやつらを何人生かしておいたのです、神よ。お願いです、お許し下さい、私は人々を、民を愛しています、お許しください、神よ。
ダーヴィド・フェレンツ 私のために祈ったのか？
ルカーチ いいえ、一個の思想のためです。
（短い間）
ダーヴィド・フェレンツ (自身に向かって)密告者かもしれん、それでも神がわが元に送られたのだ。
ルカーチ ブランドラタ・ジョルジとバートリ・クリストフが送ってきたのですよ。渡り鳥の神学者だ。河岸を変える。日当たりのいい方へ。汚点まで抱えていく・・・自分の魂を・・・（皮肉）
ダーヴィド・フェレンツ 私が自分の真実を証明するようにと、神がお送りになったのだ・・・きっとソツィノは私を裏切りはすまい。今やついに真実は私の側にあることを見て取る善良な神学者がいるだろう。ブランドラタでは私の件は望みがなかった、何しろ新しい公爵がいるからだ。（真摯な自信）だがソツィノは外国から来た、先入観にとらわれてはいない。私の意見を公爵に話すのが誰になるかは、私にとってどうでもよくはない、わが仇敵ブランドラタか、偏見のないソツィノの方か。少なくともそれは希望だ。（自身に向かって）
ルカーチ 司教さま、あなたは大きな子供みたいだ。この男はバートリに引き渡されているのです。この男には、裏切りを働こうと、はげたかのように放してもらおうと、行くべき当てもないのです。やつは地上の全ての国でもう失墜してしまって、一人の王も彼を我慢出来ない、彼は扇動したし、その学説を斡旋してまわったからです。フェレンツ、この男は宿無しで、あなたを裏切るしかないのです。寝ぐらもない、裏切りだけなのです。裏切りだけが彼の祖国なのです。
ダーヴィド・フェレンツ 裏切るというのなら、それでも試みてみなくては。彼の裏切りも何かのためになるように。
ルカーチ 何のです、一体何のです?!
ダーヴィド・フェレンツ いずれわかるだろう、ルカーチ。
ルカーチ 神よ、あなたは一箇所にあまりに多くの知性をお与えになりました。そしてわずかしかもらえなかった者は、怒りのねたみから頭脳明晰な者を滅ぼすのです。復讐のために。自分と同じ水準に引き下げることが出来ないからです。私にはこれ以上言うことはありません。（退場、暗くなる）
ダーヴィド・フェレンツ 神よ、誰もが裏切るのかもしれません、あなただけは決して私をお見捨てになりませんように、お願いです、神よ、決して私を裏切られませんよう。
（暗転）
第三景
ダーヴィド・フェレンツの部屋のテーブルのかたわら、夕食後である。ちょうどマーリアが果物を持って入って来る。二本のろうそくが燃えている。両方とも相応に明るい。二人の前には大杯。
ダーヴィド・フェレンツ（あたりを見回す）他の者たちはどこだね？
ソツィノ 何のことです？（いささか緊張して、困惑）
ダーヴィド・フェレンツ 君以外のキリストの使徒たちだよ。それで君は彼らのうちの誰なんだい？（明らかにユダのことを考えている）
ソツィノ それはおそらく言い過ぎです、司教様。
ダーヴィド・フェレンツ 君の言う通りだ。これは単に最初の晩餐にすぎない・・・（皮肉）。最後の晩餐までは一体あとどの位あるんだね？(短い沈黙)それでは連れてこられたか？兵士たちに連れてこられた、私の客人になるようにと武装して付き添われてきた。もし私の客人にならなければ、首をはねられていたかもしれない。もしそうでなかったとしたら？（皮肉）
ソツィノ（心から品位を保って）私はここに逗留させられました。私にはどうにもなりません。
マーリア（生々しく肉感的な美しい顔に子供っぽい嘲笑、細身の身体にめかしこんでいる）きっとそうよ！神学者さんはとってもはにかみ屋さんなのね、もしこの人に「ここへ行け」と言ったら、行くわよ。言われたところに、その通りに。
ダーヴィド・フェレンツ マーリア！
（娘は少し傷ついて、空っぽの盆、食べ物を片付け始める）
ソツィノ 私は司教様を大変不愉快な状況に追い込んでしまい、お宅の平安をかき乱しました。客人になるということは、実に良からぬことです。
ダーヴィド・フェレンツ 親愛なるソツィノ、あなたは私にとっては良いことだけ期待出来る、良き神学者だ。私が最初いささか友好的でなかったとしたら、許してほしい、だが私には自分自身の肉体すら耐え難い瞬間があるのだ。
ソツィノ この世で客人になること以上に困難なことはありません。
ダーヴィド・フェレンツ だがわれわれはみな客人ではないか。（ほとんど親しげに）親愛なるソツィノ、いつ私が教会について、信仰について外国人と話し合える機会があるというのだ？わが家では・・・（手で振る）というわけで安心してほしい、私はあなたが来てくれてうれしいのだ。ついに私が議論出来るふさわしい相手だ。
ソツィノ（仰天して）司教様、私は信仰と教会について議論することには少しもこだわってはいません。それどころか・・・
（マーリア登場。二人は突然沈黙する。マーリアはそれに気づき、皿を集めている間、何度もソツィノに触れる。偶然ではないし、無邪気でもない。これは後になっても繰り返される。出て行く）
ダーヴィド・フェレンツ わかっている、私は娘の竪琴の演奏に感心してもらうために、息子の絵に見とれてくれるようにと、客人を迎える者たちと似たようなものだ。それも家具や料理を、かわいそうに言いなりの客人に自慢するために。おそらく私だって大して変わりない。だがわかってほしい、ここには話し相手がいないのだ。
ソツィノ（ほとんどヒステリックに） どうか不快な状況に持ち込まないで下さい、信仰の話はよしましょう！私がコロジュヴァールに、この素晴らしいエルデイの地に驚嘆していることを話させて下さい！
ダーヴィド・フェレンツ （自身の胸を指さす）内なる地を、ソツィノ。結局のところ私は誰かと腹を割って話し合いたいのだ。（ワインのとっくりを差し出す）
ソツィノ 司教様、私は神学論争をやるためにこの家に来たのではありません。
ダーヴィド・フェレンツ（不機嫌に）疑っているのだな。まるで私を恐れているようだ。だが誓おう、理由などない。信仰の問題について話すことが、私にとって特別な利益になるとでも思っているのか？私が依頼を受けているとでも思っているのかね？
ソツィノ あなたが私に何も言わないで下されば、と願っています。おわかりですか、司教様、何もです。
ダーヴィド・フェレンツ（ソツィノの隣に座る、頑なな穏やかさで）それでもやはり、私は全てをあなたに話すだろう。
（マーリアはその間、行ったり来たりする、目立つほどではないが、耳をそばだてている。）
ソツィノ お願いです、何もおっしゃらないで下さい。
ダーヴィド・フェレンツ（信頼を持って身をかがめる）心配するな、私は密告者ではない。あなたは、私にあなたを監視させるためにわが家に逗留させられたのではない。しかしこれはわれわれの間だけの話だ。
ソツィノ 司教様！
ダーヴィド・フェレンツ（少し意地悪に）わかっている、なぜよりによって我が家に宿を得たか、あなたには疑わしいことかもしれない。
ソツィノ 疑ってはいません！
ダーヴィド・フェレンツ だがわれわれは疑うべきなのだ。
(反駁を許さない)
ソツィノ 私はあなたを疑ってはいません！あなたに私を監視するなど出来ない。（ためらいがちに）誰に依頼されたというのです？
ダーヴィド・フェレンツ 言おう、神にだ。
ソツィノ 冗談は面白くもなんともありません。
ダーヴィド・フェレンツ そうか、私にあなたを監視出来ないのなら、唯一の仮定が可能だ。
ソツィノ ならば？
ダーヴィド・フェレンツ あなたが私を監視するということだ。
ソツィノ（じっと見つめる）司教様、もちろん信仰の問題について私と話して下さるようにお願いなどしていない以上、私はそれどころか抗議します、お疑いの根拠は何なのですかと。（短い沈黙）けっこうです。かまいません。話し合いましょう。
ダーヴィド・フェレンツ やっとか！私は信仰告白がしたい！
ソツィノ ですが一般的な問題についてだけ・・・
ダーヴィド・フェレンツ 神以上に一般的なことがあろうか？すなわち我らはイエス・キリストから始めるのだ。私が彼を神の子、救世主とみなすか、あるいは人間とみなすかは、明らかにあなたの関心のまととなるだろう。人間なのだ！彼には神に代わって慈悲を与えることは出来ないのだ！だからこそ私は、彼らの目には冒涜者―宗派を騒がす異端者なのだ！
ソツィノ（ほとんど怯えて）いいえ、そのことには関心ありません。ありません！
ダーヴィド・フェレンツ 私があなたを揺さぶるのを恐れているな。私があなたを汚すと。私はただ、あなたに一つの思想に触れてみてほしいのだ、そしてあなたが気に入ったら―自分の方に引き寄せればよい。
ソツィノ 私は疲れました！長い旅だったのです・・・今日はもう・・・今日はどんなお話も・・・
マーリア（入ってくる。ろうそく立てを持ってくる）神学者さんはきっと疲れてるわ・・・横になりたいんじゃなくて？もうお床を作っておいたわ。司教様のきれいな部屋にね。もう議論はたくさんよ―寝なくっちゃ。
ダーヴィド・フェレンツ マーリア、大人の問題に口出しするんじゃない。お前はまだ幼いのだ（これを優しく言う）
マーリア（高笑いする、いわくありげに）でもだからフェレンツ様はやっぱり私のことが好きなのよね。偉い人たちはみんな私が好きなのよ。神学者さんも私が好きになるわ。でも今はまだ昔のセレダ[10]の坊様みたいだわ。女中をベッドに押し倒して、ろうそくで太腿の間を照らしたの。ろうそくでしか見つけ出せなかったからよ！他の物で照らしたかもしれない代わりにね。
（笑う、大仰にではない、ろうそくをともす）
ダーヴィド・フェレンツ 下品なことを言うんじゃない、マーリア！（声を変えて）われらはここでやすもう・・・私はここに、神学者さんはそこの隅でだ。
（段の上を指す）
マーリア ふとんを持ってくるわ。（退場）
ソツィノ 一人でそっくり一連隊を辱めることの出来た女たちについては聞いたことがあります。その粗野なふるまいで。傭兵が一人顔を赤らめるとすれば、その言葉は大したものです・・・（相手は沈黙する）剥き出しの力がとびかかってくると、魂はしばしば奇妙に縮こまってしまうのです・・・小さな獣も、大きな獣がその身の上に忍び寄ると、傷つけられないようにと死んだふりをします・・・むき出しの力の呪いを前にしての唯一の高貴さとは沈黙なのです。
ダーヴィド・フェレンツ ならば私は今まさに高貴なる者だ。
（マーリア入ってくる、毛布を持って来る）
マーリア それじゃ私はどこで寝たらいいのかしら？
ダーヴィド・フェレンツ 今まで通りお前の部屋で。
マーリア（もう床に敷いてある獣の毛皮に、自分の床を作り始める）私はいつも自分の部屋で寝ていたわけじゃないわ。この床だって悪くはなかったわ。
（いわくありげに）どんなにかね。
ソツィノ 司教様、私は本当に別の部屋に移ってもかまわないのです。
ダーヴィド・フェレンツ それは絶対いかん、息子よ、君は私の懇意の客人ではないか。
マーリア それに私の。
ダーヴィド・フェレンツ マーリア、お行き、お前の部屋で寝るのだ。
マーリア 私には命令しないわよ・・・あの魔女の女房には命令したかもしれないけど・・・放り出したさ・・・だけどあいつのお尻をうずうずさせたのは魔法の棒切れで、聖書の文句のなんたらかんたらじゃなかったわ。
ダーヴィド・フェレンツ マーリア、やめないのなら・・・（抑制された脅かしはむしろ父親のよう）
マーリア ならどうなるの？私はここで寝るわ、これでおしまい。私の心は戻りたいのよ。（皮肉）一度こんな風に、偉い人たちが寝てる部屋に寝てみたかったのよ。
ダーヴィド・フェレンツ マーリア！もっと賢くふるまえ！
マーリア どっちみち司教様は、私は小さな知恵者なんだっていつも言ってるのよ・・・小さな知恵者は偉い人を望むのよ！
ソツィノ（そっと） 彼と言い争うんじゃない・・・
マーリア（小びんを司教に差し出す）お薬よ！（司教は飲む。娘はその間服を脱ぎ始める。男たちは後ろを向く）私の前でお話しててもかまわないのよ・・・
どうせ私にはわからないんだから・・・違う？フェレンツ様。私には何もわからないわ。ただラテン語はごめんよ！学生の言葉をきくと、私はいつも教会にいるんだって思うのよ。一度小さかった頃、処女マリア様の像のわきによじ登ったの・・・幼子エス様をなでるためにね。若い坊様が来て、私を引きもどしたわ・・・でもここをしっかり掴んで、腕の中にどさっと・・・えらくがっちりとね・・・ラテン語を聞くといつもあのことを思い出すわ。でもあの頃はまだ私カトリックだったわ・・・
ダーヴィド・フェレンツ（一本のろうそくを吹き消す）真実は明日に延期するとしよう。おやすみ。（壁の方を向く）
（ソツィノは段に上がる。マーリアは片方のろうそくを吹き消し、一本テーブルの中央のが残る。彼女は毛布の下にもぐりこみ、もう寝ているダーヴィド・フェレンツを油断なく見張る）
マーリア(声を張り上げないように) 薬でぐっすり眠り込んでしまうのよ・・・この頃では服を着たまんまなの・・・神学者さんはなんで服を脱がないの？あなたも連れていかれるのが心配なの？準備が出来ていなくては―って司教は言ってるのよ。いつ何が来てもいいようにって。
（ソツィノ黙っている）
神様の人々、そうでしょ？何もかもあきらめている。あの人たちにはこれでいいんだわ・・・干草に寝る馬車引きみたいに、着っぱなし・・・
（突然、毛布から起き上がる、段をすべり上がる）
さ、今私が神学者さんをちゃんとしてあげるわ・・・
（ほとんど震えているソツィノの上着を引きおろす）
ソツィノ（かろうじて歯をガチガチいわせて）なんでここに来た？・・・
マーリア（ささやく） じゃブランドラタは言わなかったの？私があなたの報せを彼のところに持って行くのよ・・・これで私たちはもう一心同体だわ。でしょう？一心同体よ。
（倒れかかる、恋の格闘。わずかな時間の後静まる、つかの間の沈黙。ささやき声で、相手を侮辱しつつ話す）
なんで私に口をきかないの？まるで魚の卵みたいに黙りこくって抱くのね。わかる？ブランドラタはいつだって私には優しく話すわよ、そうはいっても彼と寝たことは一度もないけどね・・・
ソツィノ（自身に向かって） 先生、それじゃあ人間、ベッドの中でさえあなたから自由にはなれないということか？
マーリア（攻撃的に引き寄せて、歯で男の首を探る）あんたも口をきくようになるわよ・・・そうなるわ、見てらっしゃい！あんた口がきけないの？あの神学生ときたら私の胸をりんごちゃんって言ったのよ・・・聞いてる・・・？あんた、どうしてそういうのが言えないの？おべんちゃらでもののしるんでもかまわないわよ、黙ってるのだけはいやよ、あんた魚ね―鱗の生えた氷の塊だわ！
（ソツィノうめき、ほとんど荒々しく娘を組み伏せる。）
（暗転）
第四景
側面の階段、門の通路の開口部。ソツィノとブランドラタが向かい会いながらやってくる。二人とも立ち止まる。
間）
ブランドラタ 考えてみる時間は終わりだ、ソツィノ。祖国がほしいのなら、引き受けなくてはならない・・・
ソツィノ それでもだめなら？
ブランドラタ 公爵は迎え入れ、養ったぞ。
ソツィノ 私を養ってくれているのはわが教会です。公爵の慈悲ではありません、仲間の屍たちが、わが信仰の死者たちが養い、ここへ迎え入れてくれたのです。法では、もうわれらを拒むことは出来ないことになっています。わが教会はすでに勢力となっています。われわれは大目に見てもらっているような存在ではないのです。われらがもはや彼らのお情けの辛抱で生きているのでないということは、彼らには苦痛でしょう、しかしわれわれの方からあれこれ口出ししてやることだって出来ます。公爵の慈悲のパンは終わりです。
ブランドラタ（直裁に）君を追い出したポーランド王のところに送り返すぞ、
誰も迎え入れてはくれまい、誰もが君を忌みきらっているのだ。君は扇動家だ。君はつまるところ実際には何も信じていないのだ、破壊しか信じていない。それなら司教の思想と信者たちの信仰を破壊するのだ。そうすれば祖国が出来る。
ソツィノ なぜあなた方はこの土地を種に脅すのです、ここは私の祖国ですらないのに？私が生まれたのはここではありません。
ブランドラタ 私だって違う。君の裏切りがやがてここを祖国にするのだ。君の罪が君を真の国民とするのだ・・・我々の共通の罪と勝利がだ・・・商人のように一度ターレル１１を何かに投資したら―その金の後を追うのだ。我らは新たな罪を新たな祖国に投資するのだ・・・そして放棄はしない、我らの新たな罪がもうけを生むのを待っているからだ。きっとだぞ、ソツィノ！
ソツィノ そんな値だというなら―まっぴらです！
ブランドラタ イタリア人の私に―ここでの生活が容易なことだったと思っているのか？私の昔の同郷人は疑わしげに見ている、私が別の国で生きているからだ。それにこの土地の人々には、やって来ては去っていく、風に乗ってきた人間だと言われた。ここでもなく―あそこでもない。だが今ではもう尊敬されている・・・私以上に憲法を遵守している者はいない。公爵は私を信用している。彼はお抱えの医者たちすら恐れている、彼らがただの下剤を処方するだけでも、彼らをうさんくさがっているのだ。私が毒を盛るのは一番最後になってからだ、と彼にはよくわかっている。私を縛っているのは恩義だからな！かくしてこれが私の祖国というわけさ、恩義の念と自己弁護だ・・・そしてここから退却は出来ない・・・私は数百人の貴族たちよりも、この地と民たちの方が好きだね、貴族たちは民でもっているのだ。祖国をくれるのが何なのか、そして誰なのかは、何でもいい、誰でもいいとはいくまい。ひとたび君の状況が上向きになればどこで暮らすことになるかは、どうでもよくはなかろう？答えろ！
ソツィノ そうは言いかねます、ブランドラタ！
（間）
ブランドラタ さ、この話はもうたくさんだ・・・ 注意しておくが、女中は彼女が部屋に入っていく度、君とダーヴィド・フェレンツはいつも黙り込んでしまう、と報告してきた。でなければラテン語の会話に切り替えてしまうとな。公爵はこのことを、君らは一致したのだ、と解釈しかねないぞ。彼に対して同盟を結んだのだと。とりわけなぜ一人の文盲の女中が君らの高尚な思想を聞かせてもらえないのだとな。
（沈黙）
ソツィノ あなた方はすでに、ご自分の密告者ですら信用出来ないのですか？裏切り者の上に裏切り者を重ねようというのですか、先生？それも・・・召使を一人？密告者の密告者を？（無力な怒りにかられて辺りを打つ）
ブランドラタ 君が引き受けるのなら、召使の役目は取り消しだ。我々は真実を知りたいのだ。奇妙に聞こえるかもしれないが、まさにダーヴィド・フェレンツのために君は引き受けなくてはならんのだ。君が彼を好きなのなら。部外者の言葉はより信用される。我々がそれについて客観的で、専門知識のある報告を得られることが、まさに彼のために必要なのだ、女中一人の寄せ集めではなくて。彼ならこんな例外的な処遇もふさわしい、それどころか彼はやはりわれわれの教会の創立者なのだ。（真摯な威厳をもって）
（短い間）
ソツィノ つまり創立者を殺さなくてはならないのですね？
ブランドラタ われわれは創立者を排除するのではない、自分の作品に対して対立した者を退けるのだ、彼がすでにしっかりとうち建てた物に対して対立した者をだ。君は召使たちの唇に一人の偉大な僧侶を委ねるのか？なら我々も頼むから、司教を救うのだ！（目を見開き、迷わすような、信用出来る力をこめて）もし彼が本当に弁明にふさわしいのなら、そして君が彼のために弁明に足る理由を見出すなら・・・
（わずかな間、ソツィノは信じかけるというより、主に信じたいと願う）
ソツィノ 神の聖なる御言葉にかけて誓えますか？ブランドラタ・ジョルジ、私の報告は唯一の真なる神とエルデイのユニテリアン教会のために用いたいのだと？
ブランドラタ （簡潔に、乾いた声で）誓おう。
ソツィノ 誓って下さい！
ブランドラタ 神よ、かくあるべく助けたまえ。
ソツィノ だがもしあなたが誓いを守らなかったら・・・（威嚇的に）
ブランドラタ 脅すのは止せ、私は笑う気分ではないのだから。
ソツィノ いずれわかります・・・我々がどんな気分になるか、先生・・・
ブランドラタ さて、公爵には何と言おうか？
（両者にらみ合う）
ソツィノ 行って、私が依頼を引き受けたと言って下さい。ダーヴィド・フェレンツは私には真実を語るでしょうし、私はそれを伝えるだろうと。私はつけ加えたり、それを削除したり、ねじ曲げたり、修正したり、自分の気分次第で解釈を加えたりはしないと・・・神よかくあるべき私を助けたまえ！
（ブランドラタゆっくり頷き、出発する）
（暗転）
第五景
ダーヴィド・フェレンツの部屋。マーリア体を揺すって部屋を横切るが、効果はない。ソツィノは床に座って一冊の本に没頭している。司教が一冊の本を持ってやって来る。彼は本の表紙を連打している。足には編み上げ靴。非常にだらしない。
ダーヴィド・フェレンツ 君は存分に尋ねようとしないのだな、ソツィノ。問え！公爵が私についての全てを知ることは、私のためになるのだぞ。論じようではないか、ソツィノ！議論の盛り上がりでときどき私は口を滑らすぞ・・・それは君らには都合よいだろう！
ソツィノ あなたは裏切りを勧めようというのですか？（すでに彼にはいくばくかのためらい―後には恍惚、やがて狂気に変わる―が見てとれる）
ダーヴィド・フェレンツ わかってくれ！君が私の改革を解釈してくれる方が、私にはいいのだ・・・ブランドラタの一党が私の信仰の解釈を自分のものだと言い触らしたりしないように。君は私にとって八方ふさがりにおけるチャンスなのだ。もし君が公爵に真実を書くなら、敗れたように見える私の一件は明らかになる。そしてブランドラタは沈む。私は名誉ある戦いを、尊敬に値する取引きを勧めているのだ。私は率直になろう、君はとらわれてはいないのだから。（短い沈黙。飲む）どれ位の時間がたった？ソツィノ。何行書いた？（短い間。ソツィノ、ページをめくっている）ソツィノ！いつから我々は一緒に暮らしている？ここで？
ソツィノ （答えず、ある一節を探しているかのように熱っぽくページをめくり、ぶつぶつ言う）ビザンツがわれらを破滅させた、ビザンツが・・・そして
聖アンブロウシス１２が。それにカルヴァンが。
ダーヴィド・フェレンツ またもや聖三位一体でゲームをしようというのか？百回も言ったぞ、ソツィノ、私は三位一体説を否定してはいない、そうではなく神は一人だと主張しているのだ。私は三位一体を否定してはいない！
ソツィノ（突然、見上げて）ならばあなたは三位一体を認めるのですか？ならばどうして反三位一体論者でいられるのです？
ダーヴィド・フェレンツ もしそれが存在さえしないなら、どうして三位一体を否定出来よう。かくして私は反三位一体論者ではなくて、ユニテリアンだ。唯一の神を信じている。それ以外の何物でもない。
ソツィノ しかし唯一の神を信じ、それしか広めようとしないことで、あなたは子と聖霊の聖性を否定されている。
ダーヴィド・フェレンツ 私は神は一人だと主張する。Unus est deus. この唯一の神のみが存在するのであり、それが天と地の創造主であり、数え切れないほどのときにおける善悪の判定者なのだと主張する。ときは彼のむちであり、彼はそれによって我々を目的に向けて追い立てるのだ。キリストは人間の姿だからわれわれにとって必要なのであり、そうすることで人々をもっと動かすことが出来るのだ！異教徒のヘラクレスのように、天と地の婚礼の果実とみなされたのだ！神である父と大地の母との子供だ―こうした神のあいの子は、常に安らぎを知らない―自分の場所を天にも、この地上にも見出せない、どこに属しているのかここでも、かしこでも信じてもらえないからだ。人々に似ている―だからこそ信仰される、なぜならこの類似性はわれわれもこのようになれるかもしれない、という慰めだからだ。ちょっと考えてごらん、異教徒の神々がどれほど繁殖したか、何人いたことか。しまいには誰にでもそれぞれお気に入りの神ができた位だ、家の偶像の類で、まるで家畜のような神々だ。何人の神がいようと―全て欺瞞の、無法の逃げ道だ。もし神が三人なら、どうして我々は異教徒たちと異なるというのか、彼らはあらゆるところに神一人ずつを掲げたのだぞ。我々みながその地上での恋の冒険を知っている、創造主たる父ゼウスとどう違うというのか。おそらく我らの神にも、地上でマリアとこの種の羊飼いのときがあったのではないか？彼女はそれでもやはり無垢なままだった
と！異教徒のおとぎ話だ！神は一人で謹厳だ。たとえ快活だとしても、その陽
気さにおいても果てしなく孤独なのだ。これは悪いことではない。その孤独の中にいても我らに施しをなさるし、それは彼の心に適うからだ。
ソツィノ （苦々しく、悲しげに）私は三位一体を信じろ、とは言っていません、私も反三位一体論者なのです、私はあなたの信仰のあらゆる陰影が見えてくるように、とそれだけのためにこうしてあなたと議論しているのです。（本を閉じて置く、短い間、声を変えて）編み上げ靴を脱がせましょうか？
ダーヴィド・フェレンツ 脱がせてくれ。（ソツィノ脱がせる）私も君のを脱がせようか？
ソツィノ 後で自分で脱ぎます。我々は裸足だと変わります。裸足ならわれらはもっと率直です。編み上げ靴はしめつけてきます。編み上げ靴だと一本一本の指が見えません。そして地べたに広がった指はこれほどに率直です。（すでに彼等は裸足）
ダーヴィド・フェレンツ ならきくのだ、今君に重要なのは率直さだ。君にとって今、私が率直なままでいることが、君の存在なのだ。
ソツィノ なんと奇妙な、私はあなたの裏切り者だ、そしてあなたはそれでもやはり私のことが好きなのだ、フェレンツ。あなたが何と言おうと、あなたが私を好きなのだと、私は感じるしわかっている。あなたは私を好きなのだ、私はあなたと同等だし、あなたの思想のあらゆる動きを理解しているし、あなたの理性の陰影を感じとれる。あなたは誰にでも率直になるわけではない、そうでしょう？
ダーヴィド・フェレンツ そうだ。君には率直になれる、君は善良だからだ。君は裏切るが、善良だ。君は善良たろうとしている、ということはすでにいささかなりとそうなっているということだ。
ソツィノ でしょう、おわかりですか？わかって下さいますね？これをそんな裏切りとお取りにはならないでしょう？
ダーヴィド・フェレンツ とらない。もし君が私を裏切るのなら、それは粗暴な者たち、愚かな者たちよりましだ。（ほとんど優しく）君は良き裏切り者だ、ソツィノ。
ソツィノ 私はあなたの称号も、地位もねらってはいないからです、私がここで司教になりたいと思うはずがありません。（断言する）
ダーヴィド・フェレンツ ブランドラタと公爵は私のもとにもう一人のユニテリアンを配したのだ。イエズス会でもカルヴァン教徒でもない。彼らが望んだのは、同じ教えの中で我らが互いを裏切ることだ。兄弟が兄弟を見張り、カトリックの公爵に報告することを望んだのだ。しかし私は君を信じる、ソツィノ。君の裏切りは私の強力な砦だ・・・
（短い沈黙）
ソツィノ そしてそれでもなおあなたの真実で私を納得させることが出来なかったら？
ダーヴィド・フェレンツ なら私は敗れたのだ。（あっさりと）
ソツィノ そしてやはり私を納得させられたら？
ダーヴィド・フェレンツ ならば我々二人が勝つか、我々二人が滅びるかだ。だがそのためには君の前で全てをさらけださなくてはならないな・・・
ソツィノ だめです！あなたの秘密を全てなど知りたくない！なぜ私がそれを担わなくてはならないのです―これからもお一人だけで担ってください！
ダーヴィド・フェレンツ 私は、結婚を踏みにじったとも言われた。それと同時に女房を取り替えられるようにと、自分の信仰を新たにしたのだと非難された・・・スカートにあわせて信仰を順応させた、信仰にスカートを合わせたのではないと。
ソツィノ （耳をふさいで）関心ありません！関心ありません！
（短い間、外から鐘の音。止む）
ダーヴィド・フェレンツ 今日はもう報告を送ったのか？
ソツィノ まだです。（わずかな沈黙の後）マーリアが来る、すぐにもマーリアが来る。報告書をとりにマーリアが来る。大きらいだ。報告書が。マーリアが。
（マーリアが二つの木の皿をもって入ってくる、片方のこぶしで何もかもをテーブルから払いおとす、皿を乱暴な動作で置き、胸元から二本のフォークを取り出し、食べ物に突き刺すようにする。）
マーリア 神学論争は止めて、さあ食べるのよ！待ってる時間はないわ。
（男二人は動かない）
動いて、司教！ソツィノ、あんたもよ！
（彼らはためらいつつ、ほぼおそれながらテーブルに近づき、座る。マーリアは階段の手すりにもたれ、そこから彼らを鋭く監視する。彼女は妊娠していて、全ての動作はむき出しの命令）
ソツィノ（そっと）天にましますわれらの父よ・・・（無言の短い祈り）
マーリア もうこれ以上はないんだと思って、食べることね。そうよ、これで満足しなくっちゃ。このこともあんたたちには残念だったわね！（怒って、低く）
ダーヴィド・フェレンツ マーリア！お客人の前で・・・
マーリア （憎しみをこめて）お客人？この風来坊が？（ソツィノ黙り込む）あんた方には、吊るされるだけのことがあるわ。（目を細めて、彼らを見つめる）食べなさいよ！（彼らは急いで食事を終える。マーリアはその間床にころがる本を蹴飛ばし、一冊を広い上げる）
ダーヴィド・フェレンツ そうじゃない、さかさまだ。
マーリア 私にはこの方がいいわ。一体あんた達にはこの字はめちゃくちゃな踊りを始めないの？あんた達ときたら神さま一人のことで、三人なのか一人なのかって議論している・・・まるでそのことで議論すれば、小麦に雨が降るといわんばかりね・・・三人いればきっともっといいんでしょうよ、もっと大勢で私たちにかまって下さるんでしょうから。あんた達が知りたいっていうのなら、三つまでなら誰でも数えられるから、三人の神様がいるのよね。私だってそうよ。私に三つまで数えられるんだったら、なんで一つまでしか数えないのよ・・・私のこと馬鹿だと思ってるから？（むき出しの皮肉で）
ダーヴィド・フェレンツ マーリア、お前はユニテリアンだ。
マーリア 私が何だか、何がわかるっていうのよ。私にわかっているのは、あんた達にはあきあきしたってことだけよ！あんた達には他のことは何一つ出来ない、議論して―子供を作るだけ。
ソツィノ 止めろ！抗議するぞ！
マーリア 抗議したらいいじゃない。あんた達の声なんて、躰と同じで弱ったらありゃしない・・・あんた達、王様だの公爵たちの大砲がどこかでどかんどかん鳴っているが聞こえないの？・・・あんた達、それを聖書で黙らすことも出来ないじゃないの？
ソツィノ 黙らせてください、フェレンツ！
ダーヴィド・フェレンツ 彼女に私の力は及ばない。
マーリア 前だけは私に対して力があったのよね、いつだったかは。私の腰の上でなら、あんた達にも力があったわ。あのとき私の膝は開いてたけど、今は目も開いているのよ。ブタども！
ソツィノ 取り消せ！
ダーヴィド・フェレンツ 彼についてだ・・・私については必要ない・・・
マーリア この老いぼれ、なんて気難しいのかしら！いつもこんなじゃなかったわね・・・ねえ、あんた他の部屋に行く必要ないの？
ダーヴィド・フェレンツ 出て行け！
マーリア あんたも要らないの？
ソツィノ （こわばって）何が要らない？あれかあれか？
（ドア、それから穏やかに休息場の方を指す）
マーリア この浮浪者聖人！
（ソツィノ黙る。そして考えを変えたかのように座る。書き始める。終わったとき、灰を紙にふる、振り落とす）
マーリア 出来たの？
（ソツィノ進み出、一瞬彼女の目の中を覗きこみ、それから紙をそちらにほおる）
ソツィノ さあ行け！
（マーリア急いで去る。ソツィノ崩れおちる。マーリアの後を指す。ほとんど狂気じみている）
ソツィノ フェレンツ、あいつめ・・・あいつめ・・・あいつめ・・・我々が神と寝るのを放っておいてくれない！我々の魂の中にまで踏み込んでくる、フェレンツ！（ささやく）踏み込んでくる・・・
（沈黙）
（暗転）
第六景
門の通路の開口部、階段。マーリアがブランドラタをテラスから導き入れる。彼は何事かを囁く。彼女は姿を消す。階段をソツィノがゆっくりやって来る。医師は待つ。彼らは無言で互いを見つめる。
ソツィノ 私に何の用です？
ブランドラタ さて報告だ、報告だ、兄弟よ。
ソツィノ 誓います、起きたことは全て報告しました。
ブランドラタ 君こそがそれなのだが、ソツィノ、我々の信仰についてこれほど博識な僧侶一人が、司教は有罪かそうでないかを判断出来ないのか？
ソツィノ そんな契約はしていません。その件ならカトリック教徒たちにまかせるべきでしたね、先生！
ブランドラタ 兄弟たちが互いに対して証言するなら、より信用出来るものとなる。
ソツィノ いつまでこの汚い仕事を、われわれの敵に代わって片づけるのです？
ブランドラタ 我々イタリア人がこれほど視野が狭いとは、知りもしなかった。（紙をつっつく）
ソツィノ 人にもよります、先生。
ブランドラタ 公爵は君の報告書にご不満だ。あまりに短く、司教が有罪かどうかについては、何一つ読み取れない。
ソツィノ 私は、ダーヴィド・フェレンツが有罪かどうか裁くために雇われたのではありません、彼が言ったことを全て報告するために雇われたのです。
ブランドラタ （声を変えて）君が、この信仰に留まる君が証言するというなら、全ての信者は安心する、我々の間で判決を下すからだ。我々自身についての判定の権利は誰にも譲ってはならない！とりわけ公爵には。我々には自分たちの問題を独力で解決する力がないことが明らかになってしまうからだ・・・彼が魂の後見役を我らに押し付けてくるようにか？異邦人の解釈者を？我々の魂のパトロンを？もし我々で終わらせるのなら、それは一層の成果を生むものになるのだ。上品ぶるのはよそう。われわれの場所は戦いの指揮をしているところだ。指導者たちの間だ。
ソツィノ(皮肉っぽく頷く) われわれが共通の敵に対して兵力を送るよりは、むしろ同じ信仰に生きる自分自身の兄弟を恐れよ、というわけですか。（声を変えて）あなた方は一体私にどうしろというのです？
ブランドラタ もう言った。君の報告書は短い。
ソツィノ 真実は短いものです。そして私は真実しか書きません。
ブランドラタ だが短くてはいかん。我々がもっと長く書けば、真実は違ったものとなる、ソツィノ。
ソツィノ 私にそんな力はありません・・・ありません・・・
ブランドラタ だが君は解釈することなら出来る、司教の教義に対して反対を唱えることが出来る―君は神学者ではないか。高名な神学者だ！偉大な論争家だ！
ソツィノ おことわりです！それはおことわりです。私は単なる密告者であって、解釈者ではありません。それはあなた方でやることです！あなた方はそれで食べているのではありませんか！曲解することで！
（短い間）
私は―もし二人の仲間の間で選ばなくてはならないのなら―喜んで二人とも選ぶでしょう。我々の力を分割してしまいたくありません。そうするには我々は小さすぎます。
ブランドラタ 公爵は、君が今二人の内の一人だけを選ぶことをお望みなのだ、
ソツィノ、息子よ。
ソツィノ 私は証人になるために来ました、判事ではありません。
ブランドラタ 密告者になるために来たのだ。そして君は公爵の客人だ。君はいつも忘れているな。
ソツィノ 私はダーヴィド・フェレンツの客人です。そして神の客人なのです。この地上の他の誰とも同じ様に！
ブランドラタ この大地はあまりに広いのだ、ソツィノ。他の人々のことは、本人たちにまかせておけ。今はむしろこの地がわれわれに目的と使命を与えてくれているのだ・・・もっと狭い祖国が・・・
ソツィノ いやです！絶対！
（沈黙）
ブランドラタ ならばいい。それならいずれマーリアの報告に注目するだけの話だ。
ソツィノ （ぎょっとして）マーリアのを？あなた方はもう何一つ怖れないのですか？全然恥ずかしくはないのですか？
ブランドラタ 彼女の口頭の報告だ。何しろ、君も見たように、彼女は読み書きは出来ないのだから。だが彼女は喜んで解釈を引き受けるだろうな。
（短い間）
他に道はない。いずれ我々は女中の報告に基づいてダーヴィド・フェレンツに有罪の宣告を下すか、あるいは赦すかだ。
（非常に厳格に、単なる脅かしではない）
（わずかな沈黙）
ソツィノ 侮辱にもいつかは限度というものがきますよ、ブランドラタ。私の言ったことを忘れないで下さい！
ブランドラタ 私を脅かすのはよせ。（本気で）
ソツィノ いずれわかります。（うなずく、短い沈黙）
ブランドラタ 兄弟よ、知性は常に選択しなくてはならんのだ、愚かさと無知に生者と死者を超えた審判を任せるか、それとも叡智それ自身が審判するかだ。そして手を汚すことを怖れはしない。
ソツィノ 抗議します！報告するのは私だけ、という話でした。抗議します！知性のためには、知性をもって！抗議します！報告するのは私だけ、という話でした・・・私だけが・・・私だけが報告すると・・・私だけが報告すると・・・私が！“
（暗転）
第二部
ダーヴィド・フェレンツの部屋。たいそう乱雑である。ソツィノはテーブルの傍らで居眠りしている。マーリアは無言で入ってくるが、彼らに目もくれず、小さな、湯気の上がっている木の桶を下に置く。彼女は出ていく。司教はソツィノの肩をゆする。
ダーヴィド・フェレンツ 仕事だ、ソツィノ！問うのだ！ソツィノ、君は怠慢な密告者だぞ・・・私がわずかしか語らないほど、君はわずかしか報告しないですむというのが、君の望むところなのだろう・・・（挑発するが、これは無頓着になされる）
（ソツィノは立ち上がる）
ソツィノ もう書きました・・・私にはもう全てわかっています。明らかになりました。
ダーヴィド・フェレンツ（いささか仰天して）何がわかっているのかね？
ソツィノ あなたは宗教改革家です。足をゆすぎましょうか？
ダーヴィド・フェレンツ で、それは罪なのか？
ソツィノ 私の目には違います、しかし私の雇い主たちの目にはそうなります。
ダーヴィド・フェレンツ ならば君は何故自身の判定を有効としない、何故彼らの判定をとる？
ソツィノ 引き受けたからです、この・・・仕事を。彼らも罪とみなしたものを、罪と判定することも引き受けたのです。
ダーヴィド・フェレンツ 君のなかではどうやって一度に二つの認識が共存できるのだ、どうして誰かの中でたった一つの罪について一度に二種類の判定が可能なのかね？
ソツィノ こんな風にです。（自然に）
ダーヴィド・フェレンツ 一体どうして彼らは宗教改革を罪だとみなしているのだ？
ソツィノ ブランドラタは、とうとう彼の合法的な教会が出来たことを喜んでいたからです。
ダーヴィド・フェレンツ それで君も、合法的な教会が出来てしまえば、いかなる改革の必要もないと思っているのか？変革は一度で永久に終わってしまったのか？全ての始まりは、ほうさん水のように泡立つのだ。思い出してもみろ、ルター以後われらが宗教改革が始めたとき、収穫時のように―はてしのない小麦畑、豊かさを見て―われわれは有頂天になった・・・脱穀期に祝福された種が流れ出すように、優れに優れた思想が押し寄せた―われわれは新鮮だったし荒れ狂った―そしてこの豊かさはまだ続いている！われわれの内にあるのだ！魂の大地は干からびてしまってはいない・・・私には感じられるのだ・・・私の内では昔の有頂天も生きている・・・変革の有頂天さだ・・・白髪頭になってもわれわれの精神は生き生きとしていられるのだ・・・もう青い胡桃のように未熟ではないし、硬直してもいないし、石のようにこちこちでもない。それでもこれ以上の改革は必要ないか？
ソツィノ 私はあなたの信仰の側に立つことは出来ません、フェレンツ。絶対に。
ダーヴィド・フェレンツ ならこれ以上の改革は必要ないのか？全てはもう申し分ないのかね？夢は実現し、神の御言葉は成就したのか？
ソツィノ 私も、改革は永遠に必要だと思います。ですが私は単なる一人の・・・フェレンツ、私が何だかおわかりですか？私には、まさに一人の罪人を吊るそうとしている死刑執行人の満足すらないのです。少なくとも彼は罪人だと信じている。私には、あなたが何なのかわかっている。だが私は密告者としてあなたのところに送られた、フェレンツ。そして私には今ここ以外に家はないのです。私のような者は、迎え入れてくれた者にしか執着出来ないのです。家のない者の魂は自由ではないのです、司教様。万人の者、全世界の者は、誰の者でもない。ここでの今の私の自由とはこれだけ、この奇妙な仕事です。ならばあなたのもとで片付けます、そしてわが良心があなたの、自分自身の、雇い主たちの前で汚れることのないように、やり遂げなくてはならないのです。私の自由はこれだけです、私は説明せずに書き記すだけ。私の名誉もこれだけです、私の意見を書き加えたりはしない。これがここでの今の私の自由です。
（マーリアが入ってくる。軽蔑するように彼らを見つめる。彼らは彼女に一顧だにしない。何かを塩のたぐいの物を木桶にふりかける、彼女は湯気のせいで咳き込んで、吐き気を催した人のように手を腹部に当てる。少し回復する）
マーリア 学者さんたち・・・もう行水しなさい・・・汚らしい追いはぎみたいに見えるわよ・・・そうしてそいつらが神の説教壇に上がったりしているんだから・・・誰があんた達を必要としてくれるかしらね？あんたたちが見下しているお百姓たちが、大地を肥やすために必要とされるみたいに。私達がそうならなかったら、誰があんた達を必要としてくれるの？誰があんた達のために服をつむいだり織ったりしてくれるの？あんた達は文字に溺れて、本に覆われてしまっている、祝福された大地にではないわ！
ダーヴィド・フェレンツ お前の言葉は、お前の言葉だけは燃やしてしまわなくてはならんな。
マーリア お黙り、老いぼれ、あんたがどんな奴かすぐ言ってあげるから・・・あんたはただ黙ってりゃいいのよ。
ダーヴィド・フェレンツ 出て行け、出て行くんだ！
マーリア 行くともさ。どっちみちブランドラタのところに出かけなくてはならないんだから。この渡り鳥ときたら仕事をきちんと片付けないんだから。そのくせこいつときたら私を見下している・・・私達は同等なんだからね、神学者さん。あんたの雇い主たちはもう私の方をずっと信用しているよ・・・あんたはお払い箱になるのさ。私にもっと良くした方が身のためだよ、風来坊のイタリア人め！（出て行く）
ダーヴィド・フェレンツ （突然平伏する）お願いだ、ソツィノ！君の仕事をやり遂げろ！彼らが求めていることをやるのだ・・・私を奴らの手には渡さないでくれ！渡さないでくれ、でないと君を呪うぞ、わかるか？あの悪魔のブランドラタには渡さないでくれ！（短い沈黙）
ソツィノ （ぼんやり自分の前を見つめて）いつか誰かを殺したことがありますか、フェレンツ？
ダーヴィド・フェレンツ ない（立ち上がる）
（彼は足を桶に入れる）
ソツィノ 待って、手伝います。（すすぐ）誰かを殺すことが出来ますか、フェレンツ？
ダーヴィド・フェレンツ だめだと思う。
ソツィノ （ほとんど攻撃的に）あなたの罪のことを話して下さい！わかりますか？あなたの人生でどんな悪を為したか、誰かに悪いことをしなかったなどあり得ないからです。あなたは人殺しさえしているかもしれない、知らないだけだ。あるいはご自身を前にしても否定しておいでなのだ。
（司教のかかとをこする）
ダーヴィド・フェレンツ かもしれない。だがわざとしたことではない。
ソツィノ なら何故あなたはあんなにも憎まれるのです、フェレンツ？なぜむしろ公爵かブランドラタの方でないのです？
（彼の足を拭く）
ダーヴィド・フェレンツ 彼らは恐れられているからだ。彼らを憎むのが怖いのだ。私のことは恐れない、私なら勇気をふるって憎むことが出来る。危険を犯すことなしに。
（短い間）
われわれは愛する勇気を持てない相手のことは、最後には憎むようになるのだ。私はもうあえて愛されることはないだろう。
ソツィノ フェレンツ、あなたの魂にかけて言って下さい、どんな悪を為したのです・・・あなたの人生で・・・私の仕事を容易にしてください・・・私のこの困難な裏切りを容易にして下さい。（タオルを投げる、類型的にではないが、「日常的」にでもない）
ダーヴィド・フェレンツ 私は罪を犯すことには怠惰だった。少なくともあまりに大きな罪に対してはだ。それを犯すことを怖れてもいた。それでもやはり私は彼らにとっては不愉快な存在だったのだ。待て。君の足をゆすごう。
ソツィノ （気づきもせずほうっておく）その不愉快な存在だった者たちとは誰のことです？彼らにとって―誰が不快だったのです？
ダーヴィド・フェレンツ 彼らの気に入るような返事をしない者たちだ・・・でなければ良心の安らぎを与えてくれないような者だ。誰もがすでに全てに対して答えを得たようなときですら、常に問いかける者たちだ。彼らは決して殺さない。彼らは常に殺されるのだ。
ソツィノ 多くの教会はなぜブランドラタよりあなたの方を憎むのです、彼だってほとんどユニテリアンなのに？
ダーヴィド・フェレンツ 私がもっと危険だからだ。私は説教で二、三年のうちにエルデイ公国じゅうをユニテリアンにしてしまっただろう。全ハンガリー人を。そしておそらく他の民族も。だがそうなったらカトリックとプロテスタントの僧侶たちはどうなっただろう？私の宗教改革が罪だったのではない・・・彼らにとって宗教改革はただの名目にすぎない・・・子供らには名前を与えなくてはならない・・・一度この世に生まれてきたら、それがどんな名前であれだ・・・彼らの目によれば私の真の罪は、私が教会を博物館にしたくなかったこと、信仰の力で発展させ、育てるのを望んでいたことだ。
ソツィノ 思ってもみなかった・・・（言葉尻を飲み込む）
ダーヴィド・フェレンツ 何を？
ソツィノ 誰かを裏切るのがこれほど難しいことだとは・・・
（司教はタオルを取り上げ、相手の足を拭く）
ダーヴィド・フェレンツ 安心するといい、ソツィノ。言っただろう、私が君を、君だけを望んだのだ。彼らは他の奴らにも私を丸め込ませようとしたが、誰も私から何かを引き出すことは出来なかった。でくの坊たちだったからだ。教義の肉屋どもだ。彼らの前では私は閉じこもってしまった。もしそれ以上の自由が与えられないというのなら、私が、私を裏切る人間を選び出すという、この唯一のそして最後の自由にだけは私もこだわったのだ。さあ、彼らが望むことをやるのだ！誰より先に君がこの仕事を終わらすのだ・・・マーリアのことを考えろ・・・さもなければあそこにはブランドラタがいる・・・彼らの先を越してやれ！
ソツィノ フェレンツ、今終わらせてしまいましょう―最終的に・・・（疑わしげに見つめる）私は時たま感じるのですが、あなたはまだ私に何か隠している、私の感じでは、何か私にとって何かとても恐るべきことを、素晴らしくも恐るべきことを残してある、私はそれをもうすでに怖れているし、あなたはそれを後にならなければ言って下さらないだろう。そうですね、ダーヴィド・フェレンツ？
ダーヴィド・フェレンツ かもしれない。だがそうだとしても―実のところ、それは最後まで残しておこう。さあ書くのだ！
（ソツィノうなずき、報告書の手紙に身をかがめるが、無駄である。進まない）
一人ならもっと楽に出来るかね？
（出て行く。ソツィノ書く）
ソツィノ もう―ここにまで・・・？
ブランドラタ 何故だ？さだめしここは神殿なのだろうな？我々は新教徒だぞ。
ソツィノ 何の用です？
ブランドラタ 書き直せ。これではまずい。バートリには気にいるまい。書き直せ。（手紙を差し出す。ソツィノ取ろうとしない。短い間）
ソツィノ これも・・・短いですか？
ブランドラタ これもだ。（短い沈黙）
ソツィノ （彼に近づくが、その目は脅かすよう、ささやく）
もう人を殺しましたか、ブランドラタ？口にどんな味が・・・口にどんな味がするものですか―人を殺すということは？
（間）
ブランドラタ （いささか当惑して退く）書き直せ。短いぞ。書き直せ。
（これを何度も繰り返しながら、書付を前へと突き出す。やがて置く。後ずさりして出て行く、ソツィノの燃えるようなまなざしから逃げるように。）
（暗転）
第二景
ダーヴィド・フェレンツの部屋。空っぽ。暗くなりかけている。司教がソツィノと共にやって来る。後者はほとんど夢中になっていて、ダーヴィド・フェレンツのガウンを引っ張る）
ソツィノ ならばあなたの罪をひとつ言って下さい。私がもっと容易に出来るように・・・（司教は沈黙する、ソツィノはほとんど我を忘れている。）あなたは神のようです、フェレンツ。まるで血と肉から出来ているのでさえないようだ。私の魂を裸にしないで下さい、あなたは災難にあうかもしれないから（フェレンツの肩に手をかける）。私があなたを神のように思わないように、あなたの罪を一つ与えてください、フェレンツ！私がこれほどみじめだと感じなくてすむように。(間)
ダーヴィド・フェレンツ 彼らは君に満足していないのか、ソツィノ？(優しく)
ソツィノ 罪一つを！何であれ―罪に違いない！そうあなたがみなす物を！
（間）
ダーヴィド・フェレンツ あると思う、私にはたくさんの罪があると思う。（暗くなる、ろうそくに点火する）だが一つについては君はすでに知っているに違いない。（わずかな沈黙）あの娘と私も寝た。
ソツィノ （うなずく）それはとっくに知っています。
ダーヴィド・フェレンツ だから彼女はわれわれに対してあれほど高圧的なのだ。だから我々に対して力を持っているのだ。
ソツィノ そしてあなたはそれを罪だと思っている・・・彼女があなたのベットに寝たことを。
ダーヴィド・フェレンツ 魂はいかなる場所にでもわれわれを高める、しばしば最も粗暴で鈍重な肉にわれわれは焦がれるのだ。
ソツィノ ならばそのどこが罪なのです？
ダーヴィド・フェレンツ 私がもっと若くなかったことだ。私は若い肉を辱め、この老いた、本の背で擦り切れた私の骨を辱めたのだ。（恍惚とした目で遠くを見つめる。短い間）
ソツィノ あの若い肉にとってはそれは名誉だったのです！だが彼女その逆だと感じている。言って下さい、なぜあの粗野な肉はか細い魂から服従を求めるのです？未塾な肉はなぜ命令するのです？あの愚鈍な肉は読み書きも満足に出来ないのですよ（ほとんど叫ぶ）、吠え立て、押しやることしか出来ないのです！我々の魂を恥ずかしめ、蔑んでいるのです！
ダーヴィド・フェレンツ あの肉の理由があってやっているのだ。一，二度君が受け入れたのだから、彼女はもうすでに、君の魂も支配していると思っている、彼女は君が、君の考え、信仰、理想を、彼女がそれに触れられるように差し出すことを期待しているのだ。
ソツィノ （ほとんど狂いじみて）あの肉があなたを裏切るでしょう。あなたを密告するでしょう。あの無知が。盲目の本能が―あなたを密告するでしょう。それにあの怪物のブランドラタが。私ではなく！
ダーヴィド・フェレンツ わからんね。誰が私を、私自身よりも上手に密告するのか？私はどんなことでも考えられるではないか―非難することも出来る。マーリアに密告は出来もしない、われわれの言葉を一言も理解出来ないのだ。
ソツィノ だが公爵にはそれで十分なのです。彼らはそれも集めています・・・集めています・・・彼らには、一人の天才の首をねじ切るのに、召使一人の意見で十分なのです・・・（声を変えて）さあ、あなたには、彼らの裏切りではなくて私の裏切りが必要だ、とまたあなたからききたい！（ささやく）聞きましょう。あなたの口から。
ダーヴィド・フェレンツ ソツィノ、どもりの裏切りと知性ある裏切りの間で選ぶことが出来るというのなら、安心するといい、私がどちらを選ぶかわかるか。裏切られる者に値する方だ。
ソツィノ フェレンツ、お気の毒に、それじゃ本当にあなたの自由はもうそれだけなのですか、二つの裏切りの間で選ぶだけという。
（短い間）
それだけなのですか？（わずかな間）あなたは殺してしまいたくはないのですか？誰かを・・・誰であれ・・・あなたの敵にまわる者を・・・
（地面に座る、首を司教の垂れた手のすぐ近くにもっていく。そこに触れさえする）
ダーヴィド・フェレンツ （狼狽して彼の手を引っつかみ、そっと）今日はもう送ったのか？（テーブルを指す）
ソツィノ まだです。あなたの手は何に怯えているのだろう？一体ブランドラタの手だってこれほどびくついているだろうか？それか私の手だって？どうです、私の手は十分に大胆ですか？（立ち上がる、彼の肩に手を置く、首の近く）
ダーヴィド・フェレンツ（平静に）まだ書いてさえいないのか？
ソツィノ まだです。（短い間）私はいつも神学上の著作しか書いていなかったのです、それに説教と。こんな、結局のところここで余儀なくされてしまったものでも書けるとは、思ってもいませんでした。ここには何かしら信じられないものがあります。この手が聖三位一体に対して自身の檄文を書いたなんて、こいつがこれを・・・（右手を見つめ、やがて頭でテーブルの上を指す）報告書には短い文章が書かれています、私の考えを彼らにさとられないために、二つの言葉の間にある雄弁な距離をかぎつけられないためには、短いほど良い。裏切りとはテロルのようなものです、すばやい打撃で無駄がない。（短い間）この全てには何かしら信じられないものがあります。私はあなたの家にいます、宴にあずかり、あなたは私が裏切るのを耐えている、それどころか・・・あなたは毎日私の仕事をうながす、まるでそれがあなたご自身の仕事であるかのように、そしてもう書いたか、もうその日の報告を出したかとたずねる。だが私を苦しめるためにたずねるのではない、まるで務めのように、善行への専心を促すように裏切りを促される。（わずかな間）そして何も否定はしない、何も隠さない、私が全てを報告しているのをご存知なのに。（わずかな間）それとも―私を苦しめているだけなのですか？あなたの優しさは拳なのですか？どうなのです！
ダーヴィド・フェレンツ 私の運命は決まっていた―バートリが王座に就いたとき。
ソツィノ 彼らは本当に殺したいのでしょうか？そしてあなたは殺さない・・・為すすべもなく耐えている。（ほとんど挑発するように）ブランドラタの心臓への匕首が見つからないのですか？
ダーヴィド・フェレンツ 今までは私の人生だった、今はもう私の運命しかないのだ、ソツィノ。全てはこの身から出たことだ。
ソツィノ もちろんあなたは私を、あなたの最大の敵にとびかかるようにけしかけたいのしょうね！だが私には他の仕事があります。おことわりです！私は歴史から表に出ないものが、私の報告によって表に出ることを信じているのです・・・あなたが教会の敵でなく、公爵の敵ですらないことです。（ろうそくに点火し、その手はおののく）
ダーヴィド・フェレンツ 敵だと？私は自分自身にとってしか敵だったことはないし、今もそうなのだ。あらゆる告発、信仰の革新、異端、公爵に対する不忠―が全て単なる口実にすぎないことに気がつかないのか？彼らは全てを望んでいる―ただ私だけは望んでいない。全てが良くなる―私だけは滅びろと。（わずかな沈黙）横になろう―いずれわかるさ、われわれがもっと賢くなって目覚めるかどうか。すぐ来る・・・（出て行く）
（マーリアがゆっくり入ってくる）
マーリア ソツィノ、もう書いた？
ソツィノ （最後まで皮肉っぽい憎しみを込めて、その声にこもったあざけりと憎しみとどちらがより破壊的かわからない）まだ材料を集めているだけだ。（マーリアの目に向かい、なれなれしく近くまで身をかがめ、そっと、息をひそめて）お前はまだ知らないのだから・・・お前たちは私が「主の祈り」を書き換えていたことをまだ知らないのだから・・・そしてこれから死の床に到るまでいつも私はそうすることだろう、「主の祈り」を新たに書くのだ。私は書き
換えたのさ、「日々の材料を与えたまえ、今もそして永遠に」13と。
マーリア （当惑して少し後ずさりする）座って書くのよ！私は行かなくてはならないのよ。座って、お書き！
ソツィノ お前を欲する前に、私はむしろ厩に、家畜たちのところに、牛たち、
雌馬たち、水牛たちのところへ行っただろうなあ。（吐き気に捕らわれた女を押しやる、短い掴み合いの後両者立ち上がる）
マーリア あんたは私を憎んでいるのね、二人の内ではあんたの罪の方が重いからだわ、あんたの方が重い罪だから、それで司教とブランドラタのことは憎まないで、私を憎むんだわ。同じ木から彫られた私を。私を憎んでるのは、私が弱いから、私を憎んでるのはあいつらは頭がいいからよ。あいつらを憎むことは、私を憎むのより危険だからだわ・・・あいつらを憎む勇気はないんだわ・・・ でも怖がらなくていいわ、もう違うやり方で私を憎むことだって出来るのよ・・・私はもうばかな娘じゃないわ・・・わかるはずよ、私はもっと賢くなったんだから。
ソツィノ お前は賢くなった、われわれのもとで・・・かつてのばかな娘が物識りの女になった・・・われわれのもとで。お前が滑り込んできたわれわれのベッドが賢くした、お前の娼婦の役割が賢くした。呪われたブランドラタのところへ行け、それから・・・全部の司教たちのところへだ、行け、お前は全員から何かを学べるだろうからな！行け、そうすれば終いには司教にだってなれるだろう、娼婦たちの司教だ！（一瞬の間）なんてことを！
マーリア けだもの、けだもの・・・あんたが神様の話をするなんて、この・・・密告者！
ダーヴィド・フェレンツ （ちょうどここへ入ってくる、マーリアに）ソツィノを責めるな！
（マーリアはこれに一瞥もくれない）
マーリア （ソツィノに）座って、お書き！（ソツィノ頭を抱えて走り出す、マーリアは腹に手を当てる、もう一方に出て行く。司教は静かに横になる。ろうそくを吹き消す。外からだけ何かおぼろげな光が漏れてくる。ソツィノがそっと入ってくる。部屋の中央に立ち、燃えるような目で司教の寝床を見つめる。）
（沈黙）
（暗転）
第三景
昼間。ダーヴィド・フェレンツの部屋。ソツィノ一人。床の本類を積み上げて置く、注意深く。
ソツィノ（自身に向かって）やはり私はわれわれの問題に整理をつけます、司教様・・・あるべき場所にきちんと。とうとうあなたのことまで・・・自分自身を・・・全員を・・・（ブランドラタ入って来る、ソツィノ見上げる、しかし驚かない）
ブランドラタ （手紙を示す）でかしたぞ、ソツィノ！こうでなくてはならん！ここにはもう大神学者ソツィノも含まれている！だが本日の報告書も期待しているぞ。落ち着いて書くのだ・・・しばらくしたらもらいに来る。もう一度―でかしたぞ！
ソツィノ いいですか・・・おほめの言葉であなたに好意的になったりはしませんからね・・・（静かに）
ブランドラタ （彼の片方の肩を手の平でたたく）君の魂はいささかかんばしからぬ状態だな、兄弟よ。わがターリヤの同胞よ。
ソツィノ 私はあなたの兄弟ではありません。いいですね。（低くそしてあやふやに）
ブランドラタ （実際的に）いずれ必要が兄弟を教えるだろう。君は裏切り者だ。そしてそれに慣れなくてはならない。ダーヴィド・フェレンツも何度も信仰を変えた。かつてはカトリック、カルヴァン派そしてしまいには―ユニテリアンだ。彼だけが裏切りから思想を作り出すことが出来たのだ。それを必要な変化だと、発展だと名づけた。君らの間にそれ以上の違いはない。だから気の毒がることはない、彼にとって残念なことではない。安心するのだ。それでも魂の裁き手に出会うならそれを受け入れるのだ・・・上に上がらなくてはならないことを学びたまえ、そしてわれらが事のためには・・・誰に対して・・・死をわれわれに役立てるかを。死はわれわれの主人であるだけでなく、召使でもあるのだ。ならばそれを前にして立ちすくむんじゃないぞ。
（短刀を彼に放る、ソツィノ受け取る。ブランドラタ退場。短い沈黙。ソツィノぼんやりしてその後を見送る）
ソツィノ 兄弟・・・（繰り返しうなずき、胸に短刀を隠す―再び床に転がっている本をぱらぱらめくり始める。今やマーリアが入って来る。男は彼女の方を向かないが、彼女が来たことを感じとることが出来る。こうして背を向けたまま、話す。マーリアの姿はずっと背景に見える。彼は一冊の本を示す。それから片側の表紙をたたく）お前が踏んだんだ。まだお前の足の跡も見えるよ。この大きな指が・・・もしお前の足に親指があるんなら、お前の足の親指だ。もし人差し指があるなら、これがお前の足の人差し指だ。（さする）
マーリア 司教はどこ？
ソツィノ（何かしら和らいだ声で）マーリア、お前はあの夜と夜が好きだったかい？あの夜と夜は気に入ったかい？あのときも私はきいたが、今もきこう、良かったかい？―あれらの夜は悪くなかったか？（二人の間の仲直りを望んでいるかのように）
マーリア 司教はどこ？
ソツィノ （あたかも回想するように）私たちが司教が眠ってしまうのを待っていたとき、お前は地べたから私のベッドに滑り込んできた、そうともお前は滑り込んできた、否定出来ないだろう・・・（短い間）だが私が地べたのお前の隣に寝たこともあった、否定はしないよ。毛皮にだ。ときどき私達の汗からは、雨の降った後の犬みたいな臭いがした。だが私は感じなかった。後になってからしか感じなかった。その前には私には鼻がなかったんだ。後になってからしか、鼻があるのを感じなかった。（短い間）こんなこともあったっけ、あそこで（頭で階段の上を指す）あそこの段々で・・・あの段で（今や指で問題になっている段を正確に探すかのように）私たちは愛し合った、時たま屋根裏部屋にも忍び込んだこともあったっけ・・・（段に座る）
マーリア （注意して聞いているようでもあり、そうでないようでもある、ますます頑なになってたずねる）司教はどこ？
ソツィノ 私は知っていたさ、お前が前には司教とも寝ていたことを、それから後になってからも。所詮お前はこの座敷牢で唯一の女だったのだから。（辺りを示す）われわれにえり好みは出来なかった。そして私は気にしなかったさ。気にしていたかもしれないが。だが私は司教が好きだった。司教を尊敬していた。お前には男たちというものがわからないだろう。もし私が司教に嫌気がさしていたら、もし彼を神聖化してなかったら、自分を卑下していると感じただろうな。私はその主人の方をくず以下だと思ったから、一人の女が嫌になったわけじゃなかったんだ。
マーリア ソツィノ、司教はどこ？
ソツィノ （思いめぐらす）そして私はお前に、読み書きを教えると約束した。とりかかってもみた。お前は何一つとして理解出来なかった、お前は・・・お前が向いていること以外は何も出来ないからだ。お前は何一つとして集中することが出来なかった。お前だって注意して見ているために送られてきたというのに。（短い間）そして身ごもったとき、お前は途方にくれた。一体誰のせいでそうなったのか、私か司教かと？だが神は女には、いつ命令しなくてはならないかを心得ているだけの知恵は、常に与えられた。それを知ったとき以来、お前は権力を奪った、二人ともお前の手の内にあると感じたからだ。（マーリア吐き気に襲われる）吐き気がするか？そしてお前には、誰のせいかわからない。
マーリア あんたたちがにくたらしかったわ、私は頭を下げる奴としか床に入れないもの、だからあんた達と寝たのよ・・・誰もかれも大嫌いよ！
ソツィノ（正確に）そうだ、お前は大抵私たちがきらいだったな・・・軍隊付きの売春婦みたいにだ、そいつは大方その一隊がきらいなのだ、全員と寝たからではない、どいつのせいでお腹が大きくなったかわからないからだ。それで、このわかりようがないことを憎むのさ・・・兵隊たちが自分の子供かどうかわかりようがなくしてしまったからだ。（短い間）
マーリア あんた達二人が憎たらしいわ、私のことばかだと思っていたから・・ラテン語で話しばかりしていたから・・・あんた達が何を考えているかわからなかったから・・・私がその通りだった者だと思っていたから・・・私がそれに違いなかったものとして扱ったから・・・召使だと思っていたんだわ。
ソツィノ （気がついたように）明日はクリスマス前の土曜日だ。（うなずく）私は仲直りしたい。お前はどうだ？
マーリア ブランドラタは、明日になると司教を連れに来ると言っていたわ。
ソツィノ 誰が？
マーリア 公爵の兵隊たちよ。
ソツィノ 一体何のために報せてきたんだ？
マーリア 多分あんたたちにお別れを言う時間があるように、ということだと思うわ。司教はどこ？
ソツィノ （マーリアのもとに進む）お前にはわかるかい？お前には理解するだけの価値があることかどうか、知性ある裏切りは、知性ある裏切り者は、その競争相手の荒々しい愚かな裏切りを憎むほどには、何一つとして憎まないのだと。そしてむしろ荒々しい愚かな密告者の方はその敵を、知性ある、本で育った密告者を憎むのだ。お前にはこれがわかるかい？マーリア
マーリア あんたの内のそういうところがきらいで、そして好きだったよ・・・あんたはいつも他の人間のことを話すことが出来たわ。あんたは必要なことについては決して話せなかった、そのくせいつだってちょうどそのことを話してるみたいだった。あんたがどんな風か、わかりもしないわ。（突然自分の一瞬の人間的な声を切り捨てるかのように、硬化して）司教はどこ？
ソツィノ （まるで観客に向かって言うかのように）裏切りにも良心があると、一体全体誰が理解しているだろうか。知性ある密告者は公爵のためだけでなく、真実の、未来の歴史のための密告者になるのだと。誰がそれを理解しているだろう、愚かな密告者は公爵だけのものだが、真実のものではない、そのことを知りさえしないからだ、だがもし知っていたとしても、理解出来ないだろう。（短い間）このことを誰か把握できるかどうか？だめだとしても・・・私には一つ以上の理由がある・・・（完全に小声で）あることに・・・
マーリア ごまかさないで、ソツィノ、ごまかさないで！司教はどこ？（いささか説明口調で）私は彼の世話をして監視するよういいつかっているのよ。・・・私はその責任があるわ。どこなの？
ソツィノ（座る、少し異なる声で、より柔らかに）どこかで聞いたことがあるよ、女の監視より容赦ないものはない。女が監視しているところでは、逃亡は夢の中でだけ可能だと。女が監視しているところへは、悪魔と物言わぬ思考だけが喜んで出かけていけるのだと。
マーリア あんたこそ悪魔よ！司教がどこか言わないのなら、ブランドラタに知らせるわ！（ドアのほう進む）
ソツィノ お前のたった一人の子供の父親二人を売るのか？
マーリア （もどってきて、ベッドに座る）けだもの！神様の人間がどうしてこれほどけだものになれるの？！それじゃ神様はあんたたちを少しもましにしてはくれなかったというの？（短く）司教がどこか言ったら？（沈黙）
ソツィノ 私が殺した。
マーリア 狂ってるわ。
ソツィノ （穏やかに、説得するように、論理的に）私が殺した、私は彼に対して最後まで罪を犯したからだ、監視し、報告し、全ての動きを密告した。だから公爵からは罰ではなく、慈悲を得たしこれからも得るだろう。私の方では逆に罪を償いたいのだ。それで司教を殺した、そうなれば私の罪はもう法的には犯罪だ。それについて文章になった法律が存在しているような、そんな罪を私は彼に対して犯したかったのだ。わかるか？密告には明文化された法律はないからだ、法を作る者たちは裏切りを支持する、そしてよく言われているように、保護するのだ。（わずかな間）彼の死によって自分を罰するために、私は殺したのだ。自分の罪を明白なものにするために。
マーリア 狂ってるわ。本当のことを言ってるの？
ソツィノ 本当だ。（長々と、実に説得力をもってうなずく）
マーリア 狂ってるわ！ブランドラタのところに行くわ。（急いで出発する）
ソツィノ （穏やかに）待て！（女はぎょっとして立ち止まる）外で待っていてくれ・・・ブランドラタに今日の報告書を書かなくてはならないから、このことも全部だ・・・何分かで出来る・・・これは私の一番重要な報告になるだろう・・・一番重要な。外で待っていてくれ・・・門の通路で・・・
マーリア ここで待ってるわ。
ソツィノ だめだ。これは今一人きりで書きたいのだ、書いている間見られたくない、作業している間、見張られたくない。わずらわしいだろう。だから一人きりで書きたいのだ。たった一行だ。（短い間）これは、私が一人きりになって書く、ずい分とひさしぶりの一行だ。（短い間）出て行って、私を待っていてくれ・・・通路で・・・
マーリア （まるで少し寒気に襲われたように）急いで、通路は寒いわ。それに・・・もう二人とも凍えているのよ。（ためらいつつ手のひらを腹部に当てる。彼女の声は突然人間的になる、ほとんど穏やか）あんたの子よ・・・いいことあんたの子だと承知しといてよね・・・じゃ急いで。
ソツィノ （鵞ペンに手を伸ばす）急ぐよ。
（マーリア出ていく、彼女が退場すると、ソツィノは２，３行急いで書き、やがてペンをインク壷にもどす、ゆっくりと段々のところに行き、一段一段全部を別々に視線で追うかのように見つめる）
私は言いましたよ、ブランドラタ、侮辱にも限度というものがあると・・・この手紙は私があなたにお渡しします。（短刀がある場所を隠し、それからゆっくり、少しためらった歩みでマーリアが出て行ったほうへと出発する。場面はしばらく空になる。ダーヴィド・フェレンツが入ってくる。その手には一冊の本。）
ダーヴィド・フェレンツ こいつを取りに屋根裏に行ってきたぞ・・・ほら、私もそんなに老いぼれではない・・・ほとんど息が切れていないだろう・・・やっと見つけたぞ・・・ほこりだらけになってしまった・・・ソツィノ、どこだ？何だって、私に本を取りにいかせておいて、あいつはといえば消えてしまったのか・・・（ベッドのへりに座り、本のページをめくる）
ソツィノ （マーリアの後を追って行った場所から、入ってくる。その情景の中央に立ち止まる。その顔は穏やか。ダーヴィド・フェレンツを見つめる、ほとんど快活に、ほとんど元気を引き立てるように）明日はクリスマスの前の土曜日です。
ダーヴィド・フェレンツ そんなばかな！クリスマス前の土曜日が何日になるか気がつかなかったのは、人生で初めてのことだ。
ソツィノ ブランドラタが・・・（わずかな間）明日あなたを連れに兵士たちがくると言っていました。
ダーヴィド・フェレンツ 君に言ったのか？
ソツィノ マーリアにです。
ダーヴィド・フェレンツ マーリアはどこだね？
ソツィノ どう思います？ブランドラタはなぜ、このことをわれわれに知らせることを重要だと思ったのでしょう？（短い間）彼はついこの間、あなたに逃亡を勧めるためだと言いました。
ダーヴィド・フェレンツ またここに来たのか？
ソツィノ （うなずく）彼に手紙を渡しました。最後の手紙です。
ダーヴィド・フェレンツ 最後のだって？
ソツィノ （静かにうなずく）私は仕事を終わらせました。（声を変えて）つまり彼はあなたに逃亡を勧めているのです。
ダーヴィド・フェレンツ 彼はむしろ証拠がほしいのだ。逃げる者は有罪だ。私は逃げる、すなわち私は有罪である。彼はそれを公爵に証明したいのだ。だが私は遠くまで行きつくことすら出来ないだろう。もし遠くに行けても、逃亡はするまい。この世で、教会とこの地以外に私がやるべきことはないのだ。
ソツィノ 私と同様に、いずれあなたもやるべきことを学ぶでしょう。（短い間）
もしあなたが今逃亡なさるなら、今出て行かれるなら、そしてちょうど私の祖国に行かれるならば、わが主君、わが王があなたのことも追放者として、国を喪質した者として扱うなら、それは私にとってはこんなにも奇妙で、こんなにも良い、こんなにも真の償いとなるでしょう・・・彼があなたのことも同じように扱い、今また同じように寛大になり、誰かを監視する仕事を与えるほどあなたを信頼するようになったら。（短い間）すみません。言ってください、私はひどい人でなしですか？
ダーヴィド・フェレンツ いいや、ソツィノ。君は人でなしではない。だが君は、私が君に言いたいことを一つ秘していることを予測していたな。よくぞ予測したものだ。今話そう。もし私が君の国に行き、君のご主君が私に、わが公爵が君に求めたことを希望されたら・・・（言葉をつぐむ）
ソツィノ それをなさいますか？（沈黙）
ダーヴィド・フェレンツ いいや。（沈黙）
ソツィノ あなたは人でなしだ！（突然何を言っていいのかわからないように）これほど残酷だったことは決してなかったではありませんか？あなたは陰険だ、私がすっかりまいってしまうことを予期していた、最後の打撃を与えるときを待っていたのですか？あなたがこれほど残酷だったことは決してなかったではありませんか？なぜです？
ダーヴィド・フェレンツ （非常に落ち着いて）そうなる理由がなかったからだ。私は、公爵には私の破滅が必要なのだとわかっていた。君はといえば君の状況では裏切りを選ぶしかなかった。（短い間）ならば少なくとも二人の同居をより美しく、嘘のないものにしたかったのだ。彼らが君に満足するよう助けたかった。（少し声を変えて）私が思うに、君はこの宴で心地良かったはずだ。私らはこころゆくまで話し合った。そしてもしマーリアがいなければ・・・（わずかの間、気が付いたかのように）マーリアはどこだ？
ソツィノ あなたは非常に残酷だった、フェレンツ。なぜだましたのです、なぜ私の裏切りの方がましだと言ったのです？
ダーヴィド・フェレンツ 君は私の客人だった。私は君を慰めたのだ。
ソツィノ 慰めた？
ダーヴィド・フェレンツ 慰めた、私は僧だからだ。私の処刑人であっても慰めただろう。
ソツィノ （おののく）ダーヴィド・フェレンツ！あなたはご自身の命で私に何を証明してみせようというのです？
ダーヴィド・フェレンツ それでもなおわが神はもっと強いのだと、それだけだ。君が裏切っていた間、私は君を慰めていたからだ。
ソツィノ あなたは人殺しだ！殺したのだ！盗人だ！あなたは盗んだ！私はあなたを信じていた、私はあなたが、私がよかれと望んでいると信じて下さっている、と信じていたからです。私も、自分がよかれと望んでいると信じていた。
ダーヴィド・フェレンツ 最悪の物の中で出来うる限り最良のものを。（間）
ソツィノ あなた方偉人たちは、この世の怪物だ！あなた方の善の為しようときたら、あなた方の後、あなた方の後ろでは誰の気も善行から失せてしまう位だ。人々を見下しながら愛する。彼らを小さいと思っているので、愛するのだ。
ダーヴィド・フェレンツ われらの母親もわれらが小さかったときは、もっとわれらを愛してくれた。神も、われらが彼にとって小さいままなので、永遠に我らに良くしてくださる、彼はわれらにとって父でも母でもないにもかかわらず。だからこそ、唯一の神に子供を産むことの出来た処女マーリアは存在しない。だからこそイエスは神の子ではない、神の考えを理解する偉大な人間なのだ。神には性がないからだ、自身をもうけ、自身を生む。育む。（短い間）明日はクリスマス前の土曜日だ。おそらくだから言おうと、思いついたのだ・・・私はクリスマスには神の子の誕生を祝うのではない・・・一人の人間の誕生を祝うのだ、と。
ソツィノ 神には性がない？あなたはユニテリアンですか？男子たる創り手を、父なる神を否定されるのですか？神には性がない？
ダーヴィド・フェレンツ どうして神が一人のはかない、一人の死すべき女性の子宮に入り得ただろう、どうして無限が有限に入り得るだろうか？
ソツィノ あなたは慰められた、決定的に慰められた、私があなたを裏切るのは良いことなのだと。
ダーヴィド・フェレンツ（静かに）そのことも君の慰めにと思ってのことだ。君がかつて言ったことを覚えているかね？君は納得した上で、信仰ゆえに密告者になりたいのだと。君はの魂は今はもう汚れていないはずだ。この慰めが永遠のものでありますように。そしていずれ、これが慰めには不十分だというときが来たら、君も私と同じように他の者を慰めてやることだ。（つかの間の間、鐘の音）
マーリアはどこだ？（沈黙）マーリアはどこだ？（不吉な予感）
ソツィノ 彼女の中で私の息子も死にました！（自分の両手を見つめる）
私は自分の首をあなたに捧げました。（頭を垂れる）どうなったかご覧なさい。私達は誰かを殺さなくてはならない、ということが起きるのです。
ダーヴィド・フェレンツ 君がやったのか？君にはやれたのか？神よ！（愕然として）
ソツィノ（涙を流す）これしか報いる方法がなかったのです・・・あなたのう、う、宴に。
（鐘の音）
（暗転）
第四景
前景のまま、中央にクリスマス・ツリー、飾りは全然なし、てっぺんにベツレヘムの星があるだけ。ダーヴィド・フェレンツはツリーの下、ソツィノは段々に座っている。司教はろうそくをともす。
ソツィノ すぐにもやって来ます・・・何か私に出来ることがありますか？
ダーヴィド・フェレンツ 君は何もかもやってくれた。
ソツィノ（外に耳をすます） 足音が聞こえます・・・（事実、だが遠ざかる）
ダーヴィド・フェレンツ きっとルカーチだ。良い親戚だ。なぜ我々はしばしば、心配してくれる正直な親戚のことを疎んじるのだろう、一方ではあらゆる他人に心を開いているというのに・・・（思いに沈んで）
ダーヴィド・フェレンツ 我々が賛美歌を終わらせられるよう、ほっておいてくれさえすればいいのだが。
ソツィノ 一緒に歌いましょう。
ダーヴィド・フェレンツ 始めよう。
ソツィノ 始めましょう。
（静けさ、長い沈黙）
ダーヴィド・フェレンツ 急がなくてよい、ソツィノ。もっとゆっくりだ。（まるで聞こえるかのように、頷く）そうだ。
ソツィノ わかりました。こう。（両者とも沈黙する）
ソツィノ 今度は第八番です。あなたが始めて下さい。
ダーヴィド・フェレンツ いいとも。（短い沈黙）これでいいかね？
ソツィノ けっこうです。
（二人とも沈黙する）
ダーヴィド・フェレンツ 今度は第三百番の賛美歌を歌おう・・・
ソツィノ （ぎょっとして）ですが・・・
ダーヴィド・フェレンツ 詩篇には百五十番までしか賛美歌はない、と言いたいのかね？（頷く）そういうのはない。（短い間）ならばこんな宴は―かつてあったかね？
（わずかな沈黙）
ソツィノ 私はあなたの宴にいた。私はあなたの客人だった。あなたの客人であり裏切り者だ。それでもなお喜んであなたとクリスマスを祝っている。あなたと、なぜなら私が裏切った人以外、この丸い世界に他に誰もいないから。（自分の前を見つめる）なぜわれわれは自分が裏切った人を愛するのでしょう？（間）私はあなたの客人だった。居候だった。あなたのやっかいになり、あなたのおかげで家を得た。私を蔑まないで下さい、司教、一人きりにしないで下さい。引き離されてしまわないようにと、私があなたに穴をうがち掘っているように、ダニは家畜にしがみつくものなのです。あなたが必要なのです。そしていつも必要となるでしょう。おそらく裏切ることが出来るようにと、ただそのためだけに。宴をありがとう。
ダーヴィド・フェレンツ 君は私の客人だった−私の意識の中で。私も君の内で客人だった。二人とも客人だ−神の意識の中で。これがわれらの唯一の宴だ。（短い間）ソツィノ、君は気がつかなかった、今や公爵とブランドラタの報酬を待っている君は、君は、何か・・・別なものを待っている私よりも幸福なわけではないと。
ソツィノ そしてあなたは、ダーヴィド・フェレンツ、あなたも私より幸福なわけではない、あなたは信じていたし、今も信じているのに。（短い間）そして今やもう宴は終わりです、われわれはお互いについて何もかも知っている、私があなたを裏切った後、あなたは慰めもて私を罰した、言って下さい、最後になっても私は知りたいからです、それもあなたからだけ。本当に神は一人ですか？
（今や外から騒音。隊長と兵士たちが入ってくる、拍車姿でクリスマス・ツリーを取り囲む。ドアは開いたまま。ブランドラタの顔が一瞬浮かび上がる。ダーヴィド・フェレンツとわずかな瞬間互いに見つめる。医師は急ぐ。）
隊長 それでは逃げなかったのだな、ダーヴィド・フェレンツ？だが試みたとしてもムダだったろう、われわれは昨日からお前の家を包囲していたからだ。
ダーヴィド・フェレンツ 私はふさわしくない者たちの記憶からだけ、永遠に逃げだすのだ。
隊長 公爵の命令だ、われわれと来い。（身動きしたソツィノに）お前は残れ。（友好的ではない）
ダーヴィド・フェレンツ 行くとも。だが、神の唯一の賛美歌、沈黙を終えるのを許してくれたまえ。（ソツィノに）ソツィノ、歌おう・・・静けさを！（彼らは無言で立つ。外で鐘の音が響く。兵士たちが取り囲む、司教は頭を垂れて出発する。沈黙。今や外では階段がギシギシ音をたてる、ソツィノは緊張する。ルカーチが腕にマーリアの死体を抱えて来る。入ってくる。クリスマス・ツリーのわきに下ろす。短い間）
ソツィノ 連れていってくれ・・・連れていってくれ・・・（目を閉じる。ルカーチ女に覆いをほおる）
ルカーチ （手を剣にかける）来い、ソツィノ。
ソツィノ （ささやく）どこへ？
ルカーチ ここから外へだ。
ソツィノ なぜ？
ルカーチ （口ごもる）沈黙を歌おう。
（ソツィノ、一つには死体から逃げるようにしてルカーチの後について出発する、鐘が新たに鳴る。）
ソツィノ （兵士たちの後からほとんど慟哭して）殺さないでくれ！（ささやく）神を密告しないでくれ。
幕
三部作第一部の終わり
[1] エルデイ ハンガリー語でトランシルヴァニア（現ルーマニア領）を指す
[2] ユニテリアン キリスト教正統派教義の中心である三位一体論に反対し、神の単一性（unity ）を主張し、イエスの神性を否定する宗派。ヨーロッパ大陸ではユニテリアン教会と呼ばれるのは、エルデイでのみだけである。エルデイのユニテリアン教会は、1568年改革派教会から独立して設立された。同教派は四つの公認宗教（ローマ・カトリック、ルター派、カルヴァン派、ユニテリアン）の一つとして広く普及したが、まもなくイエズス会の巻き返しに遭って衰退した。しかしヨーロッパでは最も自由なこの地方で、迫害に抗しながらもソツィーニ派を中心にして教会を存続させた。
[3] 司教 原文のハンガリー語の”püspök”は監督制をとるキリスト教会における最高の聖職。日本だと宗派によって呼名が異なる。カトリックでは司教、ギリシア正教では主教、プロテスタントのルーテル派、ユニテリアンは監督となっているが、なじみがないのでここでは司教とした。
４三部作 パーシュカンディは本作「ダーヴィド・フェレンツ」に続いて、
「ペーチ・シモン」、「アパーツァイ・チェレ・ヤーノシュ」といういずれも
歴史上実在した高名な聖職者たちと公爵たちの相克を描いたエルデイ三部作を書いている。
[5] バートリ・クリストフ 第二代エルデイ公爵バートリ・イシュトヴァーン（ステファン・バトーリ）の兄。ハンガリーの名門大貴族の家系に生まれる。弟のバートリ・イシュトヴァーンは初代エルデイ公ヤーノシュ・ジグモンドが子供を残さず没すると、国会によって後継者に選出されたが、1575年にはポーランド国王の座を手に入れ、兄を侯爵位（ハンガリー語ではヴァイダ、産分割時代以前にはハンガリー国王に任命され、エルデイ最高の権力を行使した役職であった）に任じてエルデイの行政を委ねた。しかし実際に実権を握っていたのはイシュトヴァーンで、クラコウから兄に指示を出して公国の行政を牛耳どった。
[6] 長い門の通路。城壁のように壁が厚いので、門の下がトンネルのような長い通路になっている。
[7] ヤーノシュ・ジグモンド（1540〜1571）初代エルデイ公爵、父はハンガリーの大貴族で、東ハンガリー王国国王のサポヤイ・ヤーノシュ、母はポーランド王女イザベラ。国土三分割時代にオスマン・トルコの宗主権下で貢納する半独立国としてのエルデイ公国の君主として統治した。詳しい歴史的背景は巻末参照のこと
[8] ミゲル・セルヴェトゥス（1511〜53）スペインの医師で自由思想家。三位一体とキリストの神性を否定するキリスト教の宗派ユニテリアンの主唱者。カルヴァンの教唆により、異端者としてジュネーブで焚刑に処せられた。
[9] メーリウス・ユハース・ペーテル（1536〜1572）ハンガリーのカルヴァン派教会の組織者でデブレツェンの司教。一貫して宗教改革のよりラディカルな宗派、反三位一体論者たちを相手に戦った。ダーヴィド・フェレンツと何度も論争している。
[10] セレダ トランシルヴァニア東部のチークセレダ、現ルーマニアのメルクレア・チュク
１１ ターレル 16〜17世紀のハンガリーで使われていた銀貨
１２聖アンブロウシス(339~397) ミラノの大司教で守護聖人。西ローマ帝国での教会の地位向上に力を尽くした。東ローマ帝国の東方教会（ギリシア正教）
に対して、正当主義の擁護者として尊敬を集めた。
13 「主の祈り」の該当する部分の原文は「わたしたちの日ごとの食物を、きょうもお与え下さい」（マタイ伝第六章から、訳は欽定聖書による）