われわれのイデオロギーの危機
ポラーニ・カーロイ
三苫民雄訳「人々の意識はその社会的な存在の仕方によって決定される。」
1. 資本制社会の支配的なものの見方（イデオロギー）は危機に瀕している。というのも、資本制社会初期という過渡的な時期が終息しようとしているからである。そして、われわれが崩壊を目の当たりにする第二期は別のイデオロギーを発展させるだろう。
資本制初期の文明は活発で多様な意識の称揚から成り立っている。初期資本制社会のすべての価値は、物質でもなく、精神でもなく、意識の文化において頂点に達するのである。a)道徳的価値を今日の資本制社会は、個人の自意識の規模によって決定する。今日の資本制社会は個々人により異なる自意識を「個性」として何よりも高く評価する。それは人の行動の中から、初めてことにあたる、危険を覚悟した意識といったものを浮き彫りにし、一般にすべての人間の立ち居振舞いを意識に上ったものとして評価するのである（イプセン）。b)芸術のイデオロギーはすべての内容を、それが自意識に関わることが最も少ないという理由で、重要でないと考え、経験だけを誉めそやす。そこでは経験は時間において（印象主義）であれ、個人において（個人化）であれ、いずれにせよ断片化されるのである。出来事や内容には関心が払われず、生産者と消費者の芸術的意識だけ価値のあるものとなる。すべての器官の意識はことさらに称賛され（耽美主義）、芸術作品はことさらに視覚により（装飾芸術）、ことさらに耳から（音楽愛好）、ことさらに触覚により（材質の見極め）それぞれ「享受される」のである。それに加えて、人々は様々に操作できる様式（文体）感覚の助けによりどのように与えられた内容であっても「芸術的」だと見てとることができるのである。このことの最も純粋な形は、その雰囲気、つまり現代芸術のこの獲得物を無条件に称揚することである。というのも、まさにその内容と正確さが最小になることでしか、大量の意識を増殖させ、増幅させて楽しむことは可能とならないからである。資本制社会の文化的理想は、意識がこの上なく不安定な個人であり、どのような情況におかれても、どのような経験でもすることができる個人なのである。
2. それで、資本制の第二期は諸関係が落ち着いた（安定した）方向へと発展するだろうという期待につながってくるのである。だが、同時にその際、いかなる基準で、いかなる時期にその競争と危機という現象が変化し、あるいは終息するのかということが決定されるわけでもない。ここで触れるのはもっぱら次のことである。すなわち、これこそが次のような意味において、この時代の主要な傾向となるだろうということである。すなわち、この傾向をすでに今日でも示しているのが、一方では競争の制限（トラスト、国際的契約や国家形成、当局による価格設定、そして、主として国家権力による経済統制等々）であり、他方では労働市場の組織化（仲裁機関、関税協定、労働組合の認可、工場法の成立、国家的補償等々）を目指す諸制度なのである。それが国家資本主義になろうとも、無政府的なものになろうとも、この第二期は安定した時期となるだろう。
3. 資本制の安定した時期には支配的なイデオロギーはまったく変ったものとなる。資本が徐々に集中していくにつれて、私有財産は今までのように個人の支配下には収まり切れなくなり、そして、それにともなって、自意識の大部分が資本価値の観点からみて不要のものとなっていく。さらには個人的な性格を失った資本というものは資本制社会の連帯のみを強化するにすぎない。産業革命の時代には意識的な画一性と平等性はどちらもそれ以前よりも価値のあるものになり、そのことへの使命感が進取の気性を傍らへと押しやり、長らく期限切れの状態にある諸関係は、危険な心理状態を、過剰で不愉快な、さらには不道徳なものにすることになる。今日の諸関係の不安定さは日常的な思考にも公平さというものを求めるし、また、公平さは多くの意識を含んでいる。だが、そうした公平さはいずれ失われるし、科学的な効果のある諸偏見がこれに取って代わるだろう。欲望の重要性は薄らぎ、抑圧が高まるだろう。いわゆる社会問題の華やかなる「解決」はもはや今までのように称賛されることはない。というのも、社会的均衡のための長年の未解決課題は階級闘争の認識に基づいてこそ可能だからである。次に、階級闘争の諸目的に対して、支配階級を今日の中途半端な態度よりもしっかりと武装させることになるのが、発展する信念に満ちた労働者への軽蔑と、個人的な利用の余地へと足を踏み込んでくる国家資本主義なのである。個人意識の活発さなどというものはあらゆるところで余計かつ無用のものとなる。すなわち個人はどうでもよいものとなり、個人は今までのように「個人的なもの」ではなく、「社会的なもの」により特徴付けられる。それは欲望の主観的傾向ではなく、他者を喜ばせることから生まれてくる客観的態度が特徴付けるところのものなのである。資本制システムの安定期には社会主義的なイデオロギーが支配的になるだろう。個人的に特殊な意識が多ければ多いほどよいというようなことはもはやなく、整然とした社会は再び確固たる信仰と厳格な倫理を発展させる。そして、その信仰と倫理に従って最小限の意識により行動するのが理想的な個人なのである。
4. 社会主義についてここでわれわれが理解するのは、経済システムでも活動でもなく、認識（史的唯物論など)とイデオロギー（倫理など）から成り立つ科学の一部門のことである。このイデオロギーはさらに次のように二つに分類される。すなわち、a)あらゆる階級の、自身とは別の階級への態度に関するイデオロギー、b)個々人と諸現象の価値を独立して確立するような、より厳密な意味での社会主義的イデオロギーとの二種類である。ここでは社会主義ということでイデオロギーというものを厳密な意味での社会主義的イデオロギーとして理解している。というのも、階級イデオロギー（労働価値など）は労働運動によって今後も不変の関係の中で存在しつづけていくだろうからである。
5． したがって、社会主義はその生まれ来ったところ、すなわち、市民階級へと戻っていく。マルクスのもとで『邂逅した』運動と理論とは再び分かれることになる。資本制システムは、実践的な形で、そして、自ら発展しながら、抑圧された階級から、かつてユートピアの形でうち捨てていたあのイデオロギーを取り戻すのである。
6. プロレタリアートはこれに対して、精神的な闘争の武器となる本質的な部分、それは資本家階級の自衛の道具となるのだが、その本質的な部分を失っているのである。キリスト教の歴史は繰り返される。すなわち、はるか昔、ローマ帝国がカトリック教会において奴隷たちの無法な闘争の宗教を国家宗教へと昇格させたように、資本制システムは社会主義を国家宗教へと昇格させるのである。
7. この危機の理論的表現がサンディカリズムでもある。強固に資本主義化された諸国家の労働者階級は、新たな時代の最も輝くべきイデオロギーの実現とともに悲劇的な勝利が近づいていることに、次第に気が付いてきている。しかしながら、闘争が力と過激さを得るためには、利害だけでなく、イデオロギーの対立もあったほうが望ましい。サンディカリスト理論の信奉者は、労働者階級を次第に社会主義的イデオロギーを帯びた資本制社会と対立させ、それと闘うことを容易にするような、際立ったイデオロギーを求めているのである。未来は「個人的なもの」と「経験的なもの」による教育の失敗と、それに取って代わる社会主義的イデオロギーと価値基準の支配をもたらすことだろう。だが、この勝利と共に労働運動にとっての戦闘的宗教としての社会主義は失われるだろう。
（了）
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ポラーニ著作目録（工事中）
ポラーニ・カーロイ「エルンスト・マッハ」（1909年）
ポラーニ著「エルンスト・マッハ著『感覚の分析』序文」
訳者解説
ジュルジャーク『ポラーニ・カーロイ/カール・ポランニー 1886-1964 』(1986)
ヴェゼール『ポラーニ家の歴史』
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