書評 フェリックス・ショムロー著、『未開社会における経済』 カール・カウツキー
ハンガリーのコロジュヴァール大学教授ショムロー氏は、民族学的諒解に遜色のない経済理解を必要とする、というのが主題である。残念ながら著者は、著者の経済的理解は民族学的理解に劣るという制約を満足させてはくれない。したがって、彼は対象から取り出すべきものを取り出すことに失敗した。
正当にも彼は、「個人的な食料探索」を「原始的経済状態」として著作を為した夢想家らを却けて、プリミティブな種族にあって、社会的諸連関・利益社会的な (gesellschaftlich) 経済・少なくとも男女間での、ならびにさまざまな世代間の分業にわれわれが気づくよう示してくれる。だが、ショムロー氏がそのために原始共産制の見解に反対するにせよ、それは、彼が、共産主義者自らが理解する事とは別の事を共産主義ということについて理解している事に由来するにすぎない。彼は、未開社会において、彼の言う共産制について果して語りうるものだろうかと考えている。未開社会では、多くの使用対象について私的所有がみいだされ、構成員への食糧の分配が決して平等ということではなかったとされるからである。「ブルジョア経済学は、共産制について全く格別の観念を抱いている。
だが、今日の家族を一瞥するならば、蒙を啓くことすらできるだろうに、それすらしないのである。今日の家族は、疑いもなく共産主義の制度である。家族内においては共有財産制 (Gütergemeinschaft)が支配的となっている。家族は、その構成員の一人一人が自分一個のためにのみ衣類・時計・鞁・本を私的所有物として占有したところで、その共産主義的性格を失いはしない。また、全員に等しく利用されることがなくても、たとえば、生徒であり、または虚弱である息子が他の者よりも多くを費消したとしても、それがもとで共産主義が廃止されるわけではない。家計の共産主義が存在し、それは家計の生産手段が共有とされ (gemeinsam sind) 、共同体のために使用されるという点に存する。家計の生産物は、構成員のすべてにより享受される。平等の偏差が出来する所では、家族または家長自身により定められる目的のためにである。
共産制をそのように解釈すると、ショムロー教授が報じている諸事実により、あらたに、原始共産制に関するわれわれの見解が確証されたと理解してさしつかえあるまい。
原始共産制の拒否 −それは名目的でしかなく、また、彼の研究の精確さを損なうものでもないが− より始末の悪いことには、「財貨交通」の叙述にあたって、交通の技術をその社会的役割から充分に鋭く区別していないということである。彼は、或る対象が、それを生産し、収穫し、あるいは収集した者により消費されない所にではなく、消費されるにはその対象が他者に引渡されなければならない所に、「財貨の交通」を一般に理解する。財貨の交通が、生産者または収穫者が己の対象を、それと価値が等しいと思われる別のものを対価にして譲与することにより行われるのか、その際に生産者または収穫者も、相手方も対象の譲与という点で全く自由であるが、それとも、生産者または収穫者は反対給付を受けることなく他者に対象を譲渡し、しかも社会的 (gesellschaftlich) 命令の結果として、即ち社会規範にしたがってそうするのかということは、ショムロー氏にとっては実体的な区別をなすものではなく、「形式的な」区別であるにすぎない。それかあらぬか彼は、この「財貨交通」の双方の形態を同じように「財貨の交換」、「財貨の流通」と名づけている。二のケースにおいて一の交換につき彼流に述べることはできるにしても、である。贈物に際しての気前のよさ、死者の遺品を死者の仲間や子らに配分することは、「交換」、「財貨の流通」とされている！
実際にここで「財貨交通」の二つの態様を論じておかなければならない。そのうちの一方は特殊で、他とは根本的に区別されて、否むしろそれと矛盾する。ここでわれわれは人間社会の類型を大別することにする。即ち、使用対象が社会の構成員に分配される共産制と、生産物が等価交換により消費者の手に入る商品生産と。
「財貨交通」のこの二つの態様は、すでにプリミティブなフォルクのケースにおいて認められうる。共産主義的な分配は、種族の内部で存在する。これに対して商品交換は、種族から種族へという 面で行われ、これら種族の間では一方の種族は、他の種族に対して無縁で、独立しており、生産手段や生産行為の何らの共同性をも伴わず相対する。
これらの事実は、それがその双方のタイプをショムロー氏の混乱した叙述においても承認せしめるほどに明白なものである。これら事実は、『資本論』を出発点にして、マルクス主義の文献ですでに今まで認知された事を確証するにすぎない。
或る一点ではこれら事実は、ここでも再び唯物論的な歴史把握に裏づけを与えることになったという点で、だがそれだけでしかないが、優れている。この裏づけは、唯物論的な歴史観とは縁もゆかりもないと思われていた者によりなされたがために、その効果のほどを減じはしないのである。
ショムロー氏は、未開時代においては、宗教と習俗とは、密接に経済に癒着し、経済により制約されていることを露いた。もっと詳細に調べれば彼は、同じ関係を後の時代においても見いだしたろうに。彼を少なくとも未開時代については唯物論的歴史把握の商人に導いている現象は、注意しておくに値する。その現象とは、トーテミズムである。
周知の如く、未開のフォルクの諸部族は、会の等級、つまりクランから成る。各々のクランは、インディアンがトーテムと呼ぶ印、またはシンボルを有し、通例それは獣・植物の類のもので、クランの構成員に崇められ、宗教的畏怖をもってみなされ る。 トーテムの崇拝は何に由来するのか？研究はその点についてはこれまで何の解答も見いだしてはいない。モルガンすらもその点につき何も言ってはいない。ほんの数年前に初めてオーストラリアの種族の探険家が、つまり、スペンサーとギレンが、われわれにトーテミズムの起源を経済的必然性として認識せしめる諸事実のベールを取り去った。
トーテムとされる動物および植物は、ほとんどといってよいほど常に野蛮人の食糧である。各々のクランは、彼に固有のトーテムを大切にし、信仰する、つまり、これらの種類の動物または植物が成育し栄え、道理を弁えない狩獣や探索により絶滅しないよう配慮しなければならない。各々のクランは、彼のトーテムの生存の諸条件を学ばざるをえず、いつ、どのようにして狩獣し探索してよいか規則を確定しなければならなかった。各々のクランは、一定の期間、一定の諸関係トーテムを不可触とする、つまりタブーと宣告する法を有した。クランの成員自体は、彼のトーテムを享受することがまったく許されないか、ほんの申しわけ程度に享受することが許されたにすぎない。彼らは、他のクランの構成員が常に彼らのトーテムを享受できるよう配慮しなければならない。したがってわれわれ は、トーテミズムにおいて、単純な妄想やら空虚な象徴主義を事とするわけにはいかないのである。トーテミズムは、むしろ、食糧生産を規制し保障する最初の企てを意味した。それは、食物栽培のための開墾や定期の畜産業か未だ知られはしないものの道具・武器・知識が既に高度に発達して、それを無分別に適用でもしたら未開人の食糧となる野生の動植物の絶滅を招きかねない段階に照応するものであった。禁猟期などなどを設けて野獣や森林を保護する現代の立法に類似する規制が必要となり、また、特別の食糧に関するこの種の規則の実施は個々のクランのものとされた。それ故にクランはただ単に血縁的団体にすぎなかったのではなく、重要な経済的諸機能を有し、一定の分業を形成していた。畜産や農耕が主たる食糧源となるやたちまちに、この経済的諸機能についての記憶は失われ た。だが、トーテミズムは、さまざまな禁忌や特別の儀式ともども残存し、数千年に亙って維持されるが、理解できない残滓、宗教的迷信などとして残るにすぎない。
ショムローが、主に、一九〇四年に出版されたスペンサーとギレンの著作（『中央オーストラリアの北方種族』）から借用する詳述は、彼の記述の内でおそらく最も興味ひかれる部分をなしている。最新の予想を開陳している箇所である。
コロジュヴァール大学教授の研究の影響は、決してさようなまじめな性格を越えるものではない。わけても他の箇所でそれは、読者を喜ばせる。
彼は、たとえばカリフォルニア半島のセリ・インディアンについて報告をしている。彼らは「系統的な食糞 Skatophagie」を行う。専門的用語を日常のドイツ語に翻訳すれば、・・・ 彼はこの事象に対し次のような注をほどこしている。「この習俗は、それが貯蔵食糧の無類の保管方法であると共に、経済の萌芽とみなすことができるゆえに重要である。だ が、この萌芽から倹約ということの意味はあまり生じない」と。
ブルジョア経済学にしてみれば、予備も資本も同等の意味を持つと付言してさしつかえないだろう。それゆえに、資本の原始的蓄積の秘密は、土地収用や搾取にではなく、排泄物に求められるべきこと、および、最初の資本は貯えられた糞に他ならないことを理解するのである。
マルクスはそれ故に、繰り返し、かつて、不当にも本源的蓄積を叙述したのみならず、冗談：「貨幣は糞であるが、糞が貨幣というわけではない」を述べたのである。
ショムロー冒頭ページ
ショムロー『原始社会の財貨取引』目次
第２章前半
第２章後半
ナジ・エンドレ「日本の読者への序文」
訳者解説
ショムローの反批判
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